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1.人権DDプロセスと成功事例

※本記事は私の所属する組織として成果物ではありません。また本記事の内容は私個人の見解や分析を含みますので使用に関して一切の責任を負いませんのでご了承ください。

◆1章:「本記事の目的」と「記事の全体像」

・本記事の目的
企業のサステナビリティの取り組みに関して、ここ数年は「気候変動対応」が大いに盛り上がりました。加えて、最近は欧州を中心に「ビジネスと人権」に関する法整備が進んでおり、これら2つが企業の2大テーマになることが予想されます。
日本においても、2020年に「ビジネスと人権に関する行動計画」(NAP)(ソフトロー)が策定され、また近いうちに人権に関する情報開示がマストになる法整備(ハードロー)も見込まれます。
こうした背景をもとに「ビジネスと人権」に取り組む企業が年々増えていますが、一方で新しいトピックである「ビジネスと人権」に関する情報は散在しており、誰かまとめてくれ!!って感じでした(笑)
その結果、自分で情報をまとめる作業をしたので、今回はそれらを折角なので共有をしていこうと思います。

・記事の全体像
記事は4本立てで考えています。(私が飽きなければ…)
1.人権DDプロセスと成功事例(今回の記事)
2.乱立する人権DD法・イニシアチブまとめ
3.日本企業が人権DDで重視するテーマ分析!~日経225銘柄をもとに~
4.超最先端!欧州の人権スタートアップ

今回の記事では、人権デューデリジェンス(DD)とは何か、また人権DDを推進してきた企業の成功事例を共有することが目的です。

◆2章:人権デューデリジェンス(DD)とは

・人権デューデリジェンスの定義
人権デューデリジェンス(human rights due diligence)とは、「人権に関連する悪影響を認識し、防止し、対処するために企業が実施すべきステップであり、人権に関する方針の策定、企業活動が人権に与える影響の評価、パフォーマンスの追跡や開示などを行うこと」を指します。
簡単に言えば、例えば大企業が取引先の中小企業の中で何か人権侵害(劣悪な環境で従業員が働いている等)があったときに、しらんぷりはダメだよ!発注してる以上責任があるから大企業が人権侵害を調査してなくそうね!という意味です。

・人権DD策定の背景
人権DDのソフト・ハードローについては、次回の記事に譲り、今回は簡単に。
①国際的潮流
人権DDが国際的に企業が実施するようになった背景には、「ビジネスと人権に関する指導原則」(別名:ラギー報告書)があります。
https://www.unic.or.jp/texts_audiovisual/resolutions_reports/hr_council/ga_regular_session/3404/

ラギー氏は、ハーバード大学の法学教授であり、前国連事務総長コフィ―・アナン氏の右腕として指導原則作成に尽力された強キャラなお方です…。
彼の指導原則作成向けた尽力はこちらにまとまっています。
「正しいビジネス――世界が取り組む「多国籍企業と人権」の課題」
https://www.amazon.co.jp/%E6%AD%A3%E3%81%97%E3%81%84%E3%83%93%E3%82%B8%E3%83%8D%E3%82%B9%E2%80%95%E2%80%95%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%8C%E5%8F%96%E3%82%8A%E7%B5%84%E3%82%80%E3%80%8C%E5%A4%9A%E5%9B%BD%E7%B1%8D%E4%BC%81%E6%A5%AD%E3%81%A8%E4%BA%BA%E6%A8%A9%E3%80%8D%E3%81%AE%E8%AA%B2%E9%A1%8C-%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%A9%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%82%AE%E3%83%BC/dp/4000259768


この指導原則の革新的な点は、これまで人権の尊重は国家の義務であったことに対し、企業が人権の尊重の役割を担うべきと明記した点にあります。指導原則において、企業の果たすべき役割として人権DDが定義されており(「指導原則17」より)、定められたプロセス(後述)にて人権課題調査と情報の開示が求められます。
また、企業は国際人権条約に基づいた事業実施が求められるとも明記されているため(「指導原則12」より)、事業実施国の国内法ではなく、国際条約にも順守する必要があります。
こうした指導原則ができたことにより、企業はNGOや市民社会より、根拠を持って人権侵害を指摘されるようになりました。

