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Fintech世界最大手ー[中国]アントフィナンシャルの成長の秘密ーPart2

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更新に大分時間をかかりまして、その間アリペイの上場についても評価価値が35兆円に膨らんだにもかかわらず、まさか上場の2日前にストップをかけられ、廃止となる?幻過ぎる2020年はもうなにが起きても驚かないと思います。この件についてまた別機会で感想を書けたらと思います。引き続きアリペイの成長の物語一緒に回顧しましょう。

銀行連れてデジタルの洪水に呑み込まれる

前回の続き、2003年アリペイが誕生して、独自の仕組みで取引の信用の問題を解決できたおかげで取引が徐々に増えてきたが、システム上いろんなところにまだ完備されてなくて、原始的でマニュアルで動かしているところが多く、利用する側も運営する側も手間を感じていました。

アリペイは一つ取引専用の銀行口座を公開して、利用者が商品を購入する際に先に代金をこの口座に振り込みします。商品の配送を確認した後、代金を売り手の銀行口座に振り込みする。その振込作業は当時完全手作業で行われています。毎日アリペイの担当者は当日の振り込みデータを帳票に印刷して、銀行に持って行って、銀行のスタッフは銀行の端末上で再度データを入力して、振り込み手続きを行います。本来アリペイと銀行のシステムが接続できたら、データが自動で流されて、こんな手間をかからなくて済むですが、しかし銀行の従来のルールと両者の力関係の原因で実現できてなかったです。

淘宝がアリペイの開発を着手したごろ、提携先の銀行を探すため、技術革新にもっとも関心が高いと評判された工商銀行に訪ねて来ました。対応した銀行マンがすぐに彼らの熱意や語ったストーリに魅了されまして、コンプライアンスの懸念があるものの、淘宝に協力するを決めました。口座を開設して、決済業務を受けることにしました。しかし今まで振込の業務は全部窓口で書かれた振込依頼書を元に行われています。振込依頼書がないといけないのは銀行にとって鉄則みたいなもので、銀行の協力がないと成り立たないアリペイはそれを従うしなかいです。こうやって人力で紙ベースで情報の受け渡しは1年半ぐらい続きまして淘宝と工商銀行の日課となります。

アリペイリリースした最初のごろ、取引数は少なかっため、マニュアル式なんですが特に問題なかったが、一年を経ちまして淘宝の取引数が急増になってまして、最初から引き受けた銀行の支店の人員だけでもう対応しきれなくなり、他の支店の増援を要請したりして何とか乗り切ったが、取引数はさらに絶望的に増え続けて、工商銀行側に2、3百人を動員しても毎日積み重ねられたタスクを消化しきれず、どんどん溜め込んでしまいました。ここまでに来て工商銀行の責任者はようやくこのやり方は限界だと悟って、淘宝を見捨てて業務提携を取り消すか、ルールを破って淘宝から直接銀行システムと接続させるかを2択に迫られました。

工商銀行は中国最大の国有銀行であり、一方で淘宝は設立してまだ2年も足らず一民間企業、それに淘宝がやっている決済業務自体ににコンプライアンスの懸念もありまして、そんなグレーな業務に銀行側でリスクを背負うまで協力するのか、工商銀行の責任者の裁量に問われている瞬間ですが、この1年半ぐらいの短期間で淘宝がゼロからこの巨大銀行を窮地に立たされた驚異的な成長ぶりが工商銀行の責任者にインターネットの凄まじい破壊力を思い知らせただろうか、淘宝に全面的に協力することを決めて、急ピッチでシステムの開発に踏みきりました。

2005年工商銀行が開発するシステムは完成し、取引データは自動出来に送信され、溜め込んで遅れた決済処理は一気にクリアされ、振込はスムーズでリアルタイムで行われるようになりまして、アリペイ側も銀行側も手作業から解放されました。

