RIZIN LANDMARK 01
第1試合:
渡部修斗 VS 内藤頌貴 / 「マッチメーカーの苦悩」
一度発表された試合の、対戦相手の変更を余儀なくされる。
格闘技に限らず、スポーツの世界では日常茶飯事だと思うんです。
その最たる理由は、もちろん怪我です。
余程のことがない限り、誰だって好き好んで怪我する訳ないですし、MMAの世界だと試合をしないイコール一銭も貰えないんで、こればっかりは完全に不可抗力だと私は思っています。
怪我の次は、ドラッグテストです。
UFCなら抜き打ち検査があるんで、そこで禁止薬物使用の反応が出ることも少なくありません。
国、または州によっては、試合の4週間から2週間ぐらい前の期間に抜き打ち検査を実施するアスレチック・コミッションもあるんで、これに引っかかる選手が出てくるかも?というのは十分に想定内なんですよね。
これに加え、今は新型コロナの時代ですから、ファイトウィーク前のPCR検査で陽性反応が出てもおかしくない。
すべての選手にあり得ることです。
ですからどの団体のマッチメーカーも、試合直前に選手がダメになった場合のバックアップ・プランを常に2、3用意しているものなんです。
今回のように、伊藤空也選手にコロナ陽性が出たと判明した時も、RIZINはそんなに慌てることはなかったのでは?と私は思っているんです。
けどマッチメーカーからしたら、辛い部分もあったのではないでしょうか?
ここまでギリギリだと、どうしても体重調整が一番のネックになったと思うんです。
ファイトキャンプを経て、計画的に減量、水抜きして計量をパスする。
それが通常なんで、ほとんどの選手は1、2週間という短期間でいつもの試合の契約体重まで体重を落とすことはほぼ不可能。
そうなると今回の内藤頌貴選手のように、普段はひとつ下の階級で試合をしている方が多いファイターを持ってくる、という選択肢しか残されていない。
渡部修斗選手と戦績、実績的にも釣り合いが取れて、他団体との契約の縛りもなく、僕はフライでもバンタムでもいつでも行けますよ、な〜んて都合のいい事を言ってくれる選手がいたら楽なんですけど(汗)
どの団体のマッチメーカーも、基本的には、MMAが大好きで大好きで堪らない人たちだと、私は思っているんです。
組んでいる試合の多くは、彼らが、純粋に見てみたい!と思っている試合だと思いますし、試合を組みながら両選手に勝って欲しい、そして勝ったら次はこういう試合が組めるし、こんなプロモーションもできるし、とワクワクしながら仕事をしている部分があると思うんです。
MMAが好きだからこそ、この仕事をやっていると思いますし。
だからどの団体のマッチメーカーも、びっくりするぐらい、世界各国のいろんな選手の試合を観ているんですよね。
そんなマッチメーカーにとって、本来ならばあまりない階級の違う選手二人の試合を、充分な準備期間も与えられずに組むのって、複雑な気持ちだと思うんです。
一つ階級が上の選手と、試合までそんなに日にちがないけど、やってください、という試合のオファーをする時って、無理をお願いする、という部分もあると思うんですよね。
選手にとってはRIZINという大舞台に出れるチャンスだろ、という考えもあるでしょう。
けどマッチメーカーからしたら、チャンスだろ、と上から目線でお願いすることではないと、少なくとも私は思いますし、試合当日の二人の体重差を考えると、怪我の心配もチラッと頭の隅をかすめると思うんです。
だからこそ経験値も豊富で、渡部選手とはスタイル的にもどちらかというと対極とも言える打撃派だけどトータルMMAもできる内藤選手に、白羽の矢が立ったというのも納得というか、このカードが発表された時に、絶妙なバックアップ・プランだなぁ〜、と私は感心しました。
