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クールなビジュアルと普遍的なヒーロー性。スパイダーグウェンの魅力

2023年4月、約5年ぶりとなる『スパイダーグウェン』シリーズ最新刊『スパイダーグウェン:ウェポン・オブ・チョイス』が発売されました。
今回は『スパイダーグウェン』シリーズの翻訳を担当されている光岡三ツ子さんに、スパイダーグウェンの魅力をご執筆いただきました。

文:光岡 三ツ子(翻訳家)

『スパイダーグウェン:ウェポン・オブ・チョイス』書影

スパイダーグウェンとは何者?

映画『スパイダーマン:スパイダーバース』シリーズや、アニメ作品への登場で世界中の人気者となったキュート&クールな女性ヒーロー、スパイダーグウェン。彼女は映画の原案となったコミック『スパイダーバース』で誕生し、その瞬間からスターとなった稀有なキャラクターです。

ここでは、彼女は何者なのか? どのようにして生まれたのか?その人気の秘訣は?などについてご紹介していきます。

さらに映画『スパイダーマン:スパイダーバース』で彼女は「スパイダーウーマン」と名乗っており、さらに他の作品では「ゴーストスパイダー」と呼ばれたりするので、混乱している人もいるのではないでしょうか? 名前が複数ある理由についても紐解いていきましょう。

まずは、スパイダーグウェンのプロフィールから。

本名:    グウェンドリン・ステイシー(愛称:グウェン)
初登場:    『エッジ・オブ・スパイダーバース#2』(2014年)
ヒーロー名: スパイダーウーマン(2014年~2018年)
       ゴーストスパイダー(2018年~)
出身地:   マーベルユニバース/アース65、ニューヨーク市クイーンズ
年齢:    10代(作品によって異なる)
職業:    インディーズ・ロックバンド
        「メリー・ジェーンズ」ドラマー

スパイダーグウェンは、平行世界のスパイダーマンが大集結するコミック版『スパイダーバース』(ヴィレッジブックス刊)の企画から生まれました。映画の原案となったこのコミックでは、数え切れないほど数多いバージョンのスパイダーマンが登場します。スパイダーグウェンもその中の一人として2014年に登場し、一瞬で読者を魅了しました。

マーベルの平行世界はナンバリングで分類されています。オリジナルのメイン世界は「アース616」。それぞれのアースは616をベースに、それぞれが異なる歴史を持つ設定となっています。例えばMCUは「アース199999」。スパイダーグウェンは「アース65」の出身です。

スパイダーグウェンのオリジン

アース65では、遺伝子操作されたクモに咬まれてパワーを得たのはピーター・パーカーではなく、彼の幼馴染みのグウェン・ステイシーでした。

クモに咬まれ、パワーを得たグウェン(『スパイダーグウェン』より)

グウェンが「スパイダーウーマン」として街を救う活動を始めると、すでに引退した伝説の女性ヒーロー、ワスプ(ジャネット・ヴァン・ダイン)が彼女を応援し、コスチュームとウェブシューター一式を贈ってくれたため、その活動は一層世間の目を引くものとなりました。

しかし、彼女の親友ピーター・パーカーはヒーローの活躍に憧れを抱くあまり、危険な遺伝子実験に手を染め、怪人「リザード」に変身してしまったのです。

リザードは暴走を止めようとしたスパイダーウーマンと戦闘し、その最中に死んでしまいます。元の姿に戻ったピーターをグウェンは涙ながらに抱きしめました。しかし、通報を受けて急行した警察が見たものは、倒れた少年と去っていくスパイダーウーマンの姿だけだったのです。

元の姿に戻ったピーターだったが……(『スパイダーグウェン』より)

かくてスパイダーウーマンは指名手配の身となってしまいます。彼女は親友を死なせてしまった罪悪感と後悔を胸に、人々を守る活動を続けていくのでした。

スパイダーグウェンの人気の秘訣【1】クールなビジュアル

創立80年以上を超えるマーベル・コミックスには7万人を超えるキャラクターがいると言われており、現在も新キャラが矢継ぎ早に登場しています。その中で誰もが知る人気キャラクターとなることは簡単なことではありません。しかしスパイダーグウェンはデビューするや否や注目され、ネットにはファンアートやコスプレ写真が溢れることになりました。この人気はどこから来るのでしょうか?

