諸星大二郎_暗黒神話_完全版_を読んだ_

諸星大二郎「暗黒神話 完全版」を読んだ!(ネタバレ無し)

暗黒神話とは?

遥かなる昔、1970年代に「週刊少年ジャンプ」に連載された、「妖怪ハンター」と並ぶ諸星大二郎の初期傑作です。少年誌に掲載されていたとはとても思えない程の伝奇的でシリアスなストーリー。日本の古代史に対する著者の深い造詣と執着を感じさせる数々の舞台装置。破綻のない形でそれらが結びついていき、そして最後には…。

暗黒神話 完全版とは?

2014年からホーム社「画楽.mag」誌上で連載されていた、暗黒神話の加筆修正版です。単行本は完全受注生産でしか発売されませんでしたが、2017年3月、集英社から「愛蔵版コミックス 暗黒神話」として発刊されていました。「されていました」と書いたのは、僕も最近気が付いたためです。不覚…。

オリジナルとどこが違うの?

ぶっちゃけ、ストーリーの大枠、そしてラストは一切変わりがありません。ただ細かい加筆修正があり、わかりにくかった箇所がわかりやすくなったな、という印象があります。また中盤の「餓鬼の章」後半から「地獄の章」全体にかけて、大幅な加筆、ストーリーの追加がなされています。

完全版は買いですか?

上でも書いた通りストーリーの大枠に変更はありません。なので、よっぽど諸星大二郎に思い入れがない限りはオリジナルを入手した方がコストパフォーマンスは良いでしょう。しかーし! 冒頭のリンク先を見て少しでも胸がときめいてしまった人。貴方はぜひ買うべきです!

いずれにしても諸星大二郎の「暗黒神話」は一度は摂取しておくべき古典であり、かつ、今でも色あせない傑作と言えるでしょう。

感想とか。

「今でも色あせない傑作」とか言っちゃいましたが、ぶっちゃけ、僕は暗黒神話はそんなに面白いとは思っていなかったんですよね…。その後の諸星大二郎作品に特徴的な物語のゆとりというか、くすっとさせる余裕のようなものがなく、全編、きつきつとした印象を抱かせるストーリー展開。幻想的ではあるけど、同時にちょっと頭でっかちな印象を抱かせる舞台背景。エンターテインメントとしての盛り上がりには欠ける淡々としたラスト。それが偽らざる僕の感想です。

では、なぜ傑作と言えるのか。

暗黒神話と言えば、皆さん、何を思い浮かべますか。やはり一連のクトゥルフ神話を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。実は諸星大二郎の「暗黒神話」もまた、クトゥルフ神話と同様にコズミックホラーと呼んでも差支えのない内容になっています。しかしそれはクトゥルフ由来ではない。完全に諸星大二郎のオリジナルです。

日本古代史の謎、神話、仏説、そして宇宙。それらが混然一体となって幻想的な世界観を造り上げる。それは諸星大二郎にしかできない芸当と言えるでしょう。

そしてもう一つ。

諸星大二郎には「孔子暗黒伝」という作品があります。そして「暗黒神話」と「孔子暗黒伝」、その二つを併せて読んだときにはじめて浮かび上がる真実があります。これが凄い。正直、読み終わった後に「反則だろ」って思ったほどです。その点も含めて、「暗黒神話」は傑作だと僕は思っています。

さて。
肝心の「完全版」ですが。すでに書いた通り話の大枠は一切変わらず、ただ読みやすくなったかな…ということと、少し人物描写に深みが出たかな…ぐらいの印象しかありません。なので、やはり豪華な装丁含めたコレクターズアイテムとしての価値。それがこの「完全版」の真価なのでしょう。

蘊蓄とか。

「暗黒神話」の冒頭は長野の諏訪を舞台に、古代の蛇神信仰を背景として物語が展開していきます。実際、諏訪の地には縄文の昔から連綿と続く古代の信仰の跡が色濃く残されています。有名な諏訪大社の「御柱」もそうですが、何よりも、謎めいたミシャグジ信仰がその核心には存在しているのです。

