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変容を導いたコーチングマインド

戦略コンサルタントとして組織の課題解決に勤しむ傍ら、ライフコーチとして個々人のピュアな人生の応援団をしている @Shoooooko6 です

この記事は、以下のような方に向けて書いています

  • コーチングってなんだか胡散臭い感じがするけど気になる

  • コーチングでどんな変容が起こるのが知りたい

  • コーチングを信じられなかった私がコーチになった理由を知りたい

▶セッションそのものの詳細を知りたい方は此方👇


コーチングへの懐疑心

”コーチング受けてみませんか!”という言葉を聞いて真っ先に感じることはなんでしょうか?もちろん素直に「わー。役に立ちそう、受けてみたい」と受け取れる人もいれば、

・コーチングって最近よく聞くけどなんか怪しそう
・自社でもそれらしいことやっているけれども効果がよくわからない
・自己理解なんて、結局自分にしかわからない

という声もよく聞きます。私自身も根は行動する前に自分が納得するまで一生懸命考えてから決めるタイプなので、上記のような思いを少なからず抱いていたことがあります。

人間は惰性を好み、変化を嫌います。だから、費やすエネルギーに対して何かしらのメリットが得られない限り行動しない、そういう生き物です。

上記に挙げたような疑問も、結局「かける時間とお金がROIに見合うものか?」を知りたい思考が根っこにあるように思います。
※ROI:投資した費用やエネルギーに対して得られるリターン

そして、資本主義社会の中では、時間やお金といった効率面や金銭面をリターンだと捉える思考で多くの人は生きています。わかりやすいからです。

でも、なぜそもそもかけた時間やお金に対してコスパよく生きたいのか?

以前成田ユウスケさんが「コスパを良くしたいなら死ねば良い」と仰っていました。表現には賛否両論あるものの、コスパ良く生きることが人生で本当に実現したいこと、に沿っていることはそんなに多くないと思います。

じゃあなんでコスパを求めるのかというと、「生きなければいけない」という無意識な使命感が大体の人にはあって、生きていくうえでの不安を取り除くための回避・克服行動が必要だからです。

なんて面倒くさい生き物やねん~という気持ちになりますが、そういう生き物なので、不安を取り除くためのコスパ思考をダメ!って取り除くというよりは、「”生きなければいけない”からくる不安もある。でもそうじゃない”生きたい”からくる願いもある」という思考で人生を捉えると日々の行動が一変していきます。

「この社会で生きる意味を人それぞれ本当はもっている。それをできるだけ早く自覚して、その役割を全うするためにエネルギーを使う方がよほど自分も輝けるし、その生きざまをもって他者や社会へのインパクトを出せる」

コーチングで自分に向き合う意味を信じられなかった自分に伝えたい考え方です。

つまり、自分が本当にやりたいことにいのちを使える状態になるには、人生のコスパとかROIといった思考を受け止めた上でもう少し広い視点で自分を眺めることが必要です。

コーチングは、生きる意味とも言えるビジョンを見つけ、そこに向かうための変容にコミットする場として効果的なんですよね。

「コーチングによる気づき・変容は、”自分と相手とのパートナーシップを信じ、本気で自分のいのちに向き合うこと”から始まる」

私もここ1年前までこの前提を捉え切れていませんでした。だから、「本当にコーチングで変容できるのか?」という疑問を拭えずコーチングを学ぶのも受けるのも一度辞めました。

でも、自分自身が変容を体験し、またそういう人を多々みてきたからこそ、「コーチングという関わりはやっぱり人を変容させるんだ」ということに今は納得感をもっています。
コンサルで日々叩き込まれているのもありますが、やっぱり多くのビジネスマンにとってファクトは必須ですね!(笑)

この納得感のからくりも意外とロジカルで、ビジネスでも同じことをしています。新しい事業を始める際は他社事例の収集してベンチマーク分析して・・・。そしてある程度事業の肝がわかったらやりだしてみてあとは結果に全力でコミットする!

