見出し画像

バックキャストは単なるエンタメ? ビジネスに使える3つの型

先日、未来予測とバックキャストの話をしました。今日はもう少し説明を追加しましょう。


素直にバックキャストすると他社と同じ結論になりがち

バックキャストは未来を想像するところから始まります。

  • 再び感染症が蔓延したとき、社会はコロナ禍と同じ反応をするのだろうか

  • 機械翻訳で言語の壁が取り払われたとき、労働市場はどうなるのだろうか

  • 地域の患者さんと医師が共に高齢化したとき、医療の形態はどうなるのだろうか

業務の合間にふと疑問に思ったり、何らかの拍子に飲み会で出たりする話題かもしれません。その、頭の片隅に残った引っ掛かりを思い出して、未来は変わるかもしれない、そのとき自分たちに何かできることがあるかもしれないと考えてみる。それがバックキャストの始まりです。

バックキャストとは、まずありたい姿を描き、そこから現在地点まで戻ってくる道筋を描くことで、今の延長線とは違う打ち手を見つける思考法です。
しかし実際のバックキャストには典型的な落とし穴があります。それは「誰もが合意できる未来予測を行い、そこに至る素直な道筋を考えると、他社と同じアクションになってしまう」ということです。例えば今後の日本は労働力人口が不足する、だからロボットの開発をしようと思っても、既に同業他社は取り組み始めているといった具合です。遠い未来のことを考えているにも関わらず、今日すでにレッドオーシャンでは、全く取り組む気になれません。


差異化しようとするとフォアキャストになるか、大きな賭けになってしまう

採り得るアクションはいくつかありますが、「差異化するために現在の自社の強みを活かそう」と考えると、次第に現在の強みの話に寄ってきてしまい、バックキャストでも何でもない現在の延長 (フォアキャスト) になってしまいます。また「M&Aでケイパビリティを獲得しよう」だと、遠い将来に備えたM&Aにはなかなか説得力が出せないため、その未来の実現がいよいよ近づいたタイミングで実行するか、あるいはいますぐにシナジーがある相手を選ぶのか、いずれにせよバックキャストがそれほど役に立たない形に収束します。あるいは「もっと可能性の低い、でもインパクトの大きな未来予測に大きく賭けよう」という考えは、よほど力のある、創業者とかカリスマ経営者とかといった人しか提案を通せないでしょう。かくしてバックキャストは面白いだけでアクションに繋がらないエンターテインメントと化してしまいます。


選択肢1: 薄く広く張る

経営学者の入山章栄は、戦略的なイノベーションには金融工学で言うリアル・オプションの考え方が重要だと言っています。つまり、「不確実性の高い将来において、継続か中止かの柔軟性を持つプロジェクトや資産は、そうではないプロジェクトや資産に比べて高く評価できる」という評価基準に則り、様々な選択肢に薄く広く投資しておく方がいいということです。研究の世界でも、選択と集中を行うより、薄く広く予算配分をした方が大きな成果が期待できるという事実が知られており、このアプローチの有用性が期待されます。

この考え方とバックキャスト、特に少ない確率で大きなインパクトのある未来への投資とは相性がよく、特に資金力がある一方でイノベーションのジレンマに囚われやすい大企業には、うってつけのアプローチでしょう。

とはいえあまりに無差別に投資する訳にもいきません。そこで企業のミッションやパーパスが重要になります。将来も変わらない確たる方向性があれば、様々に投資したどの案件がうまくいったとしても問題ありません。ですから、バックキャストが差異化に繋がるひとつのやり方は、①時代を超えて守れそうなミッションやパーパスを定め ②確率が低いがインパクトの大きい未来予測の複数シナリオを描き ③それぞれに薄く投資する というものになります。