これで淘宝とアリペイは設立してから最大の難関を乗り越えましたが、ほぼ同じタイミングで、別の危機が思わないところで淘宝と馬雲に近づいてきました。

Yahooよりの買収

2005年ebay中国は淘宝に完全に追い越され、ebayは中国市場から敗退することはもうカウントダウンに入ったが、中国市場をそのまま手放したくないebayは最後の手段として、ソフトバンクなどのアリババの主要株主にアリババを買収案を持ちかけまして、買収金額は10億ドル。淘宝と馬雲のビジョンを完全に読めてなかった株主から見ると、淘宝とアリペイはユーザー数とシェアが急速に拡大しているが、資金も急速に燃焼している一方で、持続可能なビジネスモデルがまだ確立されていなく、いつ黒字になるか見えないです。エンジェル投資家にとって、ebayの買収案はとても魅力的でいい出口となります。

当然ebayは淘宝のライバルであり、ebayに買収されたら、サイトを合併し、経営陣が再編されて、最悪馬雲が解雇される可能性もあります。馬雲のことをよく理解して、信頼している孫会長はebayの買収提案を同意せず、関係が深いYahooに話を持ち掛けました。

かつてインターネットの代名詞であるYahooはそのごろ、Googleやebayの快進撃を許して、検索もECも当時もっとも重要な市場のトップの座を失って、存在が薄まれていく危機に陥っています。Yahoo中国も同様に百度に越されで、事業戦略も二転三転しで苦戦をしてました。何かの突破口を探っているYahooのCEO楊致遠は実に前からアリババや淘宝に興味津々でした。そして、馬雲もずっと検索エンジンにすごく興味がありまして、検索市場に切り込むチャンスを模索してました。孫さんの仲介で、三者がすぐに合意しました。Yahooは10億ドルとYahoo中国を代償でアリババの40%の株を取得し、ソフトバンク以外のエンジェル投資家たちが退出し、ソフトバンクとアリババ経営陣はそれぞれ残りの30%の株を保有することになりました。

Yahooにとってこの取引は史上最も成功な投資となりました。一方でアリババはYahoo中国をグループに取り入れて、念願の検索サービスを手に入れましたが、蓋を開けたらYahoo中国はあまり理想な状態ではなかったです。明白な事業計画や目標がなく、主要メンバーも相次ぐ離職し、社内の士気が低下してました。アリババの企業文化とも大きく違って、会社の統合は思ったより手こずった。さらに事業の再編についても馬雲とYahoo本部の考え方も大きい食い違いがあって、一進一退しているうちに、百度にさらに差をつけれらました。·2009年中国の検索市場のシェアはYahoo中国はわずか1%まで落ちてしまいました。馬雲もこの状況でYahoo中国を起死回生させる方法がなく、人員を淘宝やアリペイに異動させたりして、Yahoo中国はほぼ放置された状態で自然消滅してしまいました。

もちろんYahoo中国の失敗は馬雲一人の責任にあるではなく、いろいろ複雑な原因が絡んでいますが、間違いなく馬雲そしてアリババにとって一つ大きいな失敗であり、汚点であるとも指摘されます。

Yahoo中国の事業の運営は失敗しましたが、Yahooに買収されること自体はアリババにとってと悪い話ではなかった。まずebayに買収されることを免れまして、10億ドルの資金も急速にシェアを拡大している淘宝とアリペイにとって資金不足の問題を暫く解決さました。またYahooのブランド力のおかげて、中国EC市場を狙っていた多くの競争相手に多大なプレッシャーを感じさせ諦めさせたと思われる。そしてグローバル企業の一流の人材を獲得できた。淘宝とアリペイのその後の発展に様々な貢献をしました。

ネットバンクとの接続

前述の通り、工商銀行はシステムを完成させて、アリペイの決済処理が自動的に銀行に流されて人的な作業がいらなくなったが、購入者からにすると支払いの機能は依然として今なら想像できないぐらい使い辛かったです。”使える”問題を解決したアリペイは次にユーザー体験や支払いの成功率をどう改善するかを直面する段階になりました。

