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デンマーク滞在記録4【フォルケホイスコーレについて(日本での実践も振り返って)】

どうも。

やっとデンマークも夏っぽい日が増えてきました。
7月はサマーホリデーシーズンということでどのフォルケホイスコーレもロングコースはおやすみ、Summer Programという形で1週間程度のショートコースを実施しています。

近くを散歩している時の写真、午後5時半くらいかな。

今日から日本から友人が遊びに来てくれるので、サマースクールの見学も含めていくつか見学しフォルケホイスコーレやデンマークの文化的なことについて一緒に学び合いたいと思います。
フレッシュな気持ちでデンマークを一緒に旅してくれる仲間との時間は僕自身が初めてデンマークに来た時のことを思いださせてくれるのでとても好きです。

当時は2017年よりすでに独自でスタートしていた地域で生き方を学ぶ学校「Change Makers College」と似ているということで、フォルケホイスコーレを知りました。
2018年10月に初めてデンマークを訪れ、フォルケホイスコーレを見学しにいきました。
一番に出てくる感想は、ここを訪れたことで「日本で考えてきたことを実践し続ける勇気が湧いてきた」ということでした。

2018年10月、当時の写真

そこから、様々な人との出会いがあり、フォルケホイスコーレとの交流が続きました。フォルケホイスコーレの生徒が日本への2ヶ月ほど滞在する留学プログラムの実施(年に2回やってます)、FFD(フォルケホイスコーレ協会)との共同プロジェクトがスタートしていきました。
更に世界中のフォルケホイスコーレ的な教育観と人間観をベースにした共同生活型の学び舎とのネットワークが広がってきています。
この度でもいくつかの学校を訪れつながりが深まっています。

2018年CMC入学式では、入学セレモニーの一部にデンマークから招待して実施しました。

素敵なご縁が続き6年近くデンマーク、そしてフォルケホイスコーレに通い続け、様々な関係者のお話を聞き続けてきました。
そんな中で自分なりに見えてきたことについて今日は改めて振り返りも含めて記していきたいと思います。

改めて、フォルケホイスコーレとは何か?

個人的に6年間通い続ける中で僕自身が常に探していたのは、フォルケホイスコーレの本質とは何か?ということでした。

実際に連携しPJを運営していく上で、相手をリスペクトしていきたかったのです。そのためには深く理解をしたいというのが僕の動機でした。
また、SETやChange Makers` Collegeと共通する理念はなんなのか?ということを理解したいし、何が違うのか?ということにも理解を示したいと思いました。

以下の図はデモクラシーやエンライトメントなどの言葉がどのように包摂されているのかについて自分なりに理解するためのものです。また、時代によって変わってきたものと(おそらく)変わらずに大事にされてきたものがあるような気がしていたのでそれを自分なりにまとめてみました。

完全に私見のまとめ、正しいかは別として今のスナップショット

中心の赤い丸は、前提となる人間観についてです。
デンマーク語でMenneskesyn(人間観)という言葉があります。
この人間観がとてもHumanityに重きを置いている人々の集団であるように感じています。また、人権意識もとても高く、人々は社会的な存在であるということへの共通理解もとても強い社会のように感じます。
この人間観にはプロテスタント的な宗教観とスカンジナビア独特の北欧神話などに共通する自然への信仰も含まれているように感じます。

そして、その人間観があるからこそオレンジ色のラインに書いた「エンライトメント」や「リバイバリズム」のようなものが受け入れられているのだと思います。特にエンライトメントの概念は1800年代中盤よりフォルケホイスコーレが成り立ってきたその時から大事にされてきた概念で、どの学校でも必ず聞くキーワードの一つです。
フォルケホイスコーレがスタートアップしていく当時は世界中で宗教の世界から自然科学の世界へ人々がトランスフォーメーションを起こしている時代。まさに宗教に閉ざされていた世界から人々は解放されつつある時代でした。