試合後の次の一手も考えている筈です。
私がマッチメーカーなら、こうやって内藤選手が試合を受けてくれたお陰で大会に穴を開けずに済んだんですから、この試合の結果がどうであれ、内藤選手を使い捨てにする訳にはいかないと考えます。
そうなるとRIZINにはフライ級もありますし、RIZINに多くの選手を出しているパラエストラ柏所属ですし、内藤選手の兄はONEでタイトルを獲ったこともある内藤のび太選手ですから、PRポイントもかなりある。
けど怪我だけはして欲しくないな。
そう思って、この試合を観てしまうと思うんですよね。
第2試合:
今成正和 VS 春日井”寒天”たけし / 「幻のUFCファイター」
MMAでもグラップリングの世界でも「イマナリ・ロール」という言葉を知らない競技者は皆無に近いと断言できます。
そう考えると、ある意味、今成正和選手は、世界で一番名前の知られた日本人MMAファイターと言えるかもしれません。
そんな今成選手を、UFCは欲しがっていたんです。
どこかで枠を作れたら。
そんな事を何度か言っていたUFCのマッチメーカーから、イマナリに連絡できないか?と電話が来たのが、2012年のUFCマカオ大会の3ヶ月ぐらい前のことでした。
ギャランティ1万2000ドル、ウィン・ボーナス1万ドル2000ドルからスタートする4試合契約のオファーだったと記憶しています。
しかしこの時は残念なことに、怪我が理由で今成選手はオファーを受けることができなかったんです。
そして二回目にチャンスが来たのが、その2年後、「Road to UFC Japan」の時でした。
あんまり詳しくは書けないですけど「Road to UFC Japan」は日本側から出ていた企画ということもあり、2014年に電通の方からUFCにあがってきた候補選手のリストの中には、当初、佐々木憂流迦選手が入っていたんです。
けど本戦から参戦する契約と比べると条件的に劣るし、マネジメントである私の感覚からしたら、石原夜叉坊選手に1本勝ちして15勝1敗だって憂流迦選手が、なんで「Road to UFC Japan」に出ないといけないの?だったんです。
あの企画は、ややリアリティ番組だったんで、各種撮影がありベガスで試合してなど拘束される期間も長かったんで、今から本戦に出た方がいいのでは?
そう思い、憂流迦選手に相談したら、もちろん本戦からが希望だったんで、マッチメーカーに連絡したんです。
憂流迦選手は「Road to UFC Japan」に出る気はない、と。
日本側では憂流迦選手と確認して彼の名前をリストに入れている訳ではないから、そのリストから憂流迦選手は外してください。
あくまでも本戦からで、普通の複数試合契約にしか興味がないと説明し、そこから色々と交渉し、憂流迦選手は2014年8月のマカオ大会からUFC参戦となったんです。
それからしばらく経ち、憂流迦選手が抜けたことにより空いた「Road to UFC Japan」の枠がまだ埋まってないんだけど、誰がいいと思う?とマッチメーカーに相談されたんです。
2015年に入ってからの話です。
その時に私が提案した選手は2人。
1人はストライカーの選手で、もう1人が今成選手だったんです。
まずストライカーの方に連絡したら、契約的にもスケジュール的にも問題ないと本人は言ったんですけど、当時この選手が試合をしている団体との契約が果たして終わっているのだろうか?と疑問に思い、団体に確認したら、案の定、まだ契約が残っていたんです。
それでこのストライカーに、契約がまだ残っているみたいだけど?と連絡したら、それからぱったりと返信が途絶えたんです(苦笑)
