十手笛おみく捕物帳 三 「篠笛五人娘」2/田中啓文
二
「さあーっ、美味しい美味しい笛吹き飴やで! お子たちがなめたらほっぺが落ちるし、おとなが噛んだら勝負事の運がつくでえ!」
篠笛を手にしたみくは満面の笑みで甲高い声を張り上げると、背筋を伸ばし、歌口を口に当てた。
ぴーーーーーっ
ぴーひゃららら
ぴっ、ぴきぴきぴきぴき、ひゃらるりら
ららら……ららら……ららら……
涼しそうな笛の音が境内に鳴り響いた。ここは、みくの住む月面町からもほど近い今宮村の「今宮戎神社」である。通称は「えべっさん」。みくは今日、この神社を商いの皮切りに選んだのである。
みくの表稼業は篠笛作りと飴売りだ。かたわらに置かれた大きなつづらのなかには、赤、白、黄色、べっ甲色、緑、黒……いろとりどりの美味しそうな飴が詰まっている。みくは祭り囃子の旋律をひとしきり吹いたあと、腰に下げた当たり鉦を景気よく鳴らしながら踊り出した。だれもみくの方を見ないが、ここでくじけていては商売にならない。
この飴なめたら
あっというまに
口のなかがお祭りや
ぴっぴっひゃらひゃら
ぴーひゃらら
憂さも忘れてお祭りや
甘うて美味しい
またなめたい
買うてや買うてや
大坂一の笛吹き飴や
買うてくれたら愛嬌に
笛をひと節奏でます
どんな曲でも吹きまっせ
ぴっぴっひゃらひゃら
ぴーひゃらら
晴れても飴でも
ぴーひゃらら
飴売りの競争はなかなか熾烈で、唐人の恰好をしてでたらめな唐の歌を歌ったり、頭のうえに蝋燭を立てたり、女装をしたり……皆、子ども(飴売りの客のほとんどは子どもである)の興味を惹くためにさまざまな工夫を凝らした。そんななかでみくが考え出したのが「笛吹き飴売り」である。
客寄せに楽器を使う飴売りはほかにもいるが、篠笛職人だった祖父や父親の影響で、幼いころから篠笛を吹くのが好きだったみくは、一度聴いた曲はすぐに吹くことができた。飴を買ってくれた客への「おまけ」として、「○○を吹いてくれ」と言われたら、知ってる曲ならただちに吹いてみせる。知らない曲でもそれっぽく適当に吹く。店を持たない担いの飴売りを続けているうちに、そういう度胸が身についた。今では、みくの笛を聴きたいばっかりに飴を買いにくる常連もいるほどだ。なかには「俺も吹きたい」といって篠笛を買ってくれる客もいた。
篠笛は一本作るのに手間がかかるし、値も高いのであまり売れないが、飴なら毎日少しは売れる。今ではこの飴の細々とした売り上げが、みくと母親ぬいのふたりの暮らしを支えていた。
ぴっぴっひゃらひゃら
ぴーひゃらら
病いもビンボも吹き飛ばす
運つくテンツクまたなめたい
憂さも忘れてお祭りや
買うてくれたら愛嬌に
笛をひと節奏でます
どんな曲でも吹きまっせ
じつはこの数日、雨天が続き、みくは飴売りに出られなかった。「出商い」のものは雨に降られると商売を休まざるをえない。つまり、無収入になるのである。今日は雲ってはいるが、やっと雨は上がった。今朝、家を出るとき病床のぬいに、
「行ってきます!」
「えらい力こぶ入ってるなあ。あんまり無理しなさんなや」
「大丈夫! ここ何日かの分を取り戻さなあかん。稼いで稼いで稼ぎまくるつもりやねん。いざ出陣! えいえい……おう!」
笛どころか法螺貝でも吹こうかという気合いで商いに臨んだのだ。しかし、どういうめぐり合わせか、今日はみくがいくら力んで踊り、歌い、笛を吹いても、寄ってくる客はいなかった。今宮戎は一月の九日、十日、十一日の三日間は「十日戎」といって、商売繁盛を願う大坂中の欲の深い善男善女が押し寄せ、福笹や吉兆を奪い合ってたいへんなにぎわいとなるが、それ以外の日は閑散としている。今、境内には子どもが数人手まりを突いて遊んでいるだけだ。
(せっかく出陣したのに……しゃあないな。廣田さんにでも行こか……)
廣田神社はえべっさんのすぐ北にある。四天王寺の鎮守であり、境内は広く、周囲を深い森に囲まれている。境内には茶屋が二軒あり、普段でもそこそこの数の参拝者がいる。
(朝から景気悪いなあ……。この広い大坂に、うちの飴を買うたろか、というもんはひとりもおらんのかいな。どこぞの大店のご主人が、「よっしゃ、あんたとこの飴、百個、わしとこがもろた!」て言うてこんやろか)
そんなアホなことを考えている自分が情けなくなってきた。うなだれたみくがつづらを背負おうとしていると、
「お姉ちゃん……!」
元気そうな声が後ろからかかった。振り向くと、そこには四人の女の子が立っていた。さっきまで手まりで遊んでいた子どもたちだ。歳は十歳ぐらいだろうか。近所の長屋の子でもあろうか、着物もつんつるてんだが、破れたりはしていない。
「なんか用か?」