人生を扱うコーチングも土俵は違うけどアプローチはおんなじです。

成功するビジネスにも条件やタイミングがあるように、コーチングで変容(=効果を得る)するにも条件やタイミングがあります。ただ、コーチングはビジネスよりも外部要因が少ないし答えは既に本人の中にある(ただ97%は無意識)ので、自分に真剣に向き合いさえすれば必ずと言っていいほど見えてくるものがあります。

逆にそのスタート地点に立てない状態のときはいくらコーチングを受けても変わらない(もしくは時間がかかる)可能性が高いです。

まとめると、コーチングの効果は既にファクトをもって示されています。過去事例もあります。ただ、その成功条件は、「ROI云々の前にまず自分の人生にコミットする行動をとる」です。人生にコミットするのは結構な心の余裕が必要であることも確かなのでタイミングはあります。ただ、今もし今迷っているのであれば、それ自体が既に向き合っている証拠なのかな~と感じます。ぜんぜんコーチングだけでなく、タイミングかそうでないか含めてゆるっと相談したい方がいればお気軽にメッセージください🌸

私自身の変容体験とコーチング

ここからは、コーチングを信じ切れなかった私自身がどのような変容を体験して今に至るのか、すごくパーソナルな話ですが書いてみます。
ここに出す怖さもありますが、私自身の体験談が”自分を生きる”一歩を踏み出そうとする人の判断材料になるならば、とてもうれしいなと思います。
(前章を読まれた方にはわかる、いわゆるファクトです)

まず、なぜ私自身が自分の変容の話とコーチとしての生き方を絡めて書いているかというと、私自身が

「コーチとは、目の前の人の大事な人生の局面を共にする関わりであり、コーチ自身の生きざまがリソースになる」

と思っているからです。何か肩書きとかJob scriptionがあり、ある程度その肩書に期待された価値提供をする人ではありません。”私”というキャラクターをもってクライアントさんが描きたい人生を一緒にデザインする関わりに価値があると思っています。一度コーチを辞めたのは、当時の自分の生きざまをもって大事な人の人生に向き合う責任と自信が持てなかったから。だと今振り返ってみて思います。

ただ、ここに至るにはいくつかの試練がありました。

『感情』表現ができない葛藤

物心がついて以降、周りの人に
「いつも良く思考して自分のことを俯瞰的にみているね」
「いつも笑ってて感情的にならないのうらやましいなあ」
と言うフィードバックを受けることが結構多かったのですが、その度に何かちくちくする葛藤が私の中に渦めいていました。
言われて確かにそうだと思いつつ、もっと自由に大笑いしたり泣いたり怒ったりしたい小さな自分がいました。でもそうなれない自分がすごくおっきくて、苦しいと感じる時期もありました。

・自分の感情は自分で自制できなければ周りの人を傷つける
・自分の気持ちは他者とは違っていて、受け入れてもらえない
・どんな時でも前を向いて楽しく捉えられる人でありたい

小さいときの自分には、何かそう思わせる痛くて悲しい経験があったのだと思います。本当は笑ったり喜んだり泣いたり怒ったり喜怒哀楽をたっくさん表現するおてんば娘だったはずなのに、いつしか何にも怒らず苛つかずどんな時も肯定的に思考変換してしまう術を身に着けていましたあまりにも無自覚で、それが元々の自分かのように私自身も思い込んでいました

それが精一杯自分を生きる術だったし、寧ろ得ているものも沢山ありました。心の安定、感情的にならずに自他を受け止める客観性、基本ポジティブ埋めとる眼鏡。

たぶんかなり意志とか拘りが強いタイプでない場合は、当時の自分の生きざまでも十分満足できる人生を送れるはずだった。

でも、私は本当の自分らしさを表現できない”虚しさ、自分への後ろめたさ”ずっと違和感を抱いていたのだと思う。その違和感はきっと、私をよく知るほんの少しの人には伝わっていたんじゃないかな。

顏とか言葉に出すのはへたくそだったけれども、大好きな人から褒められたときは本当にうれしかったし、誕生日にサプライズをしてもらった時はこんなに愛されていいなだと心がわくわくした。目の前で大事な人が悲しんでいたらぎゅっと抱きしめて自分も一緒に悲しみに浸りたかった。


いっぱい湧いてくる気持ちがあるのに、今までやってこなかったから表現する仕方もわからなくてできなかった。

本当に大事な人にこそ感情を伝えるのが、甘えるのが怖くて、自分ひとりで立っていられるように必死に踏み込みすぎない努力を無意識にしていた。

ある”タイミング”が訪れるまでは。


1. 大切な感情をくれた繋がりとの断絶

これまでも人間関係、という意味においては実はすごく敏感で、そのごちゃごちゃに関わらないような距離感で生きてきたと思う。小学生や中学生のときから、噂とかグループとかそういうのを無意識に避ける子だった。だから客観性という技を身に着け、真向からぶつかる体験をしてこなかった。