こんな奴ならダメだと思い、今成選手の当時のマネジメントに確認したんですけど、その時点で、もう今成選手は次の試合が決まっていたんです。
イタリアのVenator FCという団体の記念すべき第一回大会のメインに抜擢されてたんで、こればっかりはもう一度受けている話だから断る訳にはいかない、とのことでした。
当時すでに38歳だった今成選手にとって、結果的には、これが最後のチャンスとなってしまったんです。
私、この件に関しては、少しだけ後悔していることがあるんです。
2014年のマカオ大会の話が今成選手のところにいった時、怪我である事を隠して契約してしまうという手もあったから…...。
名前は伏せますけど、同時期にUFCとフライで契約した選手がいたんですけど、この選手、怪我してたのを隠して緊急オファーを受けたんです。
複数試合契約書にサインして、その二週間後ぐらいに、怪我したとUFCに連絡して試合をキャンセル。
その数ヶ月後に、すんなりオクタゴン・デビューを果たしたんですね。
当時のUFCは売却に向けての準備が水面下で着々と進んでおり、その一連の動きとして、複数試合契約した選手を二連敗したらすぐにリリースする、というケースが極端に少なくなってたんです。
契約で約束した数の試合を組む。
そしていい結果・内容を残せなかった選手は、リリースではなく、契約満了です、再契約はしません、とする。
そんな流れに変わっていたんですね。
そんな時期だったんで、この選手とマネジメントは、あの時の状況をうまく利用したというか、こちらのマネジメントがよく言うことなんですけど「誰も傷つけない嘘」で、この選手をUFCに突っ込んだんです。
日本のことわざで言うと、嘘も方便というやつでしょうか(苦笑)
当時は、倫理的な観点から考えると禁じ手なのでは?と思った部分もありましたし、私の立場は、今成選手を推薦して話を彼のマネジメントに繋げた。
それだけだったんで。
マネジメントさせて頂いている他の選手たちの仕事の方が当然優先なんで、どうするかは今成選手とマネジメントに委ねたんです。
けど今成選手のマネジメントに、それを提案してあげても良かったかも?
あの後も、そう思ったことは、何度かあります。
第3試合:
鈴木博昭 VS 奥田啓介 / 「ONEとゼロ」
この試合が発表された時、私が一番初めに思ったのは、鈴木博昭選手も徳留和樹選手に続き、無事にリリースしてもらったんだ、なんです。
2018年にONE Championship(以下「ONE」)に参戦し、オープンフィンガーグローブによるムエタイ・ルールで4戦した鈴木選手。
同時期にONEで4試合した徳留選手。
2人の契約内容については知りませんけど、ONEの場合はMMAの選手が6試合契約、キックの選手は3か4試合契約というのが多いみたいなんで、そう考えると、徳留選手は契約を満了した訳ではないのでは?そして鈴木選手はもしかしたら契約を終え、独占交渉期間を経て、他団体との交渉ができるマッチング期間を終えてからRIZINと契約したのかも?といったことを想像してしまうんですね。
徳留選手は初めの2戦を落としたとはいえ2連勝中でしたし、鈴木選手も2連勝してからの2連敗。
落としたのはノンオー・ガイヤーンハーダオ選手とのタイトルマッチ。
もう1つはトゥカタトーン・ペットパヤタイ選手とスプリット判定になった接戦だったんで、試合内容がよくないからもう再契約はしない!と言われたのではないのでは?と、個人的には思いたいんですね。
MMAの世界では、どの団体との契約も期間〇〇ヶ月の間に〇試合組む、という内容のものがほとんどなんですけど、新型コロナのせいで大会を開催できない、試合が組めない、となると「契約期間」はどうなるのか?