みくが言うと、四人はきょとんとして、
「お姉ちゃん、飴屋やろ? 飴買いにきたんやけど……」
みくは破顔一笑した。
「そやったそやった。忘れてたわ。うちは飴屋やった。ははは……お客さんかいな。飴、いくついる? 百個か?」
先頭の子が、
「そんなに買えるかいな。ひとり一個や。選んでええ?」
「好きなん取りや」
四人はそれぞれ好みの飴を選ぶと、みくに銭を渡し、口に放り込んだ。
「あはは……美味しいわ」
「ほんまや。この黄色くて甘酸っぱいの、めちゃ好き」
「ガリガリって噛みたくなるけど、そんなことしたらすぐになくなるさかいなあ……」
「口のなかでロレロレ……転がしてたら、美味しい唾が湧いてくるわ」
四人はキャキャキャキャ……と笑いながら飴を楽しんでいたが、ひとりが言った。
「その笛って吹いてくれるん?」
「買うてくれたお礼や」
「どんな曲でもええの?」
「なんでもござれや」
「ほな、わては……『うさぎうさぎ』にするわ」
「わては『とおりゃんせ』……」
「わては『ずいずいずっころばし』がええな」
皆は口々に自分の好きな曲をあげ、みくは片っ端からそれを吹いた。
「うわあ、お姉ちゃん、すごいなあ」
「なんでも吹けるんやな」
みくは照れて、
「そんなことあらへん。こんなん簡単や。だれでもちょっと稽古したら吹ける」
「へー、わてらでもできるやろか」
「もちろんや。真面目に稽古したらこんな曲ぐらいなんぼでも吹けるようになるで。――えーと、あとひとり残ってるなあ」
「わてや。わては……『天満の市』がええな」
「ああ、うちも好きな曲や」
「天満の市」というのは、天満橋近くにある青物市場のことを歌った子守歌である。みくは歌口を唇に当てると、そっと息を吹き込んだ。
ねんねころいち天満の市で
大根そろえて舟に積む
舟に積んだらどこまでゆきゃる
木津や難波の橋の下
橋の下にはカモメがいやる
カモメとりたや竹ほしや
竹がほしけりゃ竹屋へござれ
竹はゆらゆら由良之助
子守歌というのは、子守奉公に出された少女が赤ん坊をなんとか泣きやまそうと歌ったもので、おのれの生い立ちが投影されているせいか哀切な旋律のものが多い。「天満の市」もしみじみと心を打つ節回しである。
みくが演奏を終えると、ひとりが下を向いているので、
「どないしたん?」
その子は顔を上げた。涙が二筋、流れている。
「お姉ちゃんの笛があんまりええさかい、泣いてしもた」
「あ……ごめん。そんなつもりやなかったんやけど……」
「悲しいから泣いてるんやないねん。お姉ちゃん、すごいなあ。キリキリっとした音色で気持ちいい節やのに、いつのまにか涙が出てた……」
ほかの子どもたちも泣いていた。
「笛聴いて、こんな気持ちになるやなんてなあ……」
「もっと聴きたいけど、お金ないから……また来てな」
「お姉ちゃん、お能とか歌舞伎の笛方になれるわ」
「あははは……無理やなあ。笛方ゆうのは、あれは男のひとしかなられへんのや」
「へー、なんで?」
「なんで、て……そう決まってるんや」
「ふーん、だれがそんなしょうもない決まり作ったんかなあ。女はつまらんなあ」
あからさますぎる意見に、みくは少しだけ心が痛んだ。たしかに今の世の中、女が就ける仕事はかぎられている。
「笛方になれるかどうかはともかくとして、笛吹くのは楽しいで。やってみいひん?」
女の子のひとりが、
「うーん……笛吹きたいなあと思たけど、なんかやる気なくなったわ」
「わてら、やっぱり子守奉公が関の山やなあ」
みくはなんとなく、
(これではいけない……)
と思った。
「やりたいことやるのに男も女も関係ない。――あのな、うちのほんまの稼業は飴屋やないねん」
「なんなん?」
これを言うと、子どもたちがドン引きするかもしれないと思いながらも、
「うちは目明しやねん」
子どもたちはキャキャキャキャ……と笑って、
「そんなアホな」
「女の十手持ちなんか聞いたことないわ」
「お姉ちゃん、十手なんか持ってないやん」
「十手は家に置いてある」
「嘘や」
「嘘や、と思たら『月面町のおみく親方』ゆうて訪ねといで。ほんまかどうかわかるわ」
にっこり笑ったみくはつづらを背負い、
「また飴買うてや」
半信半疑の子どもたちにそう言うと、えべっさんの境内をあとにした。廣田神社でもうひと稼ぎ……と思ったが、ぽつり、ぽつり……と雨が降ってきた。しばらく歩くと、本降りになった。あわててみくは近くにあった松の木の下で雨宿りをしたが、いつまでたっても雨脚が衰えない。みくはあきらめて、つづらに厳重に覆いをすると、豪雨のなかを走り出した。
合邦が辻を東へ東へと駆ける。ようやく月面町が見えてきたあたりで、雨は急に小降りになった。
(な、なんやあ……?)
