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「黄色いブロッコリー!」

最近聞いた中で一番好きな言葉。

カリフラワーのカレー粉炒めのことであった。


この発言をした人は、それ以前にもお話しをしていて、とても真っすぐで素直な人なのだろう、ということはわかっていた。

だがここまで真っすぐだと本当に脱帽である。

僕なら、カリフラワーという単語が出なかった場合、「なんだっけこの白い…ブロッコリーみたいな…」と心の中で思うだけで、黙ってしまう。

思い出した時にはもう、次の話題、ということも多い。

それがどうだ。

「黄色いブロッコリー」だ。

見たまま、そのままを直球で投げてきた。

他人にどう思われるかを全く気にしていない。

僕が引っかかっているクモの糸のような「世間」とか、「他人の目」をまったく意に介していない。

聴いていて非常に気持ちが良かった。

ただ、彼女にはその言葉のどこが良いのか分かってほしくはない。

狙って発言する「それ」と、見たままを発言する「それ」では純度が違う。輝きが違う。


僕は自分の言葉にこだわりを持ち、発言まで時間がかかることも自分自身で認められるようになった。

でも、だからこそ、あんな簡単に直球を投げてきた彼女の言葉がとても輝いて見えた。

本当は僕も「黄色いブロッコリー!」と言いたいこともある。

ただ自分の見たまんま、聞いたまんま、感じたまんまを話したいこともある。

でも、他人がどう見ているか、どう聞いているか、どう感じるかが気になってしまう。

これは自分の長所でもあることは十分知っている。

それでも。

飾りなんて全くない、見たままの言葉はやっぱり素敵だと思う。

僕も言いたいな。

黄色いブロッコリー。

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