天災やテロなど団体側のコントロールの効かない理由で大会が開催不可となっても、それは団体側の非とはならない。
どの契約にも、そういった類の規約が入っているので、これは致し方ないこと。
そう考えるしかないんです。
だからその間の「契約期間」は消化されないと団体側に言われても、これを法的に争うのはとても難しいんですね。
ONEに限らず、世界中の全てMMA団体が長期間に渡り大会開催の中止を余儀なくされたので、2020年に試合が組まれなかった選手って、世界中に山ほどいるのが現実ですし。
PFLなんて2020年はシーズンをキャンセルして、丸々1年1試合も組みませんでした。
そんな中、UFCもベラトールもONEも、なんとか大会開催に漕ぎ着けたのですから、これに関して団体を非難することはできないと思うんです。
私の知る限りでは、ONEは数人の特例以外、余程のことがない限り、これまで契約満了前に選手をリリースすることはなかったと思うんです。
けどそれもコロナ禍の影響で大会を開催することができない時期もあり、再開した現在も、いつコロナ禍前のような頻度で大会を開催できるようになるのか?こればっかりは誰にもわからないことなんで、有効的かつ効率よく使いきれない数の選手を抱えていてもメリットはない。
もしも選手が望むのなら、どうぞ、とリリースする。
遂にこういう流れになったんですよね。
ビクトー・ベウフォート選手だって結局1試合もしないでONEから離れましたし、日本人選手に限らず、他の国の選手たちをみてもこの傾向は明かだと思うんです。
そんなコロナ禍の煽りを受けて実現したのが、徳留選手と、この鈴木選手のRIZIN参戦だと私は思っています。
今回の試合は、鈴木選手にとっては2019年11月以来の試合となるんで、1年10ヶ月振り。
徳留選手がRIZINに参戦した時も、試合間隔が1年2ヶ月ほど開いちゃってたんですけど、今回の鈴木選手は、さらにそれより半年以上長く試合から遠ざかっているんですよね。だからマッチング期間の終わりまで待った結果がこれなのかな?なんて想像しちゃうんです。
けど相手も最後にMMAの試合をしたのは5年ほど前らしいんで、そう考えると鈴木選手にとっては良いマッチメークなのでは?と思います。
さて、今回の鈴木選手の相手として抜擢された奥田啓介選手。
彼のことに関しては、完全に知識ゼロです。
高校生の時にプロレスデビューしたけど、拓殖大学時代、須藤元気監督の勧めでプロ活動を自粛しレスリングに専念。
2012年の世界大学レスリング選手権で9位に入賞、という経歴も、ウィキペディアで知ったぐらいなんで(汗)
でもRIZIN初の無観客PPV大会にプロレスラーを入れるというのは、ファンの皆さんからしたら、想定内だったのではないでしょうか。
プロレスファン層も取り込む。
PPVの売り上げが今回は大きな収入源の1つな訳ですから。
RIZIN LANDMARKは、日本のMMA史という視点でも見ると、新しい流れ、そして新しい試みであると私は思っているんで、そこにプロレスラーが入るのも、日本のMMAらしいとも言えますし。
そうなると、レスリングや柔道などのバックボーンがあり、できればMMAの経験が少しでもある選手が良い。
それなら、と選ばれたのが奥田選手なのではないでしょうか?
そんな歴史の節目ともなり得る今大会に参戦する内藤選手を見ていると、なぜか谷津嘉章選手のことを思い出しました。
ブッチャーとハンセンにけちょんけちょんにされる負けブックだったとはいえ、いきなり蔵前国技館のメインで、アントニオ猪木と組んで国内プロレス・デビュー戦を果たした「幻の金メダリスト」です。
あの試合は1981年6月だったんですけど、谷津選手はその5年後の1986年の6月、レスリング全日本選手権に出場。
フリースタイル130KG 級で優勝しているんです。
当時、私はハワイの高校に通っており、現地の日本語チャンネルで流れるのは主にNHKのニュースのみ。
そこでも「プロレスラー ・谷津のアマレス全日本優勝」はそれなりに大きく取り上げられたというのを、今でも鮮明に覚えてます。
あの時はプロレス・ファンだったんで、兎に角嬉しかったんですよね。
チラッと谷津選手が長州力選手とアップしているところがニュースで流れた時は、オー!と興奮したもんです。
けど何よりも、今でも一番印象に残っているのは、大会後の谷津選手のコメントでした。
「プロレスやっていると、どうしても重心が上になっちゃうから」
鈴木選手は、いうまでもなく立ち技からMMAに転向してくる選手です。
それだけでなく、投げやスタンディングでの関節技、絞め技が認められているシュートボクシング(以下「SB」)での試合もたくさん経験してますし、フィジカルが強いのは間違いないと思いますし、ボンサイ柔術とも前から交流しているという事を考えると、もちろん打撃中心にゲームプランを作ってくるとは思うんですけど、局面によっては、意外とトータルMMA的な闘いを仕掛けてくる可能性もあるのでは?と思っているんです。
