十手笛おみく捕物帳 三 「篠笛五人娘」5/田中啓文
五
「親方ーっ!」
みくが家で十手笛を磨いていると、どたばたと足音を立てて清八がやってきた。血相が変わっている。
「なにかわかったんか?」
「へえ。今日は、清八ようやった、とほめとくなはれ」
「清八ようやった! これでええか」
「あ、そや! 聞きましたで、親方、喜六に小遣い渡しなはったやろ。わしにもおくなはれ。喜六にだけ、いうのはズルいわ」
「あとでやる。――なにがわかったか、早う言わんかい!」
「そやったそやった。忘れてました」
清八は水を一杯飲んで息を調えてから、
「宝岩堂に女子衆奉公してた、ゆう女子が見つかりましたんや!」
「なんやて?」
みくは立ち上がった。
「安堂寺町の大工の娘でおかめゆうのが一時働いてたらしい。知り合いの箒屋の娘が教えてくれましたのや。はじめは、内緒や、て言われてるから、て渋ってましたけど、心づけをたっぷり渡したらぺらぺらしゃべりよった。親方、その分は今日の手札に足しといとくなはれや」
「わかってる。――さあ、行こか」
「へいっ」
ふたりは表に出ると、北へ北へと道を取り、安堂寺町の長屋へとやってきた。当のかめという女は家にいたが、みくの話を聞いて当惑したように、
「わてはたしかに宝岩堂さんに奉公しとりましたが、そこでなにをしてたかは言わん約束だすさかい、どなたさんにかぎらずお話しはでけまへん」
「そこをなんとかお願いします」
「雇われるときも念を押されましたし、その分えらい高いお給金をいただいとりました。辞めるときも、旦さんに釘を刺されました。絶対にしゃべることはできまへん」
「そんなに給金が高いのになんで辞めはりましたんや?」
「まあ、あれ以上はおれまへんわ」
その言葉にみくは食いついた。
「なんでです?」
かめは、しまったという表情になったが、
「なんででもおまへん。ちょっと気が変わった、ゆうだけだすわ」
清八が十手を抜いて、
「宝岩堂は後ろ暗いことに手ぇ染めてるかもしれん。それに加担してたとわかったら、あんたも手が後ろに回るかもしれんのやで」
かめは顔をひきつらせ、
「そ、そんなこと言われても……。もし、わてがここであんたらにしゃべったらどうなります?」
「少なくともお役人の心証は良うなるやろ。わしらからも、あんたが進んで話をしてくれた、と口添えしたる。雇い主に言われてしたことなら、よほどの悪事でないかぎり、罪にはならんと思うで」
「さ、さよか……」
少し心が動いたように見えたが、
「ああ、やっぱりあかんわ。旦さんを裏切ることになる。悪いけど、言えんわ。うっかり友達のお玉ちゃんにはしゃべってしもたけど、親類にも宝岩堂に奉公に上がってたことは言うてないのや」
「あの……おかめさん……うちらは……」
「帰っとくなはれ! あんたらがそこにいたらうちにもこの長屋のみんなにも迷惑や。帰らんかったら塩ぶっかけるで!」
みくと清八は顔を見合わせた。みくはこれ以上は無理と考え、家を出るよう清八にうながした。
「残念やなあ……せっかく元奉公人が見つかったのに……」
「しゃあない。時間をかけて口をほぐしてもらお」
そのとき、
「おみく先生!」
声がした方に顔を向けると、四人娘のひとり、さゑだった。
「先生、なんでここにおるん?」
「御用の筋や」
「まさか、この家に用事やないやろな」
「そのまさかや。あんた、この家のひと、知ってるんか?」
「わての叔母ちゃんやねん。今日も、おかんのお使いで来たんや。まさか、かめ叔母ちゃんを召し捕るのやないやろな」
「いや……そやないんやけどな……」
みくは手短に、ここに来た理由をさゑに説明した。
「わかった。わてが口利いたる。叔母ちゃん、うちをかわいがってくれてるさかい、たぶん言うこときいてくれると思う」
さゑは家に入ると、かめにみくが自分の師匠であること、信頼できるひとであること、宝岩堂が近頃目撃されている化けものにつながりがありそうなこと、なにやら悪いことを企んでいそうなこと……などを話した。かめはため息をつき、
「そうか……あんたに出てこられたら話さなしゃあないな」
みくは、
「決して悪いようにはしまへん。約束します」
「たしかにあれは『化けもの』に見えるやろ。わても最初はそう思た。けど……そやないねん」
かめは重い口を開いた。
◇
夜になるのを待ちかねて、みくは喜六、清八とともに宝岩堂へと向かった。いつもの勝手口近くに身を隠し、じりじり待つこと一刻あまり。
「先生、お願いします」
「よろしい」
そんな会話のあと、塀の内側からあの笛の音が聞こえてきた。途端に不穏な気配が広がった。
(今日こそ尻尾を掴んだる……!)