みくも走るのをやめた。長屋の木戸をくぐったときには、雨はすっかり上がっていた。
「どないなってんねん!」
さすがのみくも天を仰いでそう叫んだ。
「おかん、ただいま」
家に入ると、
「お帰り。えらい雨やったねえ」
ぬいが半身を起こしてそう言った。
「あほらし。必死で帰ってきたのにもうやんでしもた。お昼ご飯食べたら、また出かけるわ」
「たいへんやなあ」
「飴四つ売れただけやさかい、しゃあない」
「どなたが買うてくださったんや?」
「キャキャキャキャ……てよう笑う女の子が四人や。あの歳の女の子はほんま、箸がこけても笑うなあ」
「お婆さんみたいな言い方して……あんたも女の子やないの」
荷を下ろしたみくは、そのなかから竹で編んだ弁当箱を取り出した。出先で食べるつもりだったのだ。ぬいも、みくが作っていった弁当を出した。茶を淹れて、ふたりで向き合って食べる。
「おかんと弁当食べるゆうのも変な感じやな」
「そやねえ。お花見に行ったつもりになったらええのとちがう?」
笑いながらみくは握り飯にかぶりついた。醤油に浸した鰹節を混ぜ込んであり、食べると香ばしい出汁の味が舌に残る。大根の漬けものと梅干、塩昆布が添えられている。あっという間に食べ終え、熱いお茶を飲んでいると、
「ごめーん」
そう言いながら入ってきたのは、近所に住んでいる海苔問屋の隠居甚兵衛である。「隠居」というのはよほど暇なのか、しょっちゅう遊びにくる。女所帯なので、男の出入りがあるのはありがたいのだが、とにかく「入り浸っている」感じなのだ。
「頼まれてたお神酒持ってきたでー」
甚兵衛は樽酒を下げている。酒は酒屋からツケで買うのが普通だが、みくとぬいは日頃酒を飲むわけではないので、行きつけの酒屋がない。だから、伊丹の造り酒屋に親類がいる甚兵衛に神棚に供える酒をときどきわけてもらっているのだ。
世話好きの甚兵衛は町内きっての物知りということになっているが、案外ポカッと抜けているところもある。下駄のように四角い顔に丸眼鏡をかけており、残り少ない髪の毛を掻き集めて髷を結っている。怪事件が起こると首を突っ込みたがり、あれこれと自説を開陳して悦に入る。それが当たった例しはないのだが、本人は「謎解き甚兵衛」と自称している。いたって罪のない年寄りであるが、事件のことをみくからあれこれ聞き出そうとするのは困りものである。
「みくちゃんが昼間から家にいる、ということはこの界隈は平穏無事、世はなべてこともなし、ゆうことやな。それはそれでありがたいけど、なんかこう派手でパーッとしてるけど中身はたいしたことのない事件が起きて、それをわしがずばり解決といきたいところや」
「そんな上手いこといくかいな」
みくが呆れてそう言うと、
「みくちゃんも、事件で行き詰まったらいつでも相談においでや。この謎解き甚兵衛がええ知恵貸してあげるさかい」
「考えとくわ」
みくの祖父は仙雅という名前の楽士だった。笛の技をもって京の御所に仕えていたが、あるとき勤めを辞め、大坂に下って篠笛職人となった。同じころ、東町奉行所に出入りするようになり、その人柄を見とめられて目明しとしても働きだした。
目明しというのは町奉行所の組織に公的につらなっている存在ではない。町廻りの同心があくまで個人的に使っている「手先」なのだ。だから、決まった給金をもらっているわけでもなく、同心がときどき手札(小遣い銭)をくれるだけである。自分が仕えている同心の屋敷に行けば、いつでも冷や飯ぐらいは食べさせてもらえる……その程度の役得しかない。それどころか、ときには命の危険があったりすることもある。
結局、十手と取り縄を預かり、えらそうに親方風を吹かして、立場の弱い職人や商人などをビビらせたい、というのが目明したちが金にもならぬことを得々としてやっている理由なのだ。ヤクザからおまえの店を守ってやるから用心棒代を払え、とか、喧嘩の仲裁をしてやるから仲裁料を払え、とか、俺の縄張りに店を出すなら挨拶料を払え、とか……いろいろ理由をつけては町人たちから金をむしりとる。その儲けが馬鹿にならないのだ。なかには事件の被害者をゆするようなあくどい連中もいた。
みくの祖父のように弱い者いじめなどせず、きちんと筋を通す目明しもいることはいるが、いずれにしてもひとりでは行き届かないので、多くの手下を使わねばならない。優秀な手下をつなぎとめておくには金が必要だ。そこで、目明しの多くは女房に店をやらせたり、副業を持ったりしていた。それがみくの祖父にとっては篠笛作りと飴売りだった。仙雅が亡くなったとき、みくの父宇佐七は、目明しの仕事と篠笛作り、飴売りの全部を受け継いだ。宇佐七はみくに十手の使い方を徹底的に教え込んだ。