そうなった時に、長らくプロレスしかやっていない奥田選手の身体に染み込んだ「重心の高さ」に付け込まれる攻撃を鈴木選手が仕掛けたらどうなるのか。
意外とタックル入ったりとか、足を取ったりとか。
接近戦の打撃から刺して胴タックルにいったりとか。
または下に意識を散らしてからのハイキックとか。
鈴木選手が初めて経験するMMAルールで、どんな攻撃パターンで来るのかが、とても興味があります。
といった具合に、もうファン目線でしか、この試合は語れないんですよね(汗)
奥田選手がこの試合に向けて、誰とどこで練習しているのかなどの情報もゼロですし。
ですから、この試合に関して書いていることは、根拠ゼロだと思って頂けると幸いです(苦笑)
メインイベント:
朝倉未来 VS 萩原京平 / 「2人いないと、タンゴは踊れない」
少し長くなりますが、まず萩原京平選手について書きたいと思います。
弊社でマネジメントさせて頂いている平本蓮選手と対戦した選手なんで、地下格闘技時代から観れる試合にはほとんど目を通しました。
ですから他の選手のことより、萩原選手のことは、ちょっとだけ詳しく書けると思うんです。
萩原選手のことはRIZINに参戦するまで、全然知りませんでした。
いや、気づかなかったと言う方が正しいかもしれません。
もう4年ぐらい前の話です。
DEEPの地方大会で反則をガンガン連発した地下格闘技出身の選手がいるんだよ、と友人から連絡がありました。
そんな選手、リングにあげちゃダメでしょ。
あの時は、それぐらいにしか思いませんでした。
それから1年半後ぐらいでしょうか。
韓国のAngel’s Fighting Championship(以下「AFC」)が発表した第8回大会のカードに、聞いたことのない日本人の名前が入ってたんです。
これ、気になったんですよね。
この大会が行われた前年の2017年ぐらいまで、韓国MMAでは団体が消滅したり、未払いや遅配が発生したりと、ネガティブなことが発生していたんで。
2003年にスタートしたSpirit MC(Spirit Martial Challenge)は、PRIDEに参戦するまでのデニス・カーン選手のキャリアを築いたといっても過言ではないですけど、ちょうど4年でプロエリートに買収されたまま自然消滅しました。
2009年に旗揚げ大会を行ったFMC (Fighting Mixed Combative)に至っては、選手が現地入りしてから前金が振り込まれてないことが発覚。
揉めに揉めた末、ほとんどの選手たちが試合を拒否。結局4試合しか行われず、MBCの中継もキャンセルとなり団体は消滅。
2016年に立ち上げられたOctagon FCみたいに、大会を一回も開催できずになくなった団体もありました。
2017年に設立されたGleamon FCも二大会だけで頓挫。
同年3月に旗揚げ大会を行ったBattlefied FCなんて、全選手にファイトマネーを支払うのに1年以上掛かるという醜態を晒したんですよね。
(それでも懲りずに2回目の大会を2019年に開催して、また同じように選手にファイトマネーを支払うことができず問題になったまま消滅)
そんな韓国MMAで、萩原選手が参戦したAFCは、すでに2年継続してたんで注目していたんです。
全体的には韓国人選手が中心なんですけど、アップさせたい選手の相手だけなど、要所要所でうまく海外から選手を入れたり、近場に住んでいる戦績のいいブラジル人選手を見つけてきたり。
調べてみたら、ファイトマネーも市場よりやや下の額の、なかなかいい線で契約している選手も多かったんです。堅実なブッキングをしていたんですね。
そんなAFCで、DEEPでの試合から1年半以上も経ってから組まれた萩原選手のプロ2戦目は、明かに噛ませ犬的なマッチメークでした。
相手は10戦目。
北米のアスレチック・コミッションなら下手したらOK出さなかったかも?と思ったぐらい、経験値の差は明らかでした。
1分ちょいで腕十字を取られたのを観て、これまでの戦績をチェックしてんですけど、DEEPで反則を連発した選手だとは気づきませんでした。
かわいそうに。
AFCならファイトマネーの取りっぱぐれはないだろうから、まだそれはいいとしても。
明らかに技術不足だった。やっぱり地下格闘技出身だから仕方ないのかな。
あの時も、それぐらいにしか思いませんでした。
それから更に2年後。
RIZINでの白川陸斗選手との試合を観て、あれ、誰だろう?と思ったんです。
一番初めに思ったのは、踏み込みのスピードが速いなぁ、でした。
次に思ったのは、肩が柔らかそう。
真っ直ぐのストレートが思ったより延びそう。
距離を見極めるのが難しそう。
肩の入ったストレートって、被弾するとクソ痛いんだよと、ボクサーがよく言うんですけど、それに少し近いかな?
