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『ガラテア』試し読み

文学フリマ札幌(2023/07/09)に頒布する小説の試し読みになります。




 私は恋人がほしいのかもしれない。
 深夜零時、豆電球も消えた真っ暗な部屋の中で秒針の音が響く。
 なんだか寝付けず何度も寝返りを打ちながら、人肌恋しさで泣きそうだった。
 横向きに寝た状態で掛け布団をぐるぐると自分に寄せてぎゅっと抱きしめるが、なんの慰めにもならない。
 十五歳、思春期まっただ中、性的な知識は保険の授業で習うこと以外のことも少しくらい知っているが、体の内側が寒い感覚は自分で慰めるぐらいでは解消されなさそうだ。
 誰かに抱きしめてもらって、頭を撫でてほしい。そしてそれは血の繋がりのない人がいい。
 何のつながりもない赤の他人から心を傾けて欲しい。できれば男の人がいい。自分のものよりも大きな手に頭を撫でられたら、きっとそうすればこの寂しさも満たされると思う。
 寂しさを抱えたまま、私の意識は暗闇に沈んでいった。
 
 ある日、いつもより早く美術室に着くと一学年下の後輩たちが机のひとつを占領して話し込んでいた。
 部活動開始時間までは自由に過ごしていいことになっているので、時折キャアと沸く後輩たちと挨拶だけ交わして部屋の隅の椅子に腰かけ読みかけの本を開く。
 そこまで好みの話ではなかったので、集中して読めずに何度も同じ文章をなぞってしまう。
「隣のクラスの武田と安藤、付き合ったらしいよ」
「マジでか。うちのクラスでもこの前カップル成立したんだよね」
「最近多いねーカップルできるの、やっぱクリスマス前だからかな」
 つい聞き耳を立ててしまった。どうやら恋バナで盛り上がっているらしい。
 といっても、この美術部は女子部員しかいない上、誰も浮ついた話がないため話題に上がるのはもっぱら同じクラス、同じ学年の人間の話だ。
 話に混ざろうにも学年の違う私には誰が誰だかわからないし、そもそも後輩だけで話している場に先輩である私が入り込むのも気を遣わせるだけなので、本を閉じて仕方なく窓の外を見て時間をつぶす。
 灰色の雲が空を覆い、雪を降らせていた。
 中学三年の冬、中高一貫の学校に通っているため高校受験がなく緊張感に欠けた日々を送っているが、少し焦りや不安もある。
 高校に進学しても面子は中学から変わらず、高校受験で入学してくる生徒は中学からの持ち上がりとは別のクラスになるので、いわゆる新しい出会いみたいなものがない。
 先に進学した先輩方が話すには、中高一貫組と高校受験組は授業で一緒になることもなく、お互い廊下ですれ違う程度の存在で、そこでカップルができることは滅多にないと言う。
 しかもカップルができたところで、大体は運動部のマネージャーと選手といった組み合わせだそうだから私には縁のない話だ。
 外には下校中の学生が多くいるが、カップルらしき二人組がいると目で追ってしまう。
 うらやましいような、寂しいような、最近寝る前に感じる寂しさが思い出される。
 そのままなんとなく外を眺めていると、後輩が話を振ってきた。
「そういえばかすみ先輩って彼氏とかいるんですか?」
 残念ながらいないよ、と返事をする間もなくちょうど美術室に入ってきた同期の村上が代わりに答える。
「いるよー、高校の方にね、いるんだもんね、彼氏」
 村上がなんちゃって、と舌を出す。
 冗談であることは明らかだが、後輩も話に乗ることにしたようだ。
「えー! どんな人なんですか?」
「えっとねー、高校一年生のイケメンだよ。帰宅部」
「へぇー! 先輩もやりますねぇ」
 適当にでっちあげた話で盛り上がっている。当の私は蚊帳の外だ。
 そのまま私の彼氏像を作り上げていく途中で部活の開始時間になり、各々作業を始める。
 どんな彼氏だったのか少し気になりつつ、私も自分の作品に取り掛かった。

 高校に進学した私は夏休み前に美術部をやめた。
 美術部は居心地がよかったし、仲のいい友人もいた。
 部活は問題なかった。問題なのはそれ以外の学校生活だ。
 中学卒業前から少しずつ授業に追い付けなくなり、趣味の読書も目が滑るばかりで何も頭に入らない。
 高校に入ってからは更に悪化した。何をしても集中できず、宿題も出さず、体調を崩すことが多くなり常に眠気に襲われる。
 それから段々と学校へ行く足取りが重くなっていった。
 部活はあくまで有志で所属するというものだったので、少しでも学校生活の負担が軽くなるようにと退部を決めたのだ。
 
 明日も学校に行かないといけないのかという思いと布団の中で汗ばむ体に苛立つ。
 眠くて仕方がないはずなのについ考え込んでしまう。
 部活をやめたからと言ってこの鬱々とした状態が改善されることはなく、なんでもないことで泣き出してしまう場面が増えていった。
 友人には相談しづらい、重い話をして狭い交友関係を壊したくはないし、なにより私の友人たちはみんな鬱屈としているから今の私の状態を話してもお互いの不幸自慢大会を開くだけになるだろう。
 
 こんな時に私の側に居てくれる人、大丈夫だと抱きしめてくれる人がいたらどんなによかったことか。
 どんな人だったら素直に頼れるだろう。
 私がどんなに怠惰で性悪だとしても嫌わないでくれる。
 むしろそんなところもかわいいと言ってくれて、泣きつかれて寝るまで抱きしめてくれる。
 何よりも私を一心に愛してくれる。
 できたらある程度顔立ちは整っていると嬉しい。
 身長も私の頭ひとつと半分ほど高くて、それで。
 
 そういえば中学の頃に村上が即興で私の彼氏をでっち上げたことがあったな。
 たしか私より一歳年上で帰宅部という話だった。
 一歳年上だと先に卒業してしまうため同い年ということにした方が考えやすい。
 そうだ、高校受験組で成績も優秀なことにしよう、放課後に勉強を教えてもらうんだ。
 隣の家に住んでいて、朝学校に行きたがらない私を起こしてくれる。
 あれもこれもと設定を考えていくとそれなりの時間が経っていたらしい。時計が一時を指し示しす。
 こんなくらだらない空想をしている暇があるのなら一分一秒でも長く眠って起きたい。
 どうあがいても明日は来るし、学校に行かなくてはいけないのだから。
 でも、空想をしている間だけは久しぶりに楽しい気持ちでいられたので現実逃避にはちょうどよかったのかもしれない。





文学フリマ札幌(2023/07/09)サークル名「むらさきいろ」え-11にて頒布します。ぜひ遊びに来てください。

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