そういえば……とみくはさっきの四人の女の子との「女は笛方になれない」話を思い出していた。自分にもそういう経験があったからだ。あるとき、みくは父親に、
「なんで十手なんか習わなあかんの? うち、目明しになんかならへんのやで」
あざだらけになりながらみくが抗議すると、
「そうとはかぎらんやろ。もし、おまえが目明しになったら、そのときこの技が役に立つ。危ない目に遭うたときも自分や他人を守ることができる。今は痛いかもしれんけど辛抱せい」
「アホなこと……女が目明しになんかなれるかいな」
「なんでそう決めつけるのや」
「けど……女の目明しなんか見たことないもん」
「それやったらおまえがその一番手になったらええやないか」
「…………」
「祖父さんも俺も目明しや。せやからおまえも目明しになるかもしれんな、と思て、こんなことしとるんや。もちろんなりとうなかったらならんでもええのやで。おまえには、自分がやりたいことをやってほしいし、なんになろうと俺は応援する。けど、おまえがならんでも、おまえの子が目明しになるかもしれんやろ。そのときはおまえが俺に習った十手の使い方を教えたれ」
「ならへんならへん。うちもうちの子も目明しになんかならへん」
そう言っていたみくが、宇佐七の死後、その縄張りを受け継いで、きっちり目明しになってしまっている。
(不思議なもんやなあ……)
みくはときどきそう思うが、もう慣れた。宇佐七が常々口にしていた、
「俺は大坂の町のみんなを守るために十手持ちをしてるのや。どうせだれかがやらなあかんことや。それやったら俺がやったるわい、ゆう気概でこの仕事をしてる」
という言葉をみくはいつも胸に刻んでいた。
「あのー……こんにちは……」
表で声がした。まだ若い女のようだ。
「月面町のおみく親方のお家はこちらだすやろか……」
「みくはうちや。入ってんか」
みくが食器を片付けながらそう言うと、
「おじゃましまーす」
入ってきた数人の女の子の顔を見て、みくは思わず叫んだ。
「あーっ、さっきのキャキャキャキャ……」
「キャキャキャキャ?」
「いや、なんでもない。こっちのことや。――まさか、わざわざまた飴買いにきたんか?」
先頭の子がかぶりを振って、
「そやないねん。わてらな……」
と言ったきり言葉を濁した。四人はたがいに、
「あんたが言いや」
「わて、よう言わんわ」
などと小声で言い合っている。ぬいが笑って、
「じゃんけんで決めはったらどう?」
四人はうなずいて、じゃんけんを始めた。結局、負けたひとりがおずおずと進み出て、
「あのなあ、お姉ちゃん……わてらでも笛吹けるやろか」
ああ、そういうことか、とみくは納得した。
「吹ける吹ける。ちゃんと習たらな」
「わてら、お姉ちゃんに入門したいんやけど……」
「え……? うちに? うちは弟子取るやなんてそんな柄やないさかい……」
必死の思いで入門を申し込みに来たであろう四人がうなだれたのを見て、ぬいが、
「ええやないの。むずかしゅう考えんと自分の知ってることを教えてあげたら」
「そ、そうかな……」
甚兵衛が、
「あのな、みくちゃん……ひとに教えるゆうことは自分の修業にもなるんやで。やったらええがな」
「うーん……」
「お姉ちゃん、頼むわ。いや、お頼み申し上げます」
「わてら、お姉ちゃんの笛にぞっこんやねん。あんなきれいな音、聴いたことない」
「お願いしますお願いします」
そう言われると悪い気はしない。
「ほな……うちでよかったら……」
女の子たちは手を取り合って、
「うわあ、よかった!」
「よろしくお願いします、先生」
みくは頭を掻いて、
「先生やなんて、へへ……へへへ……おみく姉ちゃんでええよ」
「そうはいかんわ。今日からは先生や。けじめはしっかりつけなあかん」
生意気なことを言う。かな、さゑ、うめ、すぎ……四人はひとりずつ名を名乗った。皆、同じ長屋の同い歳四人で、いつもまり突きなどをして一緒に遊んでいるのだという。
「ほたら、ここに篠笛があるから、一本ずつ取って」
「あのー、なんぼほど払たらええやろ。わてらあんまりお金持ってないさかい……」
「かまへんかまへん。使い古しのやつやからタダでええわ。けど、ちゃんと音は出るで」
そう言うとみくはそのうちの一本を手にして、息を入れた。暖かい音色がすーっと響いた。みくはそのままわらべうたを一曲奏でると、
「はい」
と言って、うめに手渡した。
「えっ……」