選択肢2: 他社と協調して未来を創る

さて、他の形はないでしょうか。例えば社内のプロセスは、事業領域やビジネスモデルなどに比べると、他社との差異化をそこまで意識する必要はありません。特に競争優位に資すると見做されないプロセスに関しては、劣後しなければ十分です。こういう場合には、競合他社を含めた未来予測とバックキャストが重要になって来ます。というのも、お互いに非競争領域と定めたプロセスであれば、各社がそれぞれ検討するよりも、集まって未来を描き共通のプロセス・共通のシステムをデザインした方が投下するリソース量が少なくて済むからです。

一方で注意しないといけないのは、一般にこの種の活動は反自由競争に繋がりやすいことです。ITの場合には、それでなくても勝者総取りの傾向が強いのに、それをユーザ側から後押しする形になります。独占禁止法は、競争相手がいなくなった結果、供給側の価格決定能力が上がりユーザに不利益が及ぶことを禁じるためのルールですが、ユーザがあえて独占を望むのがこのデファクト・スタンダード方式です。競争戦略的には非常に興味深いものがあります。

話を元に戻しますと、競合あるいはベンダーなどとバックキャストを行いアクションを決めていくことには、更に大きなメリットがあります。それは未来を予測するだけでなく、未来を形作れることです。ITのような人工物の世界もそうですし、規制のあり方もそういう面があります。特に社会課題など公共善に貢献できる場合に、協調したバックキャストは大きな効果が期待できます。


選択肢3: 再定義する

競争領域に関しては、面白そうな未来に薄く張る。非競争領域に関しては社外と積極的に協調する。なるほど。でもバックキャストの用途はその程度なのでしょうか?

それ以外の、第3のパターンもあります。もしかしたらこちらが本命と感じる方もいるかもしれません。「再定義」という考え方です。

例えば日本の労働力人口の減少について考えましょう。もちろん、ロボットを作る会社や教育系の企業などは、この問題に対してど真ん中です。しかしここで医療のできることはないでしょうか? 例えば健康寿命を延伸することで、従来なら引退する時期になっても元気に働けるなら、これは労働力人口の問題を解決できています。これを受けて、医療機器メーカーがミッションを「不自由に苦しむ人々が健康に過ごせるソリューションを提供する」から「不自由に苦しむ人々が社会で活躍できるソリューションを提供する」に変更する、こういった活動が、ここで言う再定義に当たります。

再定義のいいところは、バックキャストとフォアキャストが自然に接続することです。現在の活動を全く否定せず、かつ予測した未来へ繋がっている道を示せる。再定義がうまくいけば、閉塞感を打破し未来に希望を持ちつつ抵抗勢力も発生しない、理想的なトランスフォーメーションが可能になります。また再定義することで新たなエコシステムが形成しやすくなります。

一方で、再定義はただの言葉遊びに終わる傾向もあります。対外的には美辞麗句を並べるものの、実情は何一つ変わっていない。関係者がそう思ったが最後、むしろモチベーションは下がりイノベーションは起こらなくなるでしょう。再定義とは、未来を見据えたときに得た自らに関する洞察、自分たちが何者であるかの再確認、そして深い自信の表れから行われるべきであって、浅薄な現状追認から行われるべきではないからです。逆に言えば、未来予測を通じて自分たちのやるべきことと現在の営みに関する理解度が深まり、それをうまく言語化できたときに、再定義は成功したと言えます。いたずらに抽象度を上げて何でも含まれるような言葉にするのではなく、本質に深く切り込んだ結果であるべきです。


3パターン、ぜひ試してみてください

今回はバックキャストの3つのパターンを紹介しました。

3つとも経験があるのですが、個人的には最後の「再定義」が一番楽しいです。最初の「薄く張る」は、実際に取り組もうとすると、この投資先でいいのか、自分だって自信が持てないのに他人を説得するのが大変でした。2番目の「他社協調」は、活動が始まったあとの舵取りに膨大なエネルギーを必要とします。とはいえ、どれも変革としては有力な手段ですし、それぞれ向き不向きもあります。ネタは思ったよりも身近にありますので、ぜひ想像を巡らせてみてください。

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?