みくは意気込んでいた。
「喜ぃ公、清八……」
打ち合わせのとおり、清八はその場に四つん這いになり、喜六が清八に子亀のように乗り、最後にみくが喜六のうえによじ登った。
「清八、大丈夫か」
みくが土台の清八に声をかけると、
「親方こそ大事おまへんか」
「大丈夫……と思う」
みくは塀に足をかけると、そこに立った。身を乗り出し、なかをのぞきこむ。六番蔵のまえにだれかが立ち、笛を吹いているのが月明かりに浮かび上がった。逆巻七五郎にちがいない。その横に立っているのは、暗くてよく見えないが、おそらく主の岩太郎だろう。逆巻は一心に笛を奏でている。その顔を見て、みくは驚いた。まえよりも人相がいびつで不気味なものになっている。もはや人形浄瑠璃で使う「酒呑童子」のかしらのようである。
(あれも、笛のせいやろか……)
みくはそんなことを思いながら七五郎を凝視していると、どこからか、ずる……ずる……という音が聞こえてきた。南側の塀の方からだ。そちらに顔を向けると、なにか黒い縄のようなものが垂れているのが見えた。その縄は、動いていた。
「せ、先生! 瘤平や! 瘤平が戻ってきよりました!」
七五郎は無言で笛を吹き続ける。旋律に操られるように、縄はずるり……ずるりと塀を乗り越え、庭に入ってきた。みくはじっとその縄の動きを見つめていた。七五郎の笛はますます怪しげな響きを帯び、それにつられて縄は左右に蠢いている。やがて月がかげり、みくは縄を見失った。
「親方……なにが起きてまんのや」
喜六のささやきに応えるゆとりもなくみくは庭のあちこちを探したが、縄を見つけることはできなかった。
(どこ行ったんや……)
そのとき、みくのすぐ目のまえに、いきなり太い杖を立てたようにそれが伸びあがった。ぶつぶつした細かいウロコに覆われた皮膚に、丸をふたつつなげたような模様……それが目玉と鼻に見えるのだ。
「へのへのもへじ……!」
みくが悲鳴を上げそうになったとき、「それ」はくるりと裏側をこちらに見せた。
「蛇……!」
たしかに蛇だった。しかし、その大きさはみくが知っているアオダイショウやマムシの比ではなかった。小さな頭部が鎌首の先についている。クワッと開いた口の上顎部には二本の鋭い牙があり、先端の割れた長い舌をちろちろと吐いている。岩太郎が、
「おお……おお……よう帰ってきてくれた。もうどこへも行くなよ。ここがおまえの家やで」
その蛇は、みくにからみつこうと首を伸ばした。
「ひえーっ!」
みくは塀から墜落した。したたかに尻を打ち、立ち上がろうにも立ち上がれない。勝手口が開き、なかから逆巻七五郎と岩太郎が現れた。みくは尻もちをついたまま後ずさりをしながら、十手笛をふたりに突き付けた。
「ようやくあんたらのやってることがわかったで。許しを受けてない生きものを異国から勝手に買い入れて、ここの蔵に隠して飼うてたのやな。その世話を、高給で雇うた女子衆にさせてたのやろ」
岩太郎は震えながら、
「そや。わしは子どものころから蛇やトカゲが大好きでな、小さなやつを飼うて楽しんでたけど、気持ち悪いゆうて親に全部捨てられてしもた。あるとき知り合いの学者から、天竺や清国、南蛮、亜米利加なんぞにはもっと大きゅうてかっこええのがいっぱい棲んでると聞いたのや。大人になって自由にできる金ができたら、思う存分買いまくったろ、と心に決めて、わしは商売に精を出した。それで……ようやくそういうことができる身の上になった、というわけや」
「けど、抜け荷やないか」
「だれに迷惑をかけるわけでもない。自分ひとりの楽しみや。目くじら立てんでもかまへんやないか。蛇もトカゲも蔵から出さんようにしてた。それでも許されへんのか」
「出さんように、て……出ていったやないか」
「そ、それは……盗人が悪いのや。蔵の戸を開けっぱなしにしたさかい、逃げ出してしもたのや。わしは悪うない。わしは……きちんと管理してた!」
