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デジタルとITの違い? 考える軸として概念を定義する

DXにおいて “デジタル” とは何かが定義されない理由を考える

DXでいう “デジタル” とは何でしょうか。わざわざITとは別の言葉を使う必要があるのでしょうか? 案外どこにも書いてない気がします。


実際に、この言葉はかなり曖昧な形で使われています。例えばDXを初めて定義したストルターマンはこう述べています。

ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる

Erik Stolterman & Anna Croon Fors, (2004), Information Systems Research, pp 687–692

ここではデジタルとITは完全に同義として扱われたうえで、その浸透をもってトランスフォーメーションとしています。


経産省によるDXの定義はこうなっています。

企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること

経済産業省『デジタルガバナンス・コード2.0 』(2020)

力強い文言ですが、デジタル技術という言葉は定義されずに用いられているのと、データとは別概念として扱われているのも気になるところです。

実はIT系調査会社のアナリストにヒアリングしたときも、デジタルを明確に定義して用いているケースは少ないとのことでした。でもこれって、非常に気持ち悪くないですか? 特にこれからDXに関わろうという人にとっては、何がデジタルで何がそうじゃないのかも分からないまま闇雲に学べと言われているようなものです。あるいは、DXと称してあらゆるものを売り込んでくるコンサルティングファームやITベンダーに対して、自社にとって必要かどうかを判断する軸がなければ混乱は必至でしょう。


筆者は以前から、デジタルを自分なりに定義しています。

ただ、こういった行為は平等を旨とする省庁には向きません。定義するというのは線を引くことですから、ITのうちデジタルに含まれないものが出てきてしまうためです。そこで漏れてしまう製品やサービスを扱うITベンダーは猛反発するでしょう。

また少しでもいろんなものを売り込みたいプレイヤーが、わざわざ自分たちのビジネスを狭めるようなこともしないでしょう。なんなら企業内の情報システム部門ですら、DXと言えば予算が通りやすいから曖昧なままのほうが便利という理由でデジタルの定義に消極的になるかもしれません。ですから、デジタルを定義したいという動機はあまり存在しない。DXで自社のビジネスを良くしたい人が、目的や手段を明確化するために定義するのが唯一のモチベーションなのかもしれません。


“デジタル” ならではの特徴は「つながる」「データを使う」

筆者のデジタルの定義は、技術面として「つながる」「データを使う」の2つです。

先に別の稿で、ITとDXの違いはインターネットだという話をしました。インターネットの最大の特徴は繋がることです。手紙や電話やfaxも双方向に繋がる技術でした。その意味ではインターネットもその延長とも言えます。

一方で、web 1.0の頃にテレビやラジオと同じく一対多のブロードキャストとして捉えられていたインターネットは、web 2.0の双方向性によって爆発的に普及しました。その多対多の繋がりは、これまでの人類が初めて手に入れたものでした。これによって大規模なブロードキャストから小さなコミュニティまで、世界中がオンライン上で接続されたのです。

インターネットのつながる力を象徴するひとつはSNSでしょう。個人間で繋がるのはもちろん、企業と消費者の関係も変わりましたし、インフルエンサーという新たな職業を生み出したのもSNSの力です。新聞やテレビのようなメディアしかなかった時代とは大きく異なり、消費者や一般市民の声は社会に大きな影響力を発揮するようになってきました。

そしてもうひとつはIoT (Internet of Things) です。そもそもモノのインターネットって奇妙な名称ではないでしょうか? 実際に戦略論の権威であるポーターはSmart Connected Productsと言い換えて呼んでいますが、製品がインターネットに接続できるようになったという意味ではそちらの方が感覚に近いかもしれません。しかしデジタルの観点からすると、インターネットを中心に考えますので、そのつながる力が実社会に進出したという意味でIoTという言葉の方が自然なのです。