まずは何と言ってもビジュアルです。キャラクターデザインを担当したアーティスト、ロビー・ロドリゲスはその魅力について、シンプルで描きやすいところ、そしてセクシーさがないところだと分析しています。これらは、見た目の親しみやすさだけでなく、コスプレのしやすさにも繋がっており、SNS時代にマッチしたデザインと言えるでしょう。

『スパイダーグウェン:グレイター・パワー』書影

ポップなマゼンタとシアンが目を引くカラーリングも印象的です。これはコスチューム単体だけでなく、『スパイダーグウェン』のコミックアート全体と調和したものになっています。
現在発売中の『スパイダーグウェン』のコミックでは、独特の色調が目を引きます。カラーリストのリコ・レンツィが操る、アメコミの中でも個性的なカラーパレットは、映画『スパイダーマン:スパイダーバース』でも効果的に使用されています。

キャラクター原案を担当したライター、ジェイソン・ラトゥーアによれば、このカラーリングのコンセプトは「ネオン・ノワール」。意識したのは、ニコラス・ウィンディング・レフン(『ドライヴ』、『ネオン・デーモン』監督)の雰囲気だそう。スパイダーマン作品らしい雰囲気を保ちながらも、現代的で、ちょっと退廃的。目指したのはそんな世界観とのことで、他のアメコミ作品とは一線を画すクールなビジュアルが読者の心を捉えたと言えそうです。

スパイダーグウェンの人気の秘訣【2】彼女はロッカー

グウェンはロックバンドのドラマーです。映画『スパイダーバース』でも彼女の登場シーンではロックな音楽が効果的に多用されています。原作コミックにおいても音楽表現はスパイダーグウェンの魅力を形作る大きな要素。実際に音はしなくとも、全体がロックの雰囲気を纏っています。
マーベルは2015年にグウェンのバンド「メリー・ジェーンズ」のヒット曲『フェイス・イット・タイガー』を公式リリースしています(実際に演奏しているのはアーティストのロビー・ロドリゲスの友人のバンド「マリード・ウィズ・シーモンスターズ」)。硬派なロックはまさにグウェンの雰囲気にぴったりです。

スパイダーグウェンの人気の秘訣【3】普遍的なヒーローとして

人気の秘訣として、最後に挙げるのはグウェン・ステイシーの素の魅力です。アニメ作品や映画では颯爽として明るい美少女という印象のある彼女ですが、先に書いたオリジンを読めば、たくさんの葛藤の中でもがきながら頑張っているヒーローだということがわかるでしょう。
刑事である父親との関係、彼女を利用しようとする悪との対決、バンド活動との両立、時空を超えた激しい戦闘。次々と困難が押し寄せますが、どんな絶望の中にいても必ず立ち上がる彼女の物語は、昔から愛されてきたオリジナルのスパイダーマンと同じように共感を呼び、読者に愛されているのです。

これは、オリジナルのグウェン・ステイシーを知っていればなおさらです。彼女の存在のもととなった、アース616のグウェンは、ピーター・パーカーが大学生の時の恋人でした(※オリジナルのグウェンは1965年が初登場で、これが「アース65」の命名の由来となっています)。しかし、彼女はスパイダーマンとグリーン・ゴブリンとの戦闘に巻き込まれて死んでしまいました。このくだりは、小学館集英社プロダクション『スパイダーマン:ステイシーの悲劇』で読めます。
このエピソードが描かれた1973年当時は、若く美しい恋人が突然死ぬ展開は衝撃的で、この出来事を境にアメリカン・コミックは永遠に変わってしまったと言われることさえあります。この悲劇はベンおじさんの死と並び、ピーター・パーカーの人生にも大きな影を落とし続けているのです。

しかし、自らもコミックを読んで育ってきたライターのジェイソン・ラトゥーアは、グウェンを傷ましい事件の犠牲者ではなく、ピーター・パーカーの人生の付属品でもない姿で描きたかったという要旨の発言をしています。また、女性ヒーローだからといって、男性の自分が女性の立場から書くことはしたくなかった、とも。

つまり、新世代のグウェン・ステイシーは、読者が先入観をすべて捨てて向き合える普遍的なヒーローとして蘇ったのです。現在の人気は、その狙いが多くのファンに受け入れられた結果と言えるでしょう。

スパイダーグウェン=スパイダーウーマンから、「ゴーストスパイダー」へ

最後に、スパイダーグウェンの複数ある名前について説明しておきましょう。

「スパイダーグウェン」とは、読者のための愛称です。 ジェイソン・ラトゥーアによれば、企画が立ち上がった時のプロジェクト名がそのままコミックタイトルになったそう。
グウェンは正体を隠してヒーロー活動をしているので、作品世界の人にとって、彼女は「スパイダーウーマン」です。
 
しかし、マーベルは2018年に、彼女の名称を「ゴーストスパイダー」に改名すると発表しました。オリジナルであるアース616のスパイダーウーマン(ジェシカ・ドリュー)と差別化するためです。このため、これ以降に作られたアニメやコミックでは、彼女はゴーストスパイダーと呼ばれているのです。

スタイリッシュなビジュアルとクラシックなヒーロー的要素を兼ね備えたスパイダーグウェン。新刊『スパイダーグウェン:ウェポン・オブ・チョイス』はもちろん、『スパイダーグウェン』『スパイダーグウェン:グレイター・パワー』とあわせて、彼女の物語をぜひお楽しみください。

光岡 三ツ子
翻訳家、ライター。主な訳書に『スパイダーグウェン』シリーズ、『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ:プレリュード』『ドクター・ストレンジ:プレリュード』(いずれも小社刊)などがある。

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