「怖い毒蛇やったらどうするんや」
「天竺から取り寄せたこの笛を吹いたら、蛇もトカゲもおとなしゅうなって、言うことをきくのや。ずっと九輔に吹かせてたのやが、死んでしもたから、こちらの先生にお願いした。――おかげで、笛に惹かれていちばん大きい大蛇の穴子も、身体の色を変えるトカゲの加目礼音も、海トカゲの伊具穴も戻ってきたし、今、天竺の毒蛇の瘤平もやっと帰ってきた。これでほぼ全部や。――なあ、見逃してくれ。金ならいくらでも出す。わしはこいつらとともに過ごしたいだけなのや」
「言い訳は会所で聞こか。縄かけるのは堪忍したる」
岩太郎の顔が蒼白になった。横で聞いていた七五郎がまえに出ると、
「おまえはまんまとわれらを出し抜いたつもりだろうが、まことは飛んで火にいる夏の虫。わしはおまえが十手笛を持ってここに来るのを待っておったのだ」
「なんやて……?」
七五郎はふたたび異国の笛を吹き始めた。音が糸のようにみくにからみついていく。みくは身体の自由が次第に失われていくのを感じた。
「あ、あかん……喜六! 清八!」
振り返ると、ふたりは目をとろんとさせて地面に座り込んでいる。
「どないしたんや、喜ぃ公! 清八!」
みくは七五郎をにらみつけ、
「逆巻七五郎! 宝岩堂の抜け荷に加担した罪で召し捕る。神妙にしろ!」
「ふっふふふ……わしは逆巻七五郎ではない」
「なんやと……?」
「聞いて驚くな。わしは、天竺から来た阿修羅という悪霊だ。長らくこの笛のなかに封じられていたが、今、この国にて復活し、トクガワとやらを滅ぼすつもりだ。そのためには、娘……おまえにその十手笛を吹いてもらう必要がある」
仰天した岩太郎は、
「そんなこと聞いてまへんで!」
「ええ、うるさい!」
七五郎が手で払うようにすると、岩太郎はどさりとその場に倒れた。みくは、
「うちが言うこと聞くと思うのか!」
「わしは今からおまえに乗り移る。おまえはわしのしもべになるのだ」
「い、嫌や! 来るな! あっち行け!」
みくは十手笛を振り回したが、七五郎は笛を口に当てたままゆっくりと近づいてくる。
「あきらめろ。わしの力には勝てぬ」
七五郎に見据えられると、みくの両手はみくの意思に反して勝手に動き、十手笛を口に当てようとした。
「な、なんやこれ! どないなっとんねん!」
「さあ、娘……十手笛を吹くがよい」
その声は七五郎のものとはまったく違っていた。その声と重なるようにして、七五郎は言った。
「みく殿……助けてくれ……わしは……悪しきものに乗っ取られておるのだ……このままではわしは……わしは……」
ふたたびその声に重なって、べつの声が言った。
「娘、吹け。『妖星』を吹くのだ!」
「なんであんたがその曲名知ってるんや!」
指の一本一本が別人のもののようだった。みくは息を吹き込み、ぎくしゃくと指を動かした。流れ出た旋律は、音程も拍子も不安定ではあったがたしかに「妖星」だった。みくは息を止めようとしたが止まらなかった。
気がついたらすぐ横に垣内光左衛門が立っていた。光左衛門は七五郎の手から異国の笛を受け取った。みくは、
「あかん……吹いたらあかん!」
しかし、光左衛門は笛の歌口に唇をそっと当てた。みくはなんとかして光左衛門につかみかかろうとしたが、身体がこわばって動かない。そして……。
べきっ……。
光左衛門が異国の笛をへし折ったのだ。笛のなかからみくには聞こえない悲痛な声がした。
「ぎゃああああ……なぜだ……なにゆえ……」
光左衛門は、
「すまぬな。もうしばらくこの娘との付き合いを続けたいのだ。どうやらこの娘を気に入ってしまったようでな、おまえに乗っ取らせるわけにはいかぬ。とっとと地獄へ行け」
その表情はいつもの公家然としたものではなく、いかめしく、傲然としていた。