「吹いてみ」
うめは見様見真似で歌口に口をつけた。音は鳴ったものの、スベーッというヘンテコな音だった。何度もやってみたが、フベーッ、スビーッ、ブヒーッ……。
「あかんわ。わて、才能ないんかなあ」
「大丈夫。すぐに吹けるようになるよ」
「うん……!」
かなが神棚に置いてある十手を見て、
「お姉ちゃん……やなかった、先生、ほんまに十手持ちやったんやなあ。この近所で『月面町の親方』てきいたら、『ああ、おみくちゃんの長屋やったら……』いうてすぐに教えてくれたわ」
さゑが、
「すごいなあ。かっこええなあ。女でも目明しになれるんやなあ」
みくはかぶりを振って、
「すごいことなんかあらへん。それがあたりまえにならなあかんのや」
そう言ったとき、表から入ってきた男が、
「親方、江面の旦那がお呼びだっせ。お奉行所の方に来てくれ、て言うてはりました」
細い顔で、目は小さくて黒豆ぐらい、眉毛は左右がつながっている。背は高く、がっしりした体格である。みくの手下のひとり、清八である。あだ名は「おっと清八」。力自慢で、相撲取りに米俵を持ち上げる勝負を挑まれ、勝ったことがあるぐらいの力持ちだが、本人は「馬鹿力」と言われると腹を立てる。
みくは、
「なんの用やろ。事件かな」
「さあ……わしはなにも聞いてまへん」
「わかった。すぐに行くわ」
みくは神棚に向かって手を合わせると、十手を腰に手挟んだ。
「ごめんなあ。今日はお稽古でけへんわ。明日、また来てくれる?」
四人はうなずくと、大事そうに篠笛を握りしめて帰っていった。みくは清八とともに家を出、四天王寺方面に向かったあと、左に折れて、谷町筋を北上した。大坂城西側に延々と並ぶ武家屋敷を尻目に天満橋の手前を右に曲がると東町奉行所がある。もちろんみくたち目明しは奉行所のなかには入れないから、門番に用向きを伝えると、門前にある腰掛け茶屋で茶を飲みながら江面が出てくるのを待った。腰掛け茶屋というのは、町奉行所のまえにはかならずあって、同心たちが手下との打ち合わせに使ったりする。茶屋の奉公人も与力や同心とは顔見知りのものばかりなので、安心して密談ができるのだ。
すぐに江面はやってきた。腰が曲尺のように直角に曲がっており、杖を突きながらよろよろと歩む姿を見ると、
「この爺さん、大丈夫かいな」
と心配になるが、どうしてどうしてこれで武芸の達人なのである。頭髪は残り少ないが、そのかわりに眉毛はふさふさしている。ただし、真っ白だ。
「おお、呼び立てて悪かったのう」
江面はみくの隣に腰を下ろした。
「何か事件ですか?」
「事件……といえば事件じゃが、まあ、まだよくわからぬ」
江面可児之進は東町奉行所定町廻り同心である。目明しは、特定の同心の下で働くわけではなく、そのときそのときに声をかけてくれた同心の命で御用を務める。目明しにはそれぞれ縄張りがあり、同心たちは事件が起きた場所を縄張りにしている目明しと組むのが普通である。しかし、みくの父宇佐七はほとんど江面の声掛かりで働いていたこともあり、みくも自然と江面の専属のようになっている。
「今日は、冷えるのう。もう冬じゃのう。大和炬燵がのうては眠れぬわい」
大和炬燵というのは、瓦焼きの四角い小型のこたつで、側面に穴があいており、寝るとき足もとに入れて暖を取る。
「今年の冬は去年より寒さが厳しいらしい。夏が暑い年は冬が寒いというが、今年はどうやらそれが当たりらしいぞ」
年寄りはなかなか本題に入らない。入れ歯が合っていないらしく、言葉もふがふがと聞き取りにくい。
「あのー、旦那、そろそろ本題に……」
「ああ、すまぬすまぬ。今日呼び出したのはな……」
江面は小声になり、
「化けものが出た……」
「えっ……!」
「らしい」
「どういうことですか」
江面によると、近頃、東横堀や道頓堀界隈で、夜中に「化けものを見た」という事件が五件あったらしい。目撃者は皆、びっくりして近くの会所(番屋のこと)に駆け込むのだが、下役や夜番が刺股や突棒を持っておっかなびっくり現場に行ってもなにも見当たらない。
「逃げてしもたんかなあ……」
とあたりを探したが、痕跡すら見いだすことはできなかった。目撃者は三人ともかなり酔っており、見間違いである可能性も大だった。
「酒飲んで嘘八百並べてるのとちがいますか」
みくは酒を飲んだことはないが、酔っ払いがあることないこと口から出まかせをしゃべりまくっているのはよく目にする。
「わしもそうではないかと思う。酒に酔って夜歩きをしていると、猫でも犬でもニワトリでも怪物に見えるものじゃ。だが……そうだと決めつけるのはまだ早い。なんにしても、五件も立て続けというのはおかしい」