ちょうどそのごろ、中国の各銀行は窓口の業務が急増することによって、人員不足に陥てコストも急増てしまいます。問題を解消するため、各銀行が次々とネットバンクの機能を公開して窓口の業務を減らそうとしていました。しかし、付加価値が少ない上に、開通や利用の手間をかかるため、普及はなかなか進まない状況でした。

アリペイの担当者はすぐにアリペイとネットバンクを連携させたら購入フローはオンラインで全部完結できることを気づき、再び工商銀行と共同開発をしまして、アリペイの決済画面から工商銀行のネットバンクを呼び出して支払いすることを実現しました。これで淘宝の利用者は商品の選び→購入→ネットバンクの認証→決済の一連の動作が一つで画面で完結できるようになりまして、ユーザービリティが劇的に改善されました。その後アリペイは約2年をかけて、中国のほとんどの主要銀行のネットバンクと接続し完了しました。

日本のCAFISみたいなオンライン決済プラットフォームがなかったため、アリペイは各銀行一社一社と交渉して開発を行い、大変苦労して時間もかかりましたが、銀行から接続を拒否されたり交渉が難航だったという話は意外になかったようです。むしろアリペイは銀行と交渉する時にかなり強気で、利益の大半がアリペイに取られているようです。

その力関係の変化のきっかけはやはり淘宝の知名度が急激に広がり利用者数急増たからです。当時の調査によると、ネットバンクを新規で開通するユーザの中65%は淘宝で買い物をしたいからです。アリペイへの対応は銀行にとって新規ユーザを獲得するには最も有効な手段となります。そして淘宝の利用者の中良い教育を受け、消費能力も高くて、投資や資産運用に興味がある人の割合がとても高っく、投資商品の販売を検討し始めている銀行にとって、アリペイは良質な顧客にリーチする最高なプラットフォームでもあります。アリペイへの対応に乗り遅れたらむしろ機会損失になるという心理で、銀行が積極的にアリペイに協力することになりました。

「ユーザー第一」に路線変更のきっかけで生み出した偉大な製品

ebayを勝ち抜き、オンライン決済の機能を整えた淘宝はそれから無双ぶりになりまして、2009年、設立してからたった5年の淘宝の利用者数は2.7億人超えて、淘宝の決済サービスであるアリペイの一日の取引金額は12億元(約190億円)を突破しました。

しかし目が見張る成長スピードの背後に淘宝を使い慣れてきた利用者からの不満もひそかに溜め込んで来ました。その矢先はやはりネットバンクに依存しているアリペイの使い勝手の悪さでした。銀行はユーザービリティより安全性を一番重要視してしまうため、利用者がネットバンクにログインする時銀行が発行する専用のUSBのハードウェアをPCに差し込まないといけないです。また銀行システムは設計上に大量なアクセスが集中するような想定がなかったため、負荷に弱くて、何か大きいキャンペンを行うと、システムがダウンして決済できなかったりこともよくあります。アリペイ側にも問題がありまして、画面UIが使い辛かったり、いろんな機能を詰め込み過ぎて分かりにくかったり、さまざまの要因で、支払いの成功率(購入の意向を示して支払いが成功する率)という重要な指標はずっと60%前後に留まてしまいます。

2010年旧正月のアリペイの忘年会を開かれて、勝利ムードに酔っているアリペイの社員が会場に入ったところに一瞬で凍り付いてしまいました。会場のスピーカーがサポートデスクで受けた利用者の様々なクレームの電話の録音繰りを返して大音量で再生しています。そして次に馬雲が登場し全員を罵声浴びさせ続けまして、プレッシャーや悔しさに耐えずCEOを含めたくさんの人がその場で涙を流しました。

その後、CEOを更迭されまして、アリペイの経営路線も余儀なく大幅変更され、ユーザービリティの改善が目前の最優先タスクとして、ユーザーへ価値の提供が会社の使命であることを確立し、KPIも取引の規模から支払いの成功率に変えました。