「き、貴様も○○ではないか! 人間の味方のような真似をするなど……言語……道断……」
光左衛門は折れた異国の笛をなおも踏みつけ、
「笛を壊すのは私の本意ではないが、貴様を消滅させるためにはやむをえぬ」
つぎの瞬間、七五郎が白目を剥いて地面に崩れ落ちた。光左衛門が口笛を軽く吹くと、かたわらに大きな犬のような動物が出現した。胴体の色は白と黒で、手足の色は黒い。鼻先が長く、垂れている。目は半開きで眠そうだ。
「バクよ、こいつらの悪夢を喰ろうてしまえ」
その動物はみく、喜六、清八、岩太郎、そして七五郎に順番に近づき、長い鼻を皆の額にあてがうと、
「ハホハホハホハホ……」
と言いながらなにかを咀嚼しているように口を動かしていた。五人はその獣と同じとろりとした目になり、そのまま眠ってしまった。獣は、ゆっくりとその形が周囲に溶けていき、しまいには姿を消した。光左衛門は満足そうにうなずくと、おのれもフッと消えた。
◇
「なにも覚えておらぬ、とな……?」
翌朝、腰掛け茶屋で江面可児之進はみくに言った。みくは悄然として、
「喜六と清八連れて宝岩堂に行きましたんやけど、気ぃついたら朝になってました……」
「ほかのものもそう申していた。岩太郎も七五郎も、おまえが乗り込んできたところまでは覚えているが、そのあとのことは靄がかかったようで思い出せないそうじゃ」
「気ぃついたら折れた笛が落ちてましたんや」
「捕り方を大勢出して、宝岩堂を囲むつもりであったが、おまえたちだけでかたをつけたとは立派なものじゃ。お頭からもいずれおほめの言葉があるであろう」
「へえ……」
「わしが昨日の夕方、おまえから報告を受けていたのは、宝岩堂の岩太郎は生来蛇やトカゲなどを愛でるのが好きで、それが高じて、海外からひそかにそういった動物を買い付けていた。蔵において飼育していたそれら蛇類の世話を高給で雇い入れた女中にさせていたとのことであったが……」
「それは覚えてます」
「蔵のなかにいたネズミや蛇は、巨大な蛇やトカゲなどの餌として飼うていたものらしい。それを女中が日課として大蛇やトカゲに食わせていたのだ。いくら高給をもろうても、嫌になるのもよくわかる」
「蛇が蛇を食べるんですか」
「南蛮の蛇はそのようだな。おまえの報告のあとわれらが六番蔵を調べた結果、喜六が川で見た大ウナギは、町奉行所出入りの本草学者によると、穴昆太と申す大うわばみのようじゃな。太さは大人の腕ほど、長さは三十尺(約九メートル)もあるという。夜に活動し、鳥や鹿、魚、蛇などなんでも食うてしまうそうじゃ。水のなかでも自在に動けるらしい」
「はあ……」
「目が飛び出したトカゲは、加目礼音と申して、まわりの色に合わせておのれの肌の色を変える技を持っている。長い舌を伸ばして虫を食うというぞ」
「はあ……」
「背中にへのへのもへじに似た柄のある蛇は、瘤羅という毒蛇で、噛まれたらかならず死ぬという猛毒を持っているらしい。岩太郎は、毒牙を抜いていたから安心だと思うていたようだが、蛇の毒牙はしばらくしたら生え変わるそうだ」
「ひえーっ」
「ほかにも、西洋や天竺あたりの蛇、トカゲ、亀なんぞも飼うておったようじゃ。わしにはそういう趣味はわからぬが……」
みくは、光左衛門が言っていた「虫めずる姫君」のことを思い出していた。他人にはわからないかっこよさ、美しさがあるのだと言い切った姫君はまさに岩太郎そのものではないか……。
(見かけなんか関係ないんやな……)
みくはそう思った。美醜も男女の差も虚妄でしかないのだ。
「岩太郎はどうなりますか」
「抜け荷の罪をつぐなったあとは、異国の生きものの購入につき奉行所の許しを正式に受けて、見世物小屋を開くらしい」
これまで象、猩々(オランウータン)、ヤマアラシ、豹……といった珍獣を異国から取り寄せ、見世物にした例は多い。
「七五郎は……?」