そんな事を考えながら試合後ネットで調べるまで、RIZINで試合をしている萩原選手が、AFCで秒殺された選手と同一人物だとは気づかなかったんです。
まるで別人だったんで。
それでもう一度見返してみたら、デェフェンスも手堅いところがあるんですよね。
一発でも被弾したら、すぐにしっかりと両手をあげてブロックする。
数発しっかりと防御したら、すぐにワンツーで返す。
ジャッジのスコアリングという観点でも、ガードの上からでもパンチを受けたらすぐに打ち返す、は印象が凄くいいと思いますし。
頭ではわかっていても、相手のカウンターを考えるとなかなかすぐに出せない時もある、と多くの選手が言うんですけど、それが躊躇なしに出せてたんですよね。
倒されてから立ち上がる技術はまだまだでしたけど、ひたすら顔面のパンチや目を狙う掌底を打ち続ける「攻撃マインド」は、MMAではプラスにしかならないと思いますし、私があれ?と思ったのは、次の2つの場面だったんです。
何ラウンド目かは忘れましたけど、マウントを取られた状態でストップ・ドント・ムーブがかかった時でした。
レフェリーが両者を動かし、再開のコールをするチョイ前のその瞬間を狙う絶妙のタイミングで、ブリッジにいったんです。
あの局面で、冷静に次の動きを脳が考え、それにちゃんと身体が反応しているんだなぁ、と思ったんです。
もう1つは、これも何ラウンド目か忘れましたが、ラウンドのラスト10秒の拍子木の合図がしたその数秒後に、回転回し蹴りを出したんです。
リスクは高いけど、当たれば試合の流れを変えられるかもしれない技。
ファンもあっとする技を、あのタイミングで出す。
プロ格闘家としてのセンスはあるんじゃないのかな?とも思ったんです。
正直初めは、何の技術もない地下格出身の人みたいな感じでしか萩原選手を見ていませんでした。
RIZINでの試合から、初めて萩原選手を「選手」という視点で普通に見れたと言っても大袈裟ではないかもしれません。
ただ白川選手の実力もよくわからなかったんで、どう判断していいのか。
これからの試合を観ていくしかないかな。
ただ技術は荒削りに思えたので、これからグラップリング、BJJ、レスリングなどを学ぶとしても「寝技に近道はない」と多くのグラップラーたちが口を揃えて言いますが、必要な技術を学び、それをしっかりと試合という場で出せるようになるには、まだまだ時間が掛かるのでは?