当初解決が不可能に見えそうなネットバンクの使い辛い問題も、みんなの知恵を絞れば見事に克服できて、アリペイにとって最も重要な機能である「快捷支付(字面ではラピッドペイという意味)」が誕生しました。

快捷支付はpaypayのオートチャージ機能と似っています。アリペイのアカウントと銀行カードを一度連携設定をしたら、決済時アリペイの残高が足りない場合、自動的に銀行口座から引き落として決済を行われる機能です。利用者は毎回ネットバンクを開く必要がなく、ハードウェアの挿入も不要、アリペイの統一のインターフェースで1ステップで決済を行える。初回の設定は銀行口座を作ったときに登録された携帯番号を使ってSMS認証を行うだけです。

快捷支付のサポートを銀行側に協力を求めた当初には、USBのハードウェアを使わなくなるので、盗難、紛失時の不正利用が増えることに懸念して導入に難色を示したが、アリペイが諦めず粘り強く一銀行ずつ交渉を繰り返して、徐々に対応する銀行が増えてきました。運用した結果実際の不正利用率は銀行が予測した数字より大幅下回ったため銀行側の不安も拭き取られました。

快捷支付は利用負担や手間を最低限にしまして、その効果が驚異的でした。淘宝の支払いの成功率60%から一気に92%に上げました。アリペイとって史上最重要な製品だと評価する人もたくさんいました。

アリペイは最初に信用の問題をクリアする決済手段として登場して、次にネットバンクとの接続により銀行口座の残高で決済を可能にして、快捷支付でワンステップで支払い可能になった。3回"変身"したアリペイはほぼオンライン決済の完全体まで進化した。当時の中国のインターネット利用者に初めて実用性が高いオンライン決済手段を提供され、いつでも手軽くオンラインで買い物ができるようになりました。そして、1、2年後にやってくるモバイル決済のビックウェーブの土台となる技術要素をきちんと整えました。快捷支付はそこまでの完成度に到達してないと、アリペイのスマホアプリもそううまくいかず、それほど使われないだろうと思われます。

たった数画面を省け、数秒~数十秒の待ち時間を短縮した改良だが、ユーザにとって使う、使わない線引きする条件となり、サービスとして成功と失敗の分け目になります。快捷支付はアリペイにもたらした影響は当時の開発者を含め誰の予測よりも深くて大きかったです。

ライセンスを取得するため重い"代償"

アリペイを代表とする第三者決済市場は誕生してからわずか5年でゼロから年間17兆円の取引を行われる巨大市場まで成長しました。しかしアリペイを含め全ての決済業者は一つ共通の不安を抱えている。Part1で説明したように決済業について許認可の制度がなかった、どの会社もライセンスを持ってないまま操業していました。

中国で1987年から金融業を民間企業へ開放し始め、その後民間資本の銀行、証券、保険会社が相次ぎ設立されましたが、資金力も知名度も国有銀行や金融会社に比べ著しく低くて、存在感が薄かったです。2004年アリペイが発足したごろ、国はより金融業を民間企業へ開放していく姿勢を示したが、ほんとにやっていいのという印象まだ強かったです。という背景で馬雲は”刑務所に行くなら俺がいく”とビビりながらアリペイを設立しました。設立後もその不安がずっと抱き続けて、”アリペイは国のものです、国が欲しかったらいつでも両手で捧げます”という”媚びる”言葉も残ってました。今聞かれたら、これはブラックジョークかい?と思われるかもしれませんが、当時は本音だったと思います。いきなり会社を没収されることがないだが、国有企業がしかできない業務と定められ、強制的に国有企業に買収されるパターンがありえなくもないです。

その後アリペイは驚異的なスピードで成長を果たしまして、国有銀行ともいろいろ業務提携をしまして、他競争相手の決済会社も相次ぎ設立されました。中央銀行も政府も全く取り締まる気配がなさそうで静観しているだけです。取り締まられる懸念は徐々に消えてしまいました。しかし参入している会社はみんなは許認可制度がいずれ定められ、認可される会社のみ事業が継続できることという日が必ずやってくると理解しています。いつ?どういう条件?少し不安を抱えながら取り合えず突っ張らせるところまで目一杯頑張るという状況でした。