「笛を吹いただけゆえ咎めるわけにはいかぬ。かまいなし、ということじゃ」
(大丈夫かな……)
みくは思ったが、驚いたことにその日の夜、当の七五郎が訪ねてきたのだ。喧嘩を売りに来たのか、と思ったが、鬼のようだった顔立ちがもとに戻っている。七五郎はみくに頭を下げ、
「わしはあの笛を吹いて以来、なにかに取り憑かれたような気分になり、おのれを失っていた。みく殿が救うてくださらねば、なにをしでかしていたかわからぬ。これこのとおり、礼を申す」
「あ、いや、その……」
「女子は能の笛方にはなれぬとか、以前は随分と失礼なことを言うた。あの四人にも謝らねばならぬ。楽器は、男女に関わりなく楽しめるものでなくてはならぬ。いつぞや師匠に言われた教えを思い出した」
「それやったら……」
みくはあることを七五郎にささやいた。七五郎は、
「それはおもしろい」
そう言って大きくうなずいた。
◇
それからしばらく経ったある日の昼過ぎ、月面町のみくの家から、
ぴーーーーーっ
ぴっぴきぴーっ
甲高くて威勢のいい笛の音色が聞こえたかと思うと六人の男女が一列になって登場した。それぞれ手に篠笛を持っており、それを吹きながら歩くのだ。曲は陽気な祭り囃子だ。先頭はみくだ。大きなつづらを背負っている。そのあとかな、さゑ、うめ、すぎの四人が続く。四人ともまだ音は頼りないが笑顔で笛を吹き鳴らしている。しんがりは七五郎だ。おそらく能の笛方として、生まれてから一度も祭り囃子を吹いたことはなかろうが、これも笑顔である。
長屋の路地から表通りに出て、今宮戎に向かって進む。皆、のりのりで身体をゆすっての行進である。みくはたまらず、鉦を叩いて踊り出した。
「なんやなんや」
「おもろいやないか」
「『篠笛五人女』……惜しいな、ひとりおっさんが交じってるわ。おっさん、いらんぞーっ」
大勢が集まってきた。
この飴なめたら
あっというまに
口のなかがお祭りや
ぴっぴっひゃらひゃら
ぴーひゃらら
憂さも忘れてお祭りや
甘うて美味しい
またなめたい
買うてや買うてや
大坂一の笛吹き飴や
買うてくれたら愛嬌に
笛をひと節奏でます
どんな曲でも吹きまっせ
ぴっぴっひゃらひゃら
ぴーひゃらら
晴れても飴でも
ぴーひゃらら
えべっさんの境内で、みくが歌い出した。みくと七五郎が二挺笛の妙技を聞かせ、そのあと四人娘がわらべ歌をほのぼのと演奏した。やんやの喝采を浴びたみくは、
「今日は商売抜きや。飴あげるさかい食べてや!」
そう言って、集まったひとたちにつづらから飴を渡した。大盤振る舞いである。
「うまいがな」
「ほんまや。今度は、買いにくるわ」
「お願いします!」
六人はひたすら吹き続け、踊り続け、歌い続けた。四人娘も、
「楽しいなあ。わてら、一生笛吹くわ」
「そやなあ。笛吹いていられるのて幸せや」
「もしかしたら笛吹くことを仕事にできるかもしれん」
七五郎が、
「そうだな。いつかそういう世の中が来る……そう信じてわしらは笛を吹き続けよう」
六人はそのあとも列を組んで行進し、今宮戎の境内をぐるりと回った。
(ええ気分やなあ……)
みくはそう思いながら進んでいると、まえにふたりの男が立ちはだかった。
「親方、お話がおまんのや」
「だ、だれや、あんたら」
「覚えてまへんか。煮売り屋で会うた盗人の源次と……」
「凡太でおます」
「なんの用やねん。うちら、今、忙しいねん」
「わてら盗人の足洗うて今無職だすのや」
「それがどないしたんや」
「親方、わてらを手下にしてもらえまへんか」
みくは仰天した。
(了)
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医は仁術というものの 十手笛おみく捕物帳 二
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