常々の言い分

あ、毎度どうも、悪意表出ソムリエです。
オレは2018年暮れ頃からこの肩書きを名乗り、こんな考え方、こんな立場で作品を発表していると公言しているよ。
ツイッターだと短時間で流れてしまうから、改めてここに書き記して置くよ。 

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全ての表現物は受け手側の踏み絵であって、自らの後頭部を合わせ鏡で眺めている様なものである。
他者の表現物に対する感想などは、自分の内側に持っている感情や価値基準を刺激された反応に過ぎない。
自分の内側を暴かれたと言って怒ったり喚いたりするのは、自分の尻を自分で殴って腹を立てる様なもので、自意識過剰な自白でしかない。

反差別絵画連作スタジオしばきシリーズは、受け手側の踏み絵として機能する様、作家側のテーマや参考資料まで提示している引っ掛け問題であり、ある種の時限爆弾でもある。

貴方の密室の秘部を逐一言い当てる野暮な真似はしないので、安心して好き勝手に解釈し、ご自分の拗らせポイントを存分に自白なされよ。
それが貴方の限界という事だ。
こちらは技術的なハードルを自ら上げて行く。

表現者が作品発表のために死力を尽くす、受け手側と刺し違える覚悟で臨むとは、持てる知識や技術を総動員する事に他ならない。
それが例え些細な笑いを取るためであっても、だ。

表現者側の誠実さは本来、そこからしか汲み取れはしないだろう。
でなければ、表現物が長年保護される必要など何処にも無いのだから。

互いの密室を侵さぬためにも、過去の作品と対話する目的を思い出せ。

【時限爆弾機能とは】

一見無難な路線の視覚表現まで排斥する事は、誰にも出来まいて…今のところは。
著作権法が厳格化されるに従い、様々な制約が増えて行くだろう。
ファンアートもパロディも似顔絵も全て違法という事態になれば、スタジオしばきシリーズだとて発表不可能になるだろう。
全ての表現物は、社会の余裕や自由度を測る目安でもあるのだ。
過去の作品が後世で燃やされたら、時限爆弾が発火したのだと心得よ。
後世に遺すべきものの取捨選択は、今のいま個人の好みや快不快を基準として行ってはならない。
嘗て燃やされたものが後で復刻される事もあるのだから、当時の判断力の甘さを思い知って来たはずだ。
規制の進みすぎた他国を理想型と定めてはならん。
豊富な選択肢(自由度の高さ)を後世に遺したいのならば。

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奥付

2019年11月05日 初版発行
考案・記述・権利保有
©夙谷稀

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アテクシは一介のサブカルクソ野郎で結構で御座いますよ。