「どんな化けものだす?」
「うーん……それもはっきりとせぬのじゃ。ひとりは、目がデメキンのように突き出したトカゲみたいなやつがぺろぺろと舌を出していた、と言うておる」
「うわっ、気色悪っ」
「べつのひとりは、子犬ぐらいの大きさではあるが、口中に牙の生えた妖怪が土手を這っていた、と言う」
「ばらばらやなあ……」
「十尺(約三メートル)ほどのウナギを見た、という話もあった。そうそう、こういう証言もある。農人橋のあたりをふらふら歩いていると、突然、だれかがまえに立った。邪魔やなあ、と提灯の明かりを向けると、それが……へのへのもへじやった、というのや」
「へのへのもへじ? 子どもが描く、あの……」
「そうじゃ」
「そんなん怖いことおまへんがな」
「ところが、肌は疥癬のようなものに覆われており、丸い目玉がなんともいえず不気味だったらしい。それが前後左右に揺れていたのだそうじゃ」
「襲われましたんか?」
「いや、現れたときと同様にすぐに暗闇のなかに消えてしまったらしい」
「うーん……」
「へのへのもへじの妖怪など、酔っ払いの誤認と考えるのが普通だろうが、訴えがあった以上、町奉行所として放ってもおけぬ。とはいえ、お上が表立ってそのような馬鹿げた事件の詮議をするわけにもいかぬ。もし、悪戯や勘違いだった場合は大恥を掻く。そこでじゃ……目先に急な御用を抱えていない町廻り同心にお頭からの指図があった。手下にそれとなくあたらせろ、とな。わしもそのひとりというわけじゃ」
つまり、まずは町奉行所とは直接関わりのない目明しに探らせて、なにか事件性があるとわかったら同心が乗り出す、なにもなかったら知らんぷりをする……いつものことである。
「化けもの退治などくだらぬと思うかもしれぬが、これも御用じゃ。案外、ひょんな悪事が隠れておるかもしれぬ。手を抜かず調べてくれ」
「はい……」
「あー、やれやれ。では、しっかり頼むぞ」
明らかに「仕事を押し付けてホッとした」という感じで江面は帰っていった。
「おみく親方、ほんならわしらは今から化けもの探しだすか?」
清八の言葉にみくは、
「旦那に言われたらしゃあない。けど……まあ、適当にやっといたらええわ。どうせ見間違いに決まってる」
「そうだすなあ。化けもん相手に『神妙にせえ!』言うたかて聞く耳持たんやろし……」
「十尺のウナギなんか、蒲焼が何人前取れるねん。旦那の顔を立てなあかんさかい、堀沿いに住んでる連中とか夜にあのあたりを通った連中に聞き込みしよか」
ふたりは手分けして東横堀と道頓堀を調べるということにした。そのときみくは、半信半疑で手掛けたこの事件が案外根の深いものだったとは思いもしなかった。
◇
「どうするのや、番頭どん」
「えらいことになりましたなあ、旦さん」
「どないしたらええやろ。ええ知恵ないか?」
「まさか盗人が六番蔵に入るとはなあ……」
「間の悪いことに笛吹きの九輔が死んだのをあの蔵に放り込んどりましたさかいな……」
「戸は開けっ放しやし、みんな出ていってしもた。ほとんどは捕まえたけど、何匹かはまだ野放しや」
「どないしましょ。ほかのはともかく、阿奈子と瘤平は放っておけまへんで。騒動になりまっせ」
「わかっとるがな。けど、笛も盗まれてしもたさかいなあ……どうしたらええやろ」
「旦さん、とにかくあの笛を取り戻さんことにはどもなりまへん。盗人にとっては値打ちのないもんやさかい、たぶん故買屋か質屋にでも売り払うたと思います」
「そういう店、大坂に何軒あるのや。とてもわしらふたりでは手が回らんやろ。それに、古道具屋や笛屋なんぞに持ち込むこともありうるやないか」
「そうだすなあ……。わての知り合いに篠笛やら能管やらを扱うてる問屋がいてますさかい、明日にでもそいつにきいてみますわ」
「それと……笛吹きをどうするかや。九輔が死んでしもたから、笛を取り戻せても吹き手がおらん。だれぞあの笛を吹けるもんを見つけんと……」
「九輔はかわいそうなことしました。旦さん、もうそろそろこんな道楽はやめはった方がよろしいのとちがいますか」
「わしは酒も博打も女遊びもせん。ただ、アレだけがわしの楽しみなんや」
「わてはあの笛が九輔の命を縮めたんやないかと思とりますねん。吹くたびに、なんか取り憑かれてるみたいでしんどい……息が苦しい……頭が割れそうや……心の臓が痛い……て言うてました」
「給金を増やしてもらいたいからそんなわがまま言うとったんや」
