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貸農園ラプソディ :-)

今どきの貸農園は、

  • 客は遠方の都会からたまに来て趣味的に農作業をするだけ

  • 普段の世話は地元のスタッフがやっている

というのも多いようです。
農園にはカメラが設置され、客は作物が生育する様子を自宅で(ネットで)見ることができたりします。

今回は、そんな貸農園での、ある日の日常。

「もしもし。区画12番を借りてる高木です」
「あ、高木さん。お世話になります」
「この声は、スタッフの稲田君?」
「稲田です」
「そっちはだいぶ寒いの?」
「そうでもないですよ」
「今朝からネット中期で畑の様子を見てたんだけど、雑草の取り方が甘いような気がしたの。それで電話したの」
「えっ、甘いですか?」
「甘いわよ。稲田君、ちょっと自分の目で見てごらん」
「は、はい。…あ、本当だ。抜いたつもりの草が、また根っこを広げてますね。すみません、バイト任せにしちゃったんで。今から全部抜きます」
「そう? 悪いわね。よろしくお願いね」

「もしもし。高木です。稲田君いる?」
「もしもし、稲田です。先ほどはすみません。雑草はあらかた取りました」
「ネット中継で作業の様子を見てたよ。大変だったわね」
「仕事ですからね」
「疲れたでしょ」
「仕事ですから」
「あのね、害虫のボウボウムシが飛んでいるのが映っていたけど、大丈夫なの?」
「ボウボウムシ? この季節にボウボウムシはまだ早いですよ。というか、高木さん、詳しいですね」
「勉強しているのよね。あれはほんとにボウボウムシだったわよ。だって、羽が青と白の縞模様だったし」
「羽が青と白の縞模様ですか、たしかにそれはボウボウムシですね」
「ボウボウムシよ。何とかしてくれない? せっかくの野菜がダメになっちゃうもん」
「でもなんでこんな季節にボウボウムシが…」
「知らないわよ。地球温暖化かしらね。とにかく何とかしてちょうだい」
「わ、分かりました。フェロモン・トラップ、仕掛けます」
「お願いね」

フェロモン・トラップ:
害虫のメスが発するフェロモンを使ってオスを捕えてしまう方法。
オスがいなくなることで、害虫の繁殖を防ぐことができます。

「もしもし。さっき電話した高木です」
「…稲田です。今度は何ですか?」
「ふふふ。何を警戒してるの? フェロモン・トラップを仕掛ける様子、ネット中継で見たわ。お疲れさま」
「仕事ですから」
「疲れたでしょ」
「仕事ですからね」
「ボウボウムシはトラップにかかっているかしら?」
「見てきます。…まだ何もかかっていないみたいですね」
「そう。じゃあ、さっき見たのは、ボウボウムシじゃなかったのかしら」
「ボウボウムシの季節は今じゃないですよ、高木さん」
「そうかもしれないわね」
「だから言ったじゃないですか」
「…それで調べてみたんだけどね、昼間に見たのはボウボウムシじゃなくて、ヒラタシロムシだったんじゃないかしら?」
「ヒラタシロムシですか?」
「あれも羽が青と白の縞模様よね?」
「そうですけど、ヒラタシロムシって、激レアですよ。めったに見つかりません」
「悪いけど、稲田君。ヒラタシロムシにフェロモン・トラップ、仕掛けてくれない?」
「いいですけど、ヒラタシロムシのフェロモンはここにないですよ」
「そう思ってたわ。だから売ってるところを調べておいたの。北井インターチェンジ降りたところの『アグリセンターほさき』に置いてあるそうよ」
「北井インターって、けっこう遠いですよ」
「遠いのは分かってる。でもお願い、ヒラタシロムシのフェロモン、仕掛けてほしいの。じゃないと、野菜がやられちゃうかもしれないでしょ?」
「…分かりました。今から行ってきます」
「悪いわね。ありがとう」