また、「ビジネスと人権に関する指導原則」はソフトロー(違反しても企業に罰則無し)ですが、指導原則に対応するべく西洋を中心に各国でハードロー(違反すると罰則)の法整備が進んでいます。
下記記事が参考になります。
日経:サプライチェーン上の人権保護、欧州先行 違反で罰金も
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR038F20T00C21A8000000/

日経

②日本国内の潮流
日本も遅ればせながら法整備に取り掛かっています。
まずソフトローとして2020年に「ビジネスと人権に関する行動計画」(NAP)が定められました。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press4_008862.html

そして今は政府・経団連がハードローの整備に向けて協議をしている段階にあります。
西洋の法律を日本に取り入れるにあたり、法整備のタイミング/対象企業(従業員数や売上)/罰則内容/人権情報の開示方法情報取得プロセスや結果)など日本の実態に合わせたローカライズが必要になります。

現状の実態調査をするために経産省は、ついに!2021年11月に日本の東証一部・二部を主な対象とした人権DD実態調査結果を公表しました。50%程度が人権DD実施とのことですが、意欲の高い企業がアンケートに回答しているはずなので実態はもう少し少ないかと予想されます。
経産省「日本企業のサプライチェーンにおける人権に関する取組状況のアンケート調査 集計結果」
https://www.meti.go.jp/press/2021/11/20211130001/20211130001-1.pdf

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(参考)
さらなる情報開示(回答企業名等)を目的にHuman Rights Watchが経産省に提言をされています。今後の情報に期待です!
https://hrn.or.jp/activity_statement/21033/


・人権侵害による企業へのインパクト
企業の人権情報開は法整備の観点から必要になることは上述の通りですが、ビジネスを行う上でより本質的なことは、人権軽視企業が大きく売り上げを損なう、また株価が低下する可能性がある点にあります。

下記はデロイトの調査ですが、米国系アパレル企業がNGOに人権侵害を指摘され、不買運動をされた際の売上の損失のシミュレーションです。

デロイト

デロイト「人権を軽んじる企業には、1000億円以上失うリスクあり」
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/53087?page=3

同様に日本においても、ユニクロのウイグル自治区の人権侵害への加担の指摘は日本人にとっても記憶に新しいかと思います。


・人権DDマストの企業
では、日本国内で人権調査マストのハードローができた場合にはどの程度の企業が対象になるのでしょうか。ここに関しては私の予想ですが、西洋諸国の法整備に倣って、日本においては「売上50億円以上の日本企業」が情報開示マストになると予想します。(あくまで私の予想です!!実態は多少のずれがあるとと思います)
売上50億円以上の企業とは下記図の通り1300社になります。(たしか経産省かどっかの売上別企業数か何かをもとにカウントしました。エビデンス欲しければ探しますので言ってください。笑)
また、実際には経産省の実態調査で調査スコープにはもっと広く企業が含まれていた(もっと売上の低い企業も入っていたはず)ので、仮に売上10億以上の大企業も人権DD実施をすると仮定した場合には企業数は3200社まで増えます。

人権DD売り上げ


図に記載の人権DD実施済企業数の50%仮置きですが、根拠は上述の経産省の調査結果及び、KPMGのサステナビリティ調査の結果です(こちらは2020年段階で225社のうち98社(43%)が人権DD実施と記載)。
https://home.kpmg/jp/ja/home/insights/2021/06/sustainability-report-survey-2020.html

◆3章:人権DDのプロセスと成功事例

・人権DDプロセス
人権DDの実施プロセスを図にまとめました。

人権DDプロセス

他のサイトでも紹介されるような人権DDプロセス図との違いとして、業務フローに対応する形で利用サービスを右側に記載しました。こちらは日経銘柄225各社のサステナビリティレポートを読み解き、実際に活用されているツールを記入しました。(サステナ部署、経企室、調達部等のご担当者の方でこんなのも使ってるよ!とご意見あれば是非教えてください~!)
後述の業務プロセスの成功事例の説明の中でこのあたりのツールを一緒に説明します。