「けど、ほんまに死んでしまいましたがな。――旦さん、こんなこと奉公人の分際で言うたらあかんのかもしれまへんけど……そろそろあの道楽はやめはった方がええのとちがいますか。世間並に酒と博打と女遊びにしといとくなはれ」
「あ、アホなこと言うな。けど……笛と笛の吹き手と両方見つけなあかんなあ……」
◇
結局その日の聞き込みはなんの成果もなかった。みくも清八も、
(化けもの探しなんか馬鹿馬鹿しい……)
と、さほど気合いを入れていなかったせいもあるだろう。しかし、江面の手前、二、三日は続けなければならない。
「今日はこのへんにしとこ。明日は喜六も呼んで、三人で探索や」
「あいつもまさか化けもの探しに狩り出されるとは思とりまへんやろな。たぶんわし以上に文句言うと思いまっせ」
夕方、みくは清八と別れて長屋に戻った。
その夜、あまりの寒さにみくはぬいとふたりでうどんを食べていた。舌が焼けるほどの熱い出汁で煮込んだうどんに、刻んだ油揚げ、大根、ネギを入れ、葛の餡であんかけにしたものだ。生姜をたっぷりすりこんでいるのでぴりりと辛く、啜っているうちに汗が出てくる。お代わりをしたみくが二杯目を食べていると、
「え、え、えーらいこっちゃあっ!」
長屋の路地をどたばたと走り込んできたのは、もうひとりの手下、喜六である。「ちょかの喜六」のあだ名どおり、イラチであわてもので落ち着きがなく、なんでも独り決めして先走る。身が軽いので、盗人の召し捕りのときなどは重宝するが、しくじりも多い。喜六も清八も、みくの父宇佐七の時代からの手下で、代替わりした今もみくに律儀に従っている。
「なんやねん、喜六。うどんが喉に詰まるがな」
みくが言うと、釣り竿と提灯を持ち、魚籠を腰に下げた喜六は、
「それどころやおまへん! 出た出た出た出た!」
「お月さんかいな」
「ちがいますがな。化けもの、妖怪、お化け、物の怪だす!」
喜六には化けものの話はしていなかったはずだが、とみくは思った。
「なにがあったのや」
「親方、聞いとくなはれ……」
喜六の話によると、今日は宵の口から九之助橋のたもとで夜釣りをしていた。九之助橋は東横堀にかかる橋で、昼間はともかく、夕方になると界隈はひと通りが絶える。道頓堀に入ると夜でも難波新地に赴く屋形船が多く往来しており、その間隙を縫う小さな猪牙船や茶船でごった返しているが、釣りには向いていない。喜六はひとり釣り糸を垂らしていた。狙うは石垣のすぐ下を棲み処にしている大きなウナギで、料理屋などに持っていくといい小遣い稼ぎになるのだ。
しかし、どうも食いが悪い。餌のミミズを付け替えて、また釣りを続ける。およそ一刻もそんなことをしていただろうか。
「今日はあかんなあ。寒うなってきたからそろそろ帰って、熱いお茶でも飲もか……」
そうつぶやいたとき、一匹のウナギが橋の下から現れ、下流に向けて泳いでいくのが見えた。しめしめ、と思った喜六は、針をウナギの進行方向に落とした。
「餌やでえ。よう太ったミミズやでえ。針みたいなもんはついてへんでえ。食うてみい、美味いでえ」
ウナギがまさに餌に食いつかんとしたとき、そのウナギの下の川底からなにか黒い影がゆらりと上がってきたことに喜六は気づいた。それはもっと大きなウナギのように思えた。どれぐらい大きかったかというと……。
「二十尺(約六メートル)はおました!」
みくは顔をしかめて、
「なんぼなんでもそんな化けもんみたいなウナギが……」
そう言いかけて、ハッとした。
(そや……うちが今探してるのは化けものやった……)
江面の言葉は本当だったのだ……。
「それでどないなったんや」
「えらい水柱が立って、わてはびっくりして尻餅ついてしもた。必死で起き上がったら、化けものウナギが、小さい方のウナギに襲いかかるところやった。水しぶきで、よう見えんかったけど、小さいウナギはあっという間に飲み込まれてしまいました」
「ウナギがウナギを食うたんか……。どんな色やった?」
「茶色でおました。妙なだんだら模様がついてたような気もしますけど、あっという間の出来事やったさかい……」
「ふーん……あっという間の割には二十尺て、ようわかったな」
「あ、いや、それは……まあ、そのぐらいはあったやろ、と……。けど、ウナギの化けもんがいたことは間違いおまへん。あれは川の主とちがいますやろか」
「ほかに見てたひとはおらんかったか?」
「たぶんおらんかったと思います」
「それを見つけるのや」
みくは十手を帯に差すと、
「行くで、喜六」
喜六は手を打って、
