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愛しさと切なさと切なさと『ボーンズ アンド オール』 (映画感想文)

一昨年、朝井リョウの『正欲』という小説が結構よかったんですよね。
簡単にいえば『水フェチ』(水飛沫や水の姿が性の対象になる)という、この世のマイノリティ中のマイノリティ、大抵の人が想像すらしていないような性癖を生まれ持った人たちのお話。

ダイバーシティ、ダイバーシティと大いに謳う世の中ですが「多種多様な人が互いの考え方の違いや個性を受け入れながらともに生きていく」なんてこと本当にできるつもり? と 一石を投じるような、今っぽくて面白い小説でした。

ただ、ひとつ思ったのが『水フェチ』って、ちょっと綺麗過ぎやしません? ってこと。

理解はされづらいだろうけど、人に迷惑かける性癖じゃないし。勇気をもって一歩踏み出してみれば、結構、世の中に受け入れられやすいタイプのフェチじゃね?と思ったんですよね。
なんなら、ちょっとアーティスティックな品格さえ漂ってるし。
デビューしたての頃の広末涼子あたりに「私、性の対象は『水』なんです」なんて言わせたら、それはそれでありかな? 透明感なのかな?って流行りそう。

かと言って、じゃあ、ウンチ食べることに性的興奮を覚える人の小説では、なかなか一般受けしないわけで。この手のテーマを小説にするなら『水フェチ』くらいがちょうどいいのかなー、なんて思っていたのですが。

そこで『ボーンズ アンド オール』です。


『水フェチ』から一気に飛んで『人食いフェチ』です。

無理です。
共存できません。
「ゲイが隣に住んでいたら嫌だ」は怒られますが、「人食いが隣に住んでいたら嫌だ」は、んー、まー、そうだよね、となります。

フェチや癖という現実的な(現実的か?)カニバリズムではなく、この世には実はそういう種族として生を授かった人たちがいる、という設定なんですけどね。
煮たり焼いたりしてこっそり食べるのではなく、ゾンビのごとくそのままかぶりつくような架空のおとぎ話。顎骨が強さが完全フィクションです。「骨まで一気に食べる快感を覚えたら、もう、やめられない」みたいな会話が出てきますが、そんなんでタイトルが『ボーンズ アンド オール』。

主人公の女の子は人食い(作中ではイーター)です。
パジャマパーティでマニキュア塗りたての友達の指を思わず口に入れて噛み砕いてしまい、ふたり暮らしのお父さんと慌てて街を離れます。お父さんはイーターではないけど、娘がそうであることは解っていて、事件が起こるたびに住処を転々としてきました。そんな生活に疲れたのか、ある日、お父さんが姿を消してしまいます。これまで決して明かさなかった彼女の出生の記録を残して。彼女はお母さんを探す旅に出ます。道中で他のイーターたちと出会います。そのうちのひとりがティモシー・シャラメ演じる男の子。ふたりは恋に落ち、一緒に旅を続けます。

映画に出てくるイーターたちは、みんな、困惑や罪悪感を抱えています。だから、片っ端から襲って食べたり「やっぱり若い女の肉は格別だぜ!」とか言ったりはしません。
どうしても衝動が抑えられない時に『もうすぐ死にそうな老人を見つけて死ぬのを待ってから食べる』『街で他人に迷惑かけている悪いやつを成敗する感じで食べる』など、せめてもの工夫をします。

ティモシー・シャラメはゲイを誘い出して食べたりもします。ゲイは大抵ひとりものだから、悲しんだり困ったりする人も少ないだろうという判断です。だけど、食後にその男がゲイだけど既婚者で赤ん坊が生まれたばかりだったことを知って後悔します。

みんな、葛藤しているんです。
でも、どうしたって、生まれ持った欲を消すことはできない。
そんな苦悩がじょうずに描かれます。

イーターたちは、他のイーターに出会うとすごく嬉しいんです。解りあえる人が一緒にいることで、孤独から解放されて少しラクになります。
だから、主人公とティモシー・シャラメは愛し合うし、逆に悲しい事件が起こってしまったりします。

小説『性欲』も、水フェチの人たちが最後に希望を見出すのは、同じフェチの人たちとの繋がりでした。

そうなんですよね。
結局のところ、マイノリティを癒すのは、マジョリティからの理解や賛同ではなく、同じタイプのマイノリティとのコミュニティやパートナーシップなんです。

だから、ゲイはゲイと生きたいし、水フェチは水フェチと生きたいし、たぶん、イーターはイーターと生きていきたい。当たり前といえば当たり前なのですが、マジョリティの人たちに一番理解してもらいたいのは、そこのところなんです。「LGBTの人たちを理解しているけど、パートナーシップ制度には反対です」なんて言う人は、結局、なんにも理解していないですけどね。

…なーんて、この映画をこんな風に観るのは、私がゲイだからですかね?

単純に『ホラー+ラブストーリー』のロードムービーとして観ても良いのかもしれません。ホラーというほどグロくも怖くもないですけど。あ、でも、血は結構滴ってる。

オクラホマ州やネブラスカ州など、いかにもアメリカのロードムービーという感じの風景が美しいです。

それになんたってティモシー・シャラメです。
同監督の『君の名前で僕を呼んで』の時より、少し大人になったティモシーの、相変わらず白くて細いボディや、わりとすね毛多めの脚なんかもみどころです。

そして、そのティモシーを凌ぐほど、主演のテイラー・ラッセルという女優が、めちゃくちゃ魅力的です。

ティモシー 服!服!

丸の内ピカデリー劇場は、完全にティモシー狙いの40代OL風が多かったですけどね。金曜の夜に、赤ワインを持ち込んでワイングラスで飲んでいる女2人組がいてびっくりしました。アペタイザーはティモシー、ってことなのでしょうか?それとも血フェチ?

よかったら、ぜひ。

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