・人権DDの成功事例
業務プロセスのフローごと(上記図の赤い矢羽根です)に解説します。

<業務プロセス1.人権に関する基本方針の策定>
こちらは名前の通りですが、自社の人権方針を打ち立てるフェーズです。
自社ビジネスの中でどの領域(サービス、国、ステークホルダー等)で人権侵害が発生する可能性が高いかを見極めます。全領域を調査することがリスク回避の観点から望ましいのですが膨大な工数が発生してしまうので優先順位を設けます。
人権方針の策定については、どうやら自社内でやってみる会社と、人権コンサル(アドバイザリー)を行う会社に任せるパターンがあるようです。ですが今後社内で人権専門の人材を育成することを考えるとまずは知見を貯めるために最初はコンサルに任せるのが良いかと思います。

人権コンサルについては、BIG4のコンサル(及び付随する監査法人)が圧倒的に強いです。(あくまで私目線です!)
理由は、グローバルカンパニーであり、人権情報開示の支援を西洋諸国で既に実施してきたので知見が圧倒的です…。また第三者の開示情報の監査という点でも監査法人の独擅場となっています。
また、超細かい話ですが、BIG4の中でも特にデロイトとEYが人権に力を入れているようようです(2021年段階)。省庁や国際機関でこの分野のルールメイキングに関わってきた人材や国際NGOメンバー等知見を持ったメンバーで構成しているようです。(各社サステナビリティサービスのホームページより)
特にこの2社が力を入れている理由は、私の予想ですが、社内の人間の関心が強かったというもあると思いますが、一番の要因が各社のクライアントの属性だと予想しています。具体的には製造業のクライアントがこの2社が多いため(ネット調べ)、必然的にサプライチェーン上の人権侵害を懸念して人権方針策定に急ぐクライアントから案件がくるのだと思います。他コンサルは数は少ないですが、サステナビリティ経営支援でコンサルに入り、その流れで人権調査も請け負うことがたまにあります。

<業務プロセス2-1.特定、評価>
こちらではサプライヤーが人権侵害に加担していないか(例.ベトナムのサプライヤーが社員に長時間労働をさせている等)をアンケート、及び現地調査を通じて明らかにします。
大企業になるとサプライヤーの数も膨大になるため大きな調査工数が発生します。(しかもリスク回避の観点からは毎年実施が必要!)
自社のexcelで質問票を作り、サプライヤーを管理している会社もあれば、特に有名なツールのフランスのスタートアップのEcovadisと国際NGOのSedexを使う会社もあります。
これらツールはどちらも共通し、バイヤー(発注する企業)とサプライヤーの間に立ってプラットフォームを提供しています。そうすることでサプライヤーは複数のバイヤーからの質問票に答える事態が防がれ、バイヤーとしても他社の調査結果を共有してもらうことが可能です。また複数社の調査をまとめることで、相対的にバイヤーの人権配慮の取り組みを評価することが可能です。ちなみにこのツール2社の違いは、第三者がサプライヤーを監査するか、サプライヤー自身がアンケートに回答するかといった違いがあります。

Ecovadis
https://ecovadis.com/ja/

Sedex
https://crt-japan.jp/service/about_sedex/

例えば花王は紙・パルプや、化粧品で使うパーム油等の調達において人権配慮が必要ですが、積極的にSedexを活用してSAQ(自己回答形式の質問票)をサプライヤーに送り、その結果の情報開示も行なっています。

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花王サステナビリティレポート
https://www.kao.com/content/dam/sites/kao/www-kao-com/jp/ja/corporate/sustainability/pdf/klp-pr-2021-all.pdf


<業務プロセス2-2.軽減する仕組みづくり>
こちらは実際に発生した課題の解決の仕組み作りの作業になります。場当たり的に現在発生している課題をもみ消すのではなく、仕組みから変えて問題が再発しないように仕組みを作ります。
仕組み作りに関しては、課題ごとに対応が異なるので方法論のようなものがありませんが、各社が独自で取り組んだり、NGOと共同で解決に向き合っているようです。