「わての言うこと信用してもらえますのか。さすが親方や。てっきり『そんな妖怪おるわけない。おまえの見間違いや!』て怒鳴られると思いましたわ」
「普段やったらそうするとこやけどな……」
みくは、江面からの指図について喜六に話した。
「うへっ、そんなに化けもんがそこらにうようよしとりまんのか。えらいこっちゃなあ……」
喜六が提灯を持ち、ふたりは九之助橋に急いだ。しかし、暗い川面は墨を流したようにねっとりとしており、化けものはおろか、カワウソや魚すら見あたらなかった。時刻も遅いので、周囲にはだれもいない。このあたりは堀の東側に瓦屋が並び、西側には鋳物屋、銅吹所などが多く、昼間はそれらを積み出す船の往来が激しかったが、夕方以降は火の消えたような寂しさである。二つ井戸のあたりまで来て、ようやく煮売り屋を一軒見つけた。屋台を葭簀で囲っただけの店で、水鼻を垂らした老人がひとりでやっていた。客はひとりもいなかった。みくは十手をちらと見せ、
「このへんに化けもんが出る、ゆう噂があるんやけど、なんか変なもん見かけんかったか」
「そやなあ……化けもんかどうかわからんけど、こないだけったいなもんを見たわ」
「えっ? その話、詳しゅう聞かせてんか」
煮売り屋の主が言うには、彼はほぼ毎晩、このあたりに店を出しているのだが、数日まえ、食器などを洗うのに使った汚れた水を捨てようと土手から下に降りたとき、草むらに妙なトカゲがいたのだという。
「それがなあ、今の今までそこには草しかなかったのに、わしが桶の水を捨てようとしたとき、急にトカゲが現れてな、カサカサ……と逃げていったのや。びっくりしたでえ」
喜六が、
「爺さん、気ぃついてなかっただけとちがうか」
「そんなことない。草しかないところにトカゲがふわっと出てきたのや。まるで忍びのものみたいなやつや」
みくが、
「どんなトカゲやった?」
「うーん……目がとんがってて、長い舌を出し入れしてたなあ。尻尾の先がくるくる丸まってたと思う」
江面が話していた妖怪のひとつとよく似ている。やはり、本当にいるのか……。
「それでどうなったん?」
「それで……おしまいや。どこかに行ってしもた。それからは見かけてないわ。けど、化けもんゆうたかて、小さいもんやで」
主は両手でそのトカゲの大きさを示してみせた。ネズミぐらいである。
「おっちゃん、おおきに」
その後はほとんどだれとも出会わなかったし、木戸番や会所番にたずねてもなんの成果もなかった。それ以上の聞き込みは無理と判断したみくは、
「明日、朝一番から再開や」
そう言って喜六と別れた。みくはまだ半信半疑だった。だいたい喜六はおっちょこちょいで勘違いも多いのだ。
◇
「どうだ……わしの提案を検討してくれたか」
「まあな……」
「悪い話ではなかろう。わしとおまえの境遇は似たようなものだ。手を携えれば、かならずやわれらが望みは果たせるだろう」
「ふむ……」
「ためらうことはあるまい。わしがここから解き放たれれば、この国を手中に収めるなどたやすいこと」
「どうやってそこから抜け出すつもりだ。まえの吹き手はおぬしの背負う魔力の強大さに潰されて死んだのだろう」
「さようさ。もっと腕のある吹き手が必要だ。この笛を吹きに吹いてぶち壊してくれるほどのな。そういう笛吹きは、この国におらぬのか」
「ひとりだけ知っている」
「それはなにものだ」
「…………」
「おまえこそどうやってそこから出る? わしよりもむずかしかろう。おまえにかけられている呪の力はすさまじいもののようだ」
「まあな。今のところ、たまに外に出してもらって息抜きをしているが、マジで呪をほどくのはたいへんだ」
「だからこそ、わしと手を組めと言うておるのだ。そうなったら怖いものなしだ。おまえの呪も解けよう。わしもここから出られよう。あとはこの国の馬鹿な庶民を操り、支配者を倒して、われらが『王』になるのだ」
「おぬしは向こうでもそうしてきたのか」
「あと少しで上手くいくという寸前で、やつらはわしをここに押し込めたのだ。だが、二度と同じ轍は踏まぬ。まもなくわしはおまえの近くに行くはずだ。そのときもっと詳細に企てを練ろうではないか」
「考えてみてもよい。私もここでの窮屈な暮らしには飽きてきたところだ。いずれは出たいと思うている」
「ならば考えるまでもない。――待て、だれか来た」
(次回に続く)
「十手笛おみく捕物帳」シリーズ 好評発売中!
十手笛おみく捕物帳
医は仁術というものの 十手笛おみく捕物帳 二
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?