そう思いました。
次の対芦田崇宏選手戦では、それを証明してくれるような試合展開で一本負け。
その次の内村洋次郎選手との試合に関しては、ああいった流れの試合、開始30秒ぐらいで良い打撃が頭部に当たって効いちゃって追撃して終わり、の展開だと、本当の実力差は測れないと思うんですね。
もちろん、実力差がめちゃくちゃある二人が戦って、数秒で良い打撃が決まり、終わることも多々あるでしょう。
しかし緊迫した実力差の2人の試合で、1分以内に打撃の1発がきっかけで終わっちゃった場合は、本当の実力差の物差しは再戦の方にあると、私は思っているんです
過去の例で言えば、ジュルジュ・サンピエール選手対マット・セラ選手や宇野薫選手対BJペン選手。
あの試合の初戦と再戦を見比べるとお分かりになると思いますけど、やはり1戦目よりも2戦目の内容・結果の方が、しっかりとふたりの実力差を測れるものだったと思うんです。
ですから対内田選手に関しては、既にわかっている萩原選手の良さが際立った。
それだけで、新しいものが見えた試合ではないと思いました。
そして平本選手の対戦相手の可能性として萩原選手の名前が上がってきた時に、初めてDEEPで反則を連発したのが萩原選手だったのということに気づいたんです。
あの時は、それは面白いね、と思いました(苦笑)
いざマネジメントさせて貰っている選手の相手として見ると、自分で言うのもなんですが、現金なもんです。
スピードもあるし一発で倒せるパンチも持っているからストライカーとしては面白い。
地下格闘技出身というのは、ある意味K-1甲子園からきた平本選手のキャリアと比べると対極のキャラ。
二人とも若いし、タトゥーもたくさんあるし。
この二人がリングで対峙したら、殴り合ってくれそうな気配プンプンですし。
平本選手のプロMMAデビューの相手としては面白いと思ったんです。
MMAの経験は萩原選手の方に遥かにあるのは分かってましたし、もうその頃には岩崎正寛選手のところに練習に行っているというのは聞いたんで、そんなに都合よく殴り合ってくれないかな?
プロ7戦目となる萩原選手は、プロMMAデビューの平本選手にとっては、ちょっとトゥーマッチかな?
萩原選手が韓国で経験したようなことにならないだろうか?
でも平本選手もそれより前からMMAの練習に取り組んできたし、当時目指していた「倒されないストライカー」として、どれだけMMAに対応できるようになっているのかを測る相手として、萩原選手のようにガチガチのグラップラーでもなくレスラーでもないタイプはちょうど良いのでは?
それに平本選手のキャリアを長期的に考えた時に、試合を落とすのなら初めのうち。
その後しっかりと連勝を重ねられれば、キャリアに傷がつくことはない。
いろんなことを考えました。
最終的には平本選手とコーチ陣が、他にも候補選手がいたんですけど、その中から萩原選手を選んだので、あの一戦が成立したんです。
そして平本選手との試合では、萩原選手はさらに進化していました。
テイクダウンを取るための引き出しが多くなったのは一目瞭然。
タックルに入る時のドライブの速さも増していました。
下手にスタンディングで殴り合わず、トータルMMAで勝負するスマートさも身につけていました。
まだまだ25歳。
早めに日本の地方大会や海外も経験した萩原選手が、試合毎に強くなっているのは間違いないと思うんです。
朝倉未来選手のことを一部でユーチューバーと揶揄するファンもいるみたいですが、果たしてそうなんでしょうか?
彼がYouTubeを始めたのはRIZINに参戦してから約1年後。
ということは、ジェイク、ローガン・ポールみたいに、まずユーチューバーとして有名になり、その知名度、発信力を利用し格闘技の世界に参入してきた訳ではないんですよね。
朝倉選手は、DEEPで勝ってRIZINに参戦して3、4回続けて勝ってからYouTubeを始めている。
ということは、いちファイターの情報配信やPRのツールとして、そしてビジネスの起点となりえるプラットフォームとしてYouTubeを選んだ。
そこで新たな収入源を確保したのだけでなく、YouTubeで得た大きな発信力をうまく使い、要はワンマン・メディアとなり、そこからいろんなビジネスに繋げ成功したんですから、これは素直に、凄えなぁ〜、と思います。
日本の格闘技の世界では、多くの選手が朝倉選手に習い右向け右のような感じでYouTubeを始めた訳ですから、今までにないトレンドを作り、ファイターたちに新しい収入源の可能性を示しただけでなく、発信力の重要さをも認識させたんですよね。
それだけではないです。
フジテレビでオンエアされているRIZINにスター選手の1人として出場しながら、Abema TVでオンエアされているBreaking Downや他の企画なども成立させている。
これはある意味、日本の格闘技界では画期的なことだと、私は捉えているんです。
例え団体が一つのテレビ局と独占契約していたとしても、団体の社員ではない選手は別。
格闘技の試合を自身がする以外の企画であれば、自由にどこと付き合ってもいいはず。
私は昔からそう思ってたんですけど、これを普通にやっているのが朝倉選手だと思うんです。
もう時代が違うからと言われてしまえばそれまでなんですけど、他の選手なら、これが果たしてすんなりとできたのだろうか?