 御頭祭の中心は、なんといっても、神さまへの使者『神使』(おこうさま)が、前宮に現れる時ですね。(中略)
 この中を、乗馬の童児『おこうさま』を先頭にした一隊が、御帝戸屋前に集合し、雅楽が、激しく鳴りはじめる頃、いっせいにときの声をあげて、三そうの道を左まわりに走りはじめるのです。
『神使』を拝む氏子たちの間を、馬上の『おこうさま』は、ときの声をあげて走る人々と共に三周し、夜祭は、最高潮に達するのです。
 この祭典のまっただ中に、『神使』(おこうさま)は、神に召されていくというのですね。
(上携書, P50 - 52)
 神に選ばれた者が、祭りの日に殺されるということは、考えてみればショッキングなことではあるが、しかし、そのことは諏訪で行われていた神事が、とほうもない古い時代からの慣習を密かに保ちつづけてきたということでもある
(上携書, P49)

ちょっとショッキングな内容ですが、これ、めっちゃ諸星大二郎っぽい。こういった太古の感覚をつかみ取り、作品世界に濃厚に反映する。それが諸星大二郎の魅力の一端なんだと思っています。

ちなみに諏訪を訪れた際には、是非、立ち寄ってもらいたい場所があります。(行政区分的には茅野市ですが。。)

ここの展示を見ることで古代諏訪信仰の一端に触れることができます。

モロホシダイジロニウムとは。

モロホシダイジロニウムとは…。

ということで、ウナーゴンさんの造語でした。そうなんですよね、諸星大二郎成分は知らず知らずに多くの人が摂取しているはず。でもそのうえで、やはり自分の好きな作品は布教しておきたい!

好きな諸星大二郎作品。

というわけで、僕もウナーゴンさんの真似をして、自分が好きな諸星大二郎作品を上記記事とは被らないように紹介しつつ、本記事の締めにしようと思います!

なお書名と推薦作品が一致していないものがいくつかありますが、その場合はその本に収録されているんだと解釈してください。

【生物都市】

諸星大二郎のデビュー作。これは実際、パルプです! それこそ逆噴射小説大賞の応募作に紛れ込んでいても違和感のない世界観とストーリー展開(マンガだけど)。有機物と無機物の融合。デビュー作でありながら、すでにその圧倒的な天才性を感じさせます。

【遠い国から】

カオカオ様!
「これぞ諸星大二郎」と言いたくなる幻想的な紀行の連作です。(ちなみに上記サムネイルで顔から足が出ている謎存在がカオカオ様です。)

【無面目】

これ、めっちゃくちゃ好きです。中国古典「荘子」の「渾敦」の逸話が、諸星大二郎にかかるとここまで壮絶なストーリーになる! 絶妙に史実と絡み合って展開される物語。これは凄い!

【西遊妖猿伝】

最高ですね。最高。それ以外に言葉が見当たらない。西遊記。唐建国の英雄たち。様々な中国古典。伝奇的な怪異の数々。魅力的な登場人物たち。そしてアクション! エンターテイメント! 全てが詰まっています。

物語の設定も最高です。民衆の怨念や血を力に変える大妖怪「無支奇」。その「無支奇」から「斉天大聖」の称号と力を与えられた主人公、孫悟空。そう、ニンジャスレイヤーめいて民衆の怨念を力に変えて戦うアンチヒーロー、それが主人公の孫悟空なのです! 格好良すぎ。

諸星大二郎先生、連載再開はいつですか。。もう三年以上待ってます。。

未来へ

ウナーゴンさんも書いていましたが、正直、諸星大二郎の作品はほとんど全部が素晴らしい。バラエティが凄まじく豊富なので、何を読んでも飽きが来ない!

この記事によって、少しでも諸星大二郎に興味を持つ人が出てくると嬉しいです。

【おしまい】

photo by astrorom

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