「人間をやめてみた」奇妙で不思議な5分ショートショート短編 vol.5 (1/7)
その若者は、疲れきっていた。目の下にはクマができている。ここしばらく激務が続いて、あまり寝ていないのだ。
やっと明日は、待ち望んだ休日……のはずが、会社の研修が入っている。なぜかいつも休日返上で、定期的に参加させられる。
どのような研修かというと、こんな感じだ。
まず、どこかのだれかの成功体験を聞かされる。
苦しい状況でも、笑顔を忘れずいつもポジティブに努力しよう。人々を喜ばせることが私の幸せ。
といった、どこにでも落っこちているようなストーリーを、あたかも自分だけのユニークなストーリーであるかのように、登壇者は熱く語る。
そして、ちょうど受講者が感動したところで、「なにがあってもあきらめない!やればできる!」というようなことをみんなで合唱する。
不思議な高揚感。
そうして受講者は、意気揚々といつもの理不尽な労働環境にもどっていく。
若者はうすうす気づいていた。
研修に参加した直後は、よしがんばろうという気になる。しかし、いざ日常にもどると、必死に働いたところで、給料はあがらず、サービス残業だけが増えていく。
一緒に盛りあがり、絆を深めたかに思えた同僚たちも、あっというまにギスギスした人間関係にもどる。
自分の時間やエネルギーをただ搾取されているように感じ、またやる気が底をつく。
そして、
(この過酷な状況に耐え続けた先に、何かいいことがあるのだろうか……)
と、まっとうな疑問が頭をよぎる。
このタイミングで、また研修が投入される。ずっとそれのくり返し。
そうやって若者は、目の下のクマがとれない生活を続けている。
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