そして2010年中国人民銀行(中央銀行)はようやく決済業務の定義や、登録、認定、管理する原則についてのガイドラインを発表しまして、2011年5月から認定条件をクリアした会社へ順次にライセンスを発行することを公表しました。

アリペイは淘宝で使える唯一の決済機能であり、淘宝の巨額の取引額のおかげで、決済市場の約半分のシェアを独占して、安全性、クリエイティブ性、認知度やブランドイメージどちらも紛れなく決済市場の1位でしたが、安心して油断できる状態でもないです。その他の決済サービスもアリペイのことを常にマークして、アリペイが先にリリースする機能をいち早く真似して実装し、追随しながら、虎視眈々で常に追い抜くチャンスを探っています。アリペイも追随者達も絶対にライセンスの獲得のことが他社より遅れたりしたくないです。

実際中央銀行の人は許認可制度をよりスムーズで導入するために、事前にアリペイを含め主要の決済業者と何度も協議してました。ガイドラインで記載された条件がアリペイなどの主要プレイヤーにジャストフィットじゃないかとの指摘もありましたが、アリペイにとって一つ致命的な問題がありました。ガイドラインにはライセンスの発行はまず国内の企業だけを対象にし、外資について株の割合上限など具体的な条件は定めてたら公表するとして、実質先送りすることになります。アリペイはアリババの完全子会社であり、アリババの最大の株主はYahoo(アメリカ)とソフトバンクであるため、そのままでは認可の対象外となってしまいます。

この前提条件について、アリペイはもっと早い段階で知らされて、アリペイを別会社に譲渡し内資化することについてYahooとソフトバンクに打診しましたが、明白な結論までにたどりつけず、ずるずる時間が経ってしまいました。

当時アリペイはいち早くシェアを拡大するため、長い間にずっと赤字を出し続けてました。Yahoo側はアリペイがアリババにとって価値のない荷物だと思って、早めに手放した方がいいと主張してましたが、ソフトバンクの孫さんはアリペイの将来の価値をすごく見込んでまして簡単に手放したくないようです。馬雲の計画についてYesもNoも言わずに、結論を迫られたときいつも言い訳をしてその場から離れてしまいます。真偽がわからないですが、孫さんは中国なんだから、政策があっても何とか抜け道があるじゃないかと思って、アリペイの内資化計画はただ馬雲がアリペイを私物化したいからと疑っていた噂もあります。

2011年3月31日、ライセンスを発行する予定日のちょうど一か月前に、それ以上待てられない馬雲は行動に出ました。株主Yahooとソフトバンクの許可がなしで、アリペイの所有権を自分個人が所有する会社に譲渡して、アリペイを100%国内資本の会社にしました。そして5月アリペイは見事に登録番号「001」の決済業ライセンスを受け取りまして、正式に国が認められた決済会社となりました。

一方で馬雲の独断の行為はYahooとソフトバンク側から強い反発を招きました。Yahooはすぐに譲渡の話を聞かされていないと声明を発表し、真向に対立する姿を見せました。その後、アリババ、Yahoo、ソフトバンク、三者間は数か月の混乱と交渉を重ねてやっと無事で合意に辿り着きました。最終的結果からみるとハッピーエンドだったが、馬雲は自分の人生に一つ拭き取れない”汚点”を残してしまい、今になってもこれを口実で馬雲を攻撃する人もいます。馬雲は自分自身もそれに重く受け止めてますが、その決断に後悔してなかったです。株主への責務の放棄と個人名誉の毀損の引き換えにアリペイの将来を確保できてアリペイの利用者そして社会全体への責務を果たすことができたからです。

Part3(予告)

・銀行から利益を奪って庶民に富を分配するからくり
・時代はモバイル--スーパーアプリの誕生
・Information technology→Data technologyを目指す


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