例えば、日本の場合人権侵害の温床になる途上国から招く技能実習生が母国の送り出し機関に斡旋料として多額な借金(日本円で数百万円)を背負っていることも珍しくないです。その結果日本のサプライヤーの会社において、どんなに過酷な労働環境でも借金があるため逃げ出せずに奴隷のように働いていることが国際的に再三指摘がされます。(これは移民を受け入れない日本独自の歪な受け入れ態勢が招いている悲劇です…)
例えば、そうした場合において、発注元のTOYOTAはサプライヤーに技能実習生を斡旋するベトナムの送り出し機関自体に働きかけを行い、適切な送り出し形態を求めて仕組み作りを行なっています。

TOYOTA「人権デューデリジェンスへの取組みに関する詳細」
https://global.toyota/pages/global_toyota/sustainability/report/hr/hr20_jp.pdf


<業務プロセス2-3.追跡評価>
こちらでは、仕組み作りの後に課題が解決されたのかどうかを継続的にモニタリングします。
ユニークな取り組みとしては、ANAはBluenumber 財団というアメリカのNGOが作ったイニシアチブに参加しています。
 「ブルーナンバー」は、食に関わる生産者、販売者、消費者などの関係者を対象としたIDであり、生産者は、属性や生産地域、生産物を登録することができるため、自社が提供する食品が「どこで」「誰が」作った農作物・水産物であるかといった透明性を確保することが可能です。

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https://www.kantei.go.jp/jp/singi/tokyo2020_suishin_honbu/shokubunka/kensyuukai/siryou10.pdf

<業務プロセス3.苦情対応の仕組み作り>
苦情対応の仕組みは、一般的に「グリーバンスメカニズム」と呼ばれ、人権侵害がなされた場合に、適切かつ実効的な救済へのアクセスが備わっていることを確保するための仕組みを指します。
人権DDの文脈ではなくとも、会社内の「内部通報制度」が多くの会社は備えていると思いますが、二者の違いは自社内で完結しているか、ステークホルダー(消費者やサプライヤー)に開かれているかといった違いになります。
「グリーバンスメカニズム」の場合は多言語対応がマストなことに加え、サプライやー従業員へのメカニズムの告知作業や実際に来た苦情への対応が必要なため非常に難易度が高いです。

現在メカニズムを構築している会社がどのようにしているかというと3パターンあります。
・味の素:NGOのASSCのアプリ「ワーカーズボイス」を導入(外部ツール利用)
・ANA:新たに苦情処理メカニズムのシステム「Ninja」を導入(新たな仕組みを開発)
・花王:国内の既存の「花王 コンプライアンス ホットライン」を海外向けに導入(既存仕組みの海外展開)

(外務省: 「ビジネスと人権」に関する取組事例集」をもとに分析)
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100230712.pdf

また、特に中小企業の場合はグリーバンスメカニズム構築にリソースが避けないため、2021年10月にはHuman Rights Watchが「中小企業における実効的な グリーバンスメカニズムの 導入に関する提言」を出しています。今後メカニズム構築に向けた政府の助成金等仕組み作りが期待されます!

最後に…
本記事では長くなるので敢えて詳細を書かなかった「ビジネスと人権に関する指導原則」及び「ビジネスと人権に関する行動計画」(NAP)については、事細かに読み方を解説されているので、是非読んでみてください。
「ヒューマンライツ経営」
https://www.amazon.co.jp/s?k=%E3%83%92%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%84%E7%B5%8C%E5%96%B6&adgrpid=120033624235&hvadid=506496554364&hvdev=c&hvqmt=e&hvtargid=kwd-1211805001175&hydadcr=4072_10919039&jp-ad-ap=0&tag=yahhyd-22&ref=pd_sl_6uqfw4ojeq_e


私のモチベが続きそうな場合は、今後とも引き続き人権関連の記事を書こうと思います。
次回の記事は「2.乱立する人権DD法・イニシアチブまとめ」です。

◆連絡先
山澤宗市
shuichiyamazawa0728@gmail.com
記事に関する質問、意見等ありましたらこちらの連絡先までお願いいたします。



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