その背景は、私にとって、個人で何かを成し遂げるとかスキルを身に着けるとかよりも、
個が個として尊重され、その人の深いところにある痛みや願いで繋がる
・個人のエネルギーが繋がりによってよりパワフルになり、本当に使いたいことにいのちを使える
ことがすごく大事で失いたくないものだからです。

けれども、この1年の間に私に起こった人間関係の色々は、私が私の気持ちに真正面から向き合う機会をくれました。

1つは、とてつもなく大切な繋がりを手放したことです。

手放して初めて気づいたことも多すぎて我ながら呆れたけれども(笑)
普段滅多に泣かない私に溢れていた大粒の涙が本当に中にある私の気持ちを代弁してくれていたように思います。

「ああ、私の中ではこんなに大きな存在だったんだ」

って。でも、過去の自分は、大事な繋がりほど失った時に傷つくのが怖くて一番大切なことを伝えていなかったと思います。そして、見返りなんていらないと思えるぐらいの大きな愛が自分の中にあった、ことに気づいていませんでした。

あまりにも願いと行動が矛盾したことをずっとやってきたんだなと思う一方で、それくらい私にとって繋がりや愛情は大事で大事で失いたくないものなんだなということにも気づきました。

ただ、そんな大事な繋がりを自分の未熟さゆえに手放して初めて、私の中にずっと押し込められていた心の囁きがはっきり聞こえるようになりました。

「一番大切な繋がりを信じられなくてどうするの?今の自分だったら、きっと感情を伝えても大丈夫だし、自分でその気持ちを受け止める器がある。それが目指したい”ピュア”の形だし、その場を自分が一番創りたいんでしょ」

って。

今まで向き合ったことのない気持ちに留まる時間は辛くて苦しかった。でも、ずっと取り戻したかった感情を大切にできている自分が誇らしくって、止まらない涙もそれくらい苦しい気持ちもぜーんぶ無視したくなかった。自分を一番応援したくなる瞬間だったかもしれない。

そんな時期を通じて、周りからも驚かれるくらいに人間ぽく(?)なったし、悲しい辛いこと以上に嬉しいたのしい愛しいと思う瞬間が本当に増えて、それらを感じた瞬間に表現できるようにもなってきた気がします。

2. ”ピュア細胞”が反応した会社員生活

そんな出来事に加え、もう1つ私を揺さぶるできごとがありました。それは、新しい環境に飛び込んだこと、です。

初めて会社員になって、学生時代のように本当にバイブスが合う人とだけ多くの時間をすごす、という訳ではなく、ある意味自分が出会ったこともない価値観を持つ人とコミュニケーションすることが増えました。

そうしたら、私の中の色々な細胞がめちゃくちゃ反応しました👤
(詳しくは直接聞いて~)

感情にすごく素直に生きられるようになっていた時期ということもあり、
自分の中に湧いてくるわくわくやモヤモヤや悲しみみたいなものが私のエネルギーの源を次々に教えてくれました。

今までならそこで湧いてきた気持ちを冷静にならしていたかもしれません。でも、「ピュアな感情はぜんぶあっていい。制御しなくてもそれが起こった時に向き合って、きちんとその気持ちを大事にする器になればいいんだ」

というコーチングマインドをもっていたからこそ、自分を刺激する1つ1つの経験全てがリソースになっていました。

あらゆる感情に向き合えば向き合うほど自分にとって何が大切で何がやりたくて、というのが見えてきました。そして、その感情を味わう幅が広ければ広いほど、他者に対する共感力もあがっていくのを実感しました。

おっきな未完了の完了を経て

この2つの出来事を通じて、何か大きな未完了を完了したんだと思います。
実はこのときはコーチングから少し距離を置いている時期でもありました。
ですが、この変容を経験できたのは、然るべきタイミングがきたときに心やカラダに起こるサインに向き合おうとするコーチングマインドが心のOSとして根っこにあったからなのは確かです。

※コーチングマインド自分の心に素直に向き合い、人生のオーナーシップをもって変容する覚悟と勇気を持っている状態

”そこにある”気持ちから逃げずに向き合い続ける強さ、器が初めて理論ではなく実体としてつかめるようになりました。

・自分にある愛のエネルギーは伝えたい人にあるだけ伝えればいい
・反応するということは、それだけ”自分の中に”沢山の情熱”がある
・感情に向き合うほど、他者の願い・痛みも共に味わえるようになる

