本バカ一代記 ――花の版元・蔦屋重三郎―― 第五話(上)
お甲が押し掛け女房となってからも、三日に一日は通油町に出向いて丸屋の面々と今後のことを話している。三日のうち、残る二日も多忙であった。件の『娼妃地理記』を刷り増して方々の地本問屋に届ける日もあれば、それらの版元に呼ばれて諸々の話し合いをする日もあった。
一方では妓楼を巡り、本の貸し歩きも続けている。女郎衆にとって本を読むことは数少ない娯楽だからだ。重三郎にしても、細見作りのために妓楼の仔細を摑んでおく必要があった。
そうした次第であるから、お甲の見世番は大いに助かる話だ