朝倉選手が自ら作り上げた市場価値が、これをスムースに可能にしたとも言えると思うんです。
視聴者の年齢層が若いネットやケーブル局でのPPVにおいて、大きく視聴者たちの購買力をそそる朝倉選手以上の「商品」は、今のRIZINの手持ちの駒にの中には無いと思うんです。
那須川天心選手や堀口恭司選手も、確かに物凄い数のファンがついてますし、彼らの試合には常に多くの視聴者たちが惹きつけられるのは間違いないでしょう。
ただ今回のような無観客PPV大会においては、ネットやケーブル局と同じ年齢層の多くが見るYouTubeやSNSでの発信力を含めて考えたら「朝倉未来」という商品の方が価値が若干上と言わざるを得ないと思うんです。
でも格闘技というのは1人だけでは成立しないんですよね。
アーティストみたいにギター1本で、なんていうのは無理ですし、相手が誰でもいい、という訳でもありません。
欧米のマッチメーカーが口を揃えてよく使う言葉に「It Takes Two To Tango」というのがあります。
2人いないと、タンゴは踊れない。
1対1の格闘技の世界では、相手がいないと試合が成立しない。
そしてその相手が誰か?によりけりで試合、興行自体の価値も全く変わってきます。
例えば音楽だと、メロディーと詩がバッチリとハマった時は1+1=2ではなく、5にでも10にでもなるのと同じで、誰が誰とやるかによりけりで、その試合の価値も内容もグンと上がるということなんですよね。
萩原選手は1+1を10にできるポテンシャルを持っているからこそ、今大会のメインイベントに抜擢されたということなんだと思いますが、それなら、計量でも本人が言っていたように、歴史を変えるにはどうしたら良いのか?
前回の平本選手までの試合を観た印象だと、例えばタックルでも、入るスピードはあるんですけど、そこからちゃんとフォローして倒して良いポジションを獲る、というところまで持ってく技術とレスリング力がまだかな?と思ったんです。
あとはキックもカーフからハイまで色々と出すんですけど、意外とミドルをそんなに出してないんです。
サウスポーである朝倉選手に対して、ミドルキックは有効に使える技の一だと思うんで、それが出るのか?
他にもまだいろんな要素があると思います。
10ヶ月ぐらい試合間隔が空いてますから、その間にいろんなことを習得してきていると思うんで、また違った萩原選手が見えることはまず間違いないと思うんです。
ただ私が感じているのは、最後の最後には、根本的なフィジカルの差がターニングポイントになるのでは?なんです。
カウンターを取るのがうまい朝倉選手なんで、当然萩原選手の右を見極めようとするとは思うんですけど、それに拘らずに、良いところ見せるとか痛めつけるとか相手の土俵で潰してやるとか違いを見せつけるとか、そういったことも考えずに、MMAの競技者、アスリートとして冷静に対応し、普通にやるべきことを遂行すれば、まだまだ朝倉選手に分があるのでは?と思っています。
でも萩原選手の踊りは、古今未曾有のタンゴかもしれない。
そんな期待を抱かせてくれるのが、今回のメインイベントだと思っています。
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