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大好きな料理が大嫌いになった話|村井理子さんエッセイより


「頑張る」は人それぞれ


前回「少しの無理だと思っていたら大変なことに」についてお話しました。
これは、あくまでも私の個人的な意見です。

そして、今まで頑張り過ぎていた自分無理してでも頑張っているという意識がなかった自分への労りと、戒めです。

逆に、そうやって頑張ってきた、頑張れた時期があったからこそ辿り着いた気持ちなんだと思います。

とかく頑張りがちの人、頑張れてしまう人は、休む=サボっているかのように感じる傾向があります。
私もそうでした。

そして他者に対しても「それで頑張ってるの?」「頑張りが足りないんじゃないの?」などと思いがちです。
私は息子が小さい頃に、それをやってしまってたな、、、と思い、ひどく反省しています。

「頑張る」は人それぞれ。自分の物差しで他者を測る事などできません。
特に近い関係(親子、夫婦)では、抱きがちの感情なので気をつけなくては、と思います。

村井理子さんのエッセイ


料理が大好きだった私が大嫌いになってしまったのは、のエッセイに共感と衝撃が走りました。

フリーランスの翻訳家としてお仕事をされていた村井さんは、同時に双子ちゃんの育児もされていました。
定期的に収入があるわけではないので、大きな仕事が入れば二つ返事でOKしていた、無理には慣れっこになっていたそうです。

家事についても自分が無理をすれば子ども達は不自由なく快適に暮らせることが分かっていたから出来る限りのことをやっていた、まるでスーパーウーマンにでもなった気分で、と。

そうして無理を重ねた結果、強烈なしっぺ返し、大病を患い手術を受けることに。

退院後、そしてコロナ禍を経て、ようやく「もう無理」「自分たちでやって」と言えるようになった、と。

最近、少しずつ料理愛が戻りつつあるのだ。自分の健康がなにより大事だと気づいてから、自分が好きなものを、好きな時に料理をする楽しさを思い出したのだ。
このわくわくした気持ちは、初めて料理を作り始めた十代の頃に感じたものとよく似ている。
(中略)
誰よりも大切にするのは自分だと理解できた。それに幸せを感じている。

村井理子さんエッセイより


最後に、上記のように結ばれていて、私は涙してしまいました。
誰よりも大切にするのは自分、私もそれに気づいたのは頑張り過ぎていた過去、それから随分経ってからでした。

何度言ってもいい


前回、負傷した私が夫に家事を頼み
「今日も!?」
と言われ、そんなことを言われるくらいなら無理してでも自分でやってしまおう、と思った話をしました。

でも、無理する必要はなかったのです。
辛いんだから、助けが欲しいのだから、分かってもらえるまで何度でもしつこく言えば良かったのです。

夫は、そこまで言っても分からないような「分からんちん」ではないはずですから(笑)。

結局、頼んだ者勝ち、やった者勝ちなのです。
(勝ち負けの話ではありませんが)


私の両親は、さらに古い世代ですから、晩年母が趣味を持ち、山歩きに行く事に、父はいい顔をしませんでした。

危ないだの、何だのと文句を言い、
結局母は、そんなに文句を言われるならと、大好きだったはずの山歩きに行くのをやめてしまったのです。

ずっと家事育児、父の仕事の手伝いに追われ、晩年にやっと見つけた趣味だったにも関わらず。

私は、
「お父さんに、なんて言われたって行けばいいんだよ。悪い事してるんじゃないんだから」
と言いましたが、母には出来なかったようです。

それと同じような事を、私もしていました。

ですが、40歳を過ぎて栄養士免許を取るために学校に行くと決めたのは、我ながらgood jobでしたが(笑)。

これは、しっかり資金(学費)を貯め、息子の成長を待ち、タイミングを見定めていたからです。
今か? まだか? 行きつ戻りつし、だいぶ遅くなってしまいましたが。


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