は、これらの出来事以来、より質感を伴って自分の中にあるマインドです。

ずっと蓋をしていた自分と向き合うプロセスでは色んな気持ちと向き合う覚悟がいるけれども、その分、より凛とした逞しい自分に近づける

と今の私は身をもって確信しています。

たった1度の変容で終わり。ではなく今もなお自分と向き合い続ける旅は続いています。

日々湧き上がる色んな感情を、素直に彩りながら生きる。

この想いを大事にしながら「謙虚に正直に自分を生きる」を続けていきたいし、コーチングというのもそうあるために活用していける自分のリソースとして育んでいきたいと今は思っています。

コーチを通じて実現したいこと

コーチを再開した理由と想い

1年の色々な変容を経て、コーチとしての関わりを再開したいと思えたのは

  • 私自身がコーチングマインドのお陰で必要なタイミングで自分の変容に向き合え、そのインパクトを信じられるようになった今だからこそ、できることがあると感じたから

  • コーチングが全てではないけれども、日常に上手く取り入れることで、「自己の変容(進化)というサイクル」を自分にも他者にも再現性あるものにできるだろう、という自信と期待をもてたから

だと思います。

大人になって”しゃかい”を知り、スキルや経験を身に着けるにつれて、人は自分の感情や行動をコントロールする術を身に着けます。この世界を生き抜くために必要な技である一方、自分の個性を殺す兵器でもあると思います。

自分の経験からもそれをとても実感しています。でも本来、
「自分の心からの願いに気づき、自分を生きている」ときに人は一番エネルギーに満ちて輝けるし、その生きざまこそが自然と「社会や他者に対してインパクト(価値)を与えられる」 と思います。
つまり、他者や社会に対してインパクトを与えるためには「本人が自分の心に正直に向き合い、自分を生きている」ことが必要ということです。

時には受け入れがたいドロドロした感情も含まれているかもしれません。
常に楽しさとか喜びとかポジティブなものだけでもないです。
でも、全部その人の中にある感情であって、愛しまれていいし、大切にされるべきものだと思います。

とはいえ、いま見えていないということは見ないように長らくしているということなので、自分に向き合うエネルギーと覚悟が準備できたときに変容すればいいと思います。その意志がもてたときにコーチングは間違いなくその変容にパワフルに働きます。

いまもセッションをするたびに、自分と向き合おうと来てくださるクライアントさんの勇気には脱帽するし、それだけ大事な人生のフェーズを共にできることはとてもとてもかけがえのない関わりだなと思います。

私が志すコーチの在り方

私は心から人がパッション、愛情、情熱、どんな言葉かわからないけれども内から溢れてくるエネルギーに従って生きている姿が本当に好きです! そして、コーチングいいよ!とは言ってきたものの、これから先「コーチング業」を続けていくのかはまだ決めていません。個人の器もそうだし、組織の器というところにも関わってみたいという想いがあり、コーチという生き方で人と、社会と関わっていきたいです。

そしていま、コーチとして人として目の前の人に向き合わせてもらう中、
特に3つのことを大事にしています。

①『”コーチらしく”ではなく、”自分らしく”生き続ける』
コーチという関わりも他の仕事と同じように自分の生きざまをもって目の前の人を影響するものだと思います。だから、”自分を生きる”場を創るコーチ自身の姿が目の前の方にとって誠実かつパワフルであれるように、自分とも日々向き合い続ける責任感は持ち続けたいです

②『お母さんみたいな場所になる』
なぜかわからないのですが、私にはずっとこのキーワードがあるしクライアントさんから頂くメッセージからもそれが自分のリソースなんだと気づきました。人生の大事な意思決定、変容の場で他の人には言いづらいことも「それがいまのあなただよね」ってまるっと受け入れられる癒しやあったかさを提供できる人でありたいです

③『自分に真摯に向き合う人の一番の応援者でありたい』
コーチングという場はその場にいるクライアントの人生を全力で応援できる場だと思っています。まさにファンです笑
世界に1つだけの”自分の人生を育み、その生きざまをもって社会への価値を出したい”、と願う意志に1人のファンとして並走することを約束します!

「人の感覚や感性が自由に開放できて、大切にされる場所を社会に増やす」

私はそんなところに好奇心が湧いて、いまこのコーチ活動をしていますが、きっともっと他の方法もこれから見つかるかもしれないし、似たような想いをもつ仲間と一緒に新しい挑戦もできると嬉しいです。 もしわたしとの雑談でもクライアント側でも少しでも話してみたいよーという方がいればぜひぜひ繋がってください~🌷

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