様々な物事が繋がると、そこにはデータが流通します。当初は特定の用途だったり、ユーザ同士の交流目的だったりしたデータは、たくさん集まると様々な解析ができることが分かってきました。2006-7年頃に流行り始めたビッグデータという言葉は、当時は一部の人々にしか影響を与えませんでした。しかし、そのわずか5年後にビッグデータをうまく扱えるディープラーニングという技術が登場し、現在のAIブームが訪れたのです。「AIはビッグデータの子供だ」という言葉がその関係をうまく表しています。ビッグデータはインターネットの子供と言えますから、AIはインターネットの孫に相当することになります。


この2つの特徴を先ほどの経産省の定義に当てはめるなら、「『つながる』『データを使う』というデジタルの技術を活用して」となります。クリアになったと共に、いくつかの重要な技術が外れてしまったと感じる方もいるかもしれません。RPAはどうなのか。量子コンピュータは含まれなくていいのか。これら外れてしまった技術が重要なのは間違いありません。ですが、ITに関わる全ての技術を定義に含めてしまうと、デジタルは単に役立つ最新ITという意味になってしまいます。デジタルを単なる要素技術ではなく、社会的な変化のドライバーと捉えるとすると、これくらいギリギリまで削ぎ落した定義の方が、考える軸としてうまく機能してくれるのではと思っています。


この説明だけでは納得感がないかもしれませんので、少し補足しましょう。

例えば、大型書店がRPAやその他のITシステムを導入したときに、Amazonになれるでしょうか。大手ホテルチェーンがAirbnbに変身するでしょうか。百科事典を電子化すればWikipediaになったでしょうか。

ここ30年間でゲームが変わるような、つまり成功像もその道筋も変わるような変化がもたらされてきた要因は、IT全般というよりインターネットと考えた方が焦点が明確になります。例を挙げるなら、同じ米国の巨大IT企業である、GoogleとIBMの最も大きな違いは、ビジネスの本質にインターネットがあるかどうかなのではないでしょうか。ですから、IT全般をデジタルに含めてしまっては、DXの注力ポイントがぼやけてしまうのです。

重要なのは、インターネットをビジネス環境変化の中心に据えて、その特質を捉え、取るべき施策をどうデザインしどう取捨選択するか。そのためには、先進的なIT全てを礼賛するのではなく、あくまでビジネスの将来像を考える必要があります。


いっそ、もう少し大きな話もしてみましょう。

政府が唱えている概念で、Society 5.0というものがあります。内閣府の説明には「狩猟社会 (Society 1.0)、農耕社会 (Society 2.0)、工業社会 (Society 3.0)、情報社会 (Society 4.0)に続く社会で、サイバー空間 (仮想空間) とフィジカル空間 (現実空間) を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会」と記述されているものです。

確かに興味深いですが、筆者の感覚では、現在の社会はまだSociety 3.5、つまり世の中は工業社会から情報社会への過渡期にあって、完全な情報社会はまだ訪れていません。この点に関しては、いずれ別の稿で述べてみたいと思います。

DXとは過渡期の社会で行われる、情報革命の力を活かした企業変革

情報社会の話をしていると、先ほどのストルターマンの定義「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」というのは、DXよりもう少し大きな、情報革命の話をしているような気がしてきます。しかしそれでは話があまりに大きく、企業で今日から何に取り組むべきかという話が見えなくなってしまいそうな気もします。ですので、ここでは以下のような解釈にしてみたいと思います。

  • 現在は工業社会から情報社会への過渡期である、情報革命の途上

  • 情報革命の中でもいま本命と目されるのがインターネットとその影響の派生であり、その力をデジタルと呼ぶ。デジタルを活かして企業を変革することをデジタルトランスフォーメーションと称する

  • デジタルの特徴は、技術面を単純化すると「つながる」「データを使う」

後半は少し大きな話になってしまいましたが、筆者の思うデジタルが、会計システムや省力化のようなITとは異なることが伝わりましたでしょうか。重要なことは、いま只中にある社会の大きな変化、世間で煽られているほど速くはないかもしれないが、おそらくは全面的で不可逆な変化に適応し、次代のビジネスで発展する姿を見出すことです。そのために設定すべき思考の軸がデジタルだというのが本日の話でした。


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