現代では自然科学的な考え方が主流になっていますが、この理念は今も根強く引き継がれています。
デンマークや各国のフォルケホイスコーレ関係者が一同に集まるサミットが2019年に開かれました。その際に、フォルケホイスコーレを一言で表すとという質問を集めテキストマイニングで可視化すると「クリティカルシンキング」が最も中心にきていたというお話を聞きました。
本質はなんなのか?私たちが見えていない世界や私自身が見えていないブラインドスポットがあり、そういうものに光を当て、ハッとなるような気づきが降ってくるような体験を「エンライトメント」だとすればクリティカルシンキングはそのために必要な姿勢そのものなのだろうと思います。
そして、「エンライトメント」はどの時代においても私たちが人間であるかぎり重要な観念の一つなのだろうと思います。

そして、その更に外側の薄いオレンジ色の中にデモクラシーを位置付けました。
フォルケホイスコーレの目的は?という質問に対して必ずと言っていいほど出てくるワードが「Democracy(デモクラシー)」です。
対話はエンライトメントのための重要なものなので最初から重要なものとしてみなされていたと思いますが、デモクラシーという概念はHumanityなどが高い集団で徐々に醸成されていったと理解する方が自然でだと感じています。
そして、1900年頭に国の教育の全体的な方針としてデモクラシーは中心的な方針になっていったという感じのようです。
なので、フォルケホイスコーレはデモクラシーを最も重要視しているのは確かなのですが、国の教育全体の中でデモクラシーは重要な方針であり、国家戦略であることもわかってきます。
また、北欧で言われるデモクラシーについて更に理解を進めると見えてくることは、選挙システムや政治的なものだけを捉えているわけではないことです。
デモクラシーとは生活の一部であり、常にデモクラティックに生活することが重要であるというデンマークの人たちがマインドの根本を形作っている概念だということが理解できます。
フォルケホイスコーレでは共同で「生活」するの環境において常にみんなにとって良い選択をすることを学べます。だからこそ最もデモクラシーの重要性を学べる教育施設として位置付けられているのだともいます。

その目的を支えるために重要な設計があります。そこについては細かくなりすぎるので割愛します。
上流の要素を大事にしていく環境設計やルール設計があり、その設計の中での過程において共同生活や対話を経ており、一人一人が尊重されるという結果や居心地のいい空間という結果が生まれているのだと思います。

フォルケホイスコーレは法律で規定されている部分があります。それも半分くらいまでというイメージ。あくまでフレキシブルな運営ができる余白が残されている印象です。
日本ではむしろ上流の定義が曖昧で、下流に行くほどガチガチに縛っている印象があります。

また、最後にフォルケホイスコーレの社会的な役割みたいなものは上記の取り組みをしていく中で生まれる副産物的価値を現在の社会課題の解決のために役立てているようなそんなイメージです。
フォルケホイスコーレ協会の人が明確に言っていたことで印象的だった言葉があります。
「フォルケホイスコーレは個別具体的な社会課題の解決を目的とした学校には決してならない。」
非常に面白いなと思います。

ここまでまとめてきましたがあくまで個人的な私見のまとめであることをもう一度だけ添えておきます。

日本においてフォルケホイスコーレに関心がある人たちは、このデンマークの様々な社会システムに表出している、人間観に惹かれているのではないかと思います。

日本の人間観ってなんだろうね?と僕のデンマークの友人の一人に聞いたことがあります。
答えは「キャピタリズム」(笑)
いい悪いではなく、そういうふうに見えるんだなと思いました。

対話を重んじる学校、そして自分らしく生きることを学ぶ学校??

2018年当時、僕が最初に知ったのは上記のような情報でした。
それだけで、非常に僕自身の関心に刺さったことを覚えていますが実際に訪れてみるととても深い。

しかし、実際に関わりを持ってみるとその対話やデモクラシー、結果的に一人一人のWellーbeingを実現させるために、とっても分厚い「体験」を共有しているように感じます。
フォルケホイスコーレは体験の学校と言っても過言ではなさそうです。笑

学校であり、人々の運動であるフォルケホイスコーレを理解するのは一筋縄ではいかないと今でも思っていますし、デモクラシーやエンライトメントなど様々な重要なキーワードについては永遠に学び続ける姿勢が大事なのだろうと思います。

ということで、改めて書いてみました。
フォルケホイスコーレについて。

我が子もいくのかな、フォルケホイスコーレ。(笑)




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