「もしもし。高木です。稲田君?」
「稲田です。『アグリセンターほさき』行ってきました。いまトラップ仕掛けたところです」
「インターネット・テレビで見てたわよ。ありがとう。お疲れさま」
「仕事ですから」
「眠いでしょ?」
「そうですね。腹も減ったので、今から晩飯を作ろうと思ってたんです」
「それでね。あのね。そろそろ畑に水を撒いたほうがいいと思うんだけど、どう?」
「そうですか? 水はあまりやらないほうがいいんすけどね」
「普通はそうだけど、だって、この2週間近く雨降ってないのよ? 心配でしょ」
「2週間だったら、大丈夫ですよ」
「そうはいかないわよ。野菜がやられたら困るの。お願い、水、撒いてくれない?」
「…分かりました。明日の朝一番で水、撒きます」
「今すぐやってほしいの。明日の朝まで待つのは心配だから」
「すみません、高木さん。オレ、めちゃくちゃ疲れて腹減ってて、眠いんで、先にメシ食って寝かせてくれません? 明日早起きして、一番に水撒きますんで」
「それは分かるけど、お願い、野菜だって生きてるんだし。乾いているときに水、ほしいはずよ。客がこうして頼んでるんだから、やってちょうだい」
「…分かりました。今から水、撒きます。撒き終わったら、高木さん、オレ、メシ食って寝ていいですか?」
「もちろんよ、ゆっくり休んでちょうだい」

「もしもし。高木です。稲田君?」
「…はぃ…」
「寝てた? 起こしてごめんね。あのね、北井インターチェンジ降りたところの『アグリセンターほさき』のことなんだけどね、さっきサイト見てたら、本日限定でアグリームを売ってるらしいの」
「アグリーム?」
「ほら、話題になった幻の肥料だってば。トマトの大きさが倍になったってやつ」
「はぁ…そういうの、ありましたね」
「なによ、反応鈍いわね。あのアグリームが売ってるのよ。前からほしかったけど、なかなか手に入らなかったんだから」
「はぁ…」
「買ってきてくれない? すぐに撒いてほしいの」
「はあ? いま夜中ですよ。店、閉まってますよ」
「それがね、稲田君。『アグリセンターほさき』は毎週火曜日はオールナイトで店やってるんだって」
「すみません、高木さん。明日じゃダメですか?」
「だってアグリームは人気商品なのよ。本日限定よ」
「そうですけど…」
「客が頼んでるんだから、お願い、買ってきて撒いてちょうだい。」
「…分かりました。今から行ってきます」

「もしもし。高木です。稲田君?」
「…はぃ…」
「アグリームは見つかったの?」
「はい、買ってきました」
「映してよ。見たいの」
「パソコン立ち上げなくちゃいけないんで、明日じゃダメですか? めちゃ眠いんすけど」
「いいじゃない。ちょっと映すだけだから」
「…分かりました。ちょっと待ってください」

(数分後)

「もしもし。高木です。稲田君? ネット中継、映らないみたいだけど」
「やっぱりそうですか。システムの具合がおかしいみたいで」
「映らないわねえ」
「映らないですか」
「困ったわね」
「明日、山崎が来るんで、あいつコンピューター得意なんで、あいつに直させます。そしたらすぐに映像、送ります」
「明日まで待てないわ。だってアグリームを買えたんでしょ。いますぐ見たいの」
「でも、無理です。オレ、システムとか詳しくないし」
「…しかたないわねえ。じゃ、今からそっち行くわ」
「はぁ?」
「わたしね、仕事がIT関係なの。システムとか詳しいのよね。今からそっち行くから、待ってて」
「はぁ? 東京から来るんですか?」
「違うわよ。何言ってるのよ。稲田君と同じ町内に住んでるわよ」
「はぁ?」

稲田君が唖然としていると、5分後に、高木さんが農園に姿を見せました。

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