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お互いに回復するような関係を増やすと生きるのがグッと楽になる

昨日は、知り合いに連絡を取り、オンラインZoomの時間を取ってもらいました。

現在、3月までの案件がひと段落して、次のフェーズに向けて自分自身が社会の中で果たす役割を見出しなおそうと移行中です。仕事創っていかないと死ぬからね(笑)

なんだかしっくりこない役割を継続していくことはしんどいので、したくないのにやり続けていることは手放し、自分が意識せずともしていることを仕事のスタイルに取り戻しながら、仕事創りの可能性を探索していこうと思います。

私は、いつの間にか(無意識に)我慢してしまうことが多いタイプです。そういうパターンを持っているみたいなので、自分の心の癖を自覚しながら、そういうモードに入りにくい仕事デザインしていこうと思っています。

そんな中で感じたのが、「周りの人のフィードバックを聞く」必要性でした。そこでパッと頭に浮かんだ彼女に連絡を取りました。

周りから見えている自分と自分の認識のズレ


「三浦さんって去年からブレてないですよね」

自分自身がブレブレの人生を生きてるなぁと感じていたのですが、彼女から見るとブレていないらしく、認識のギャップが面白いなと思いました。

彼女には、率直に思ったことを共有しやすいと感じていて、ありがたい関係だなぁと思っています。

ありがたいことに、話をすると自分の方向性や自分が大切にしていることを思い出させてもらうことができます。

過渡期に、そういう関係性があるのは、今後どうなっていくかわからない不安を感じる中でとっても大事なことだと感じています。

回復する関係性を育んでいく

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今回の彼女との関係性は、一方的にどちらかが犠牲になる、もしくはバランスがあまりにも大きく傾き続ける関係性というよりも、どこか調和していくようなそういうものだと感じています。温かいけれど、抜け出すことができないぬるま湯という感じでもない、という塩梅です。そういう方、周りにいませんか?

「まず存在を受け入れることから始める」ということが共有されている時、話すと力を取り戻すことができるような関わりになりやすいのではないかな。

何を当たり前のことを、と言いたくなるところなんだけど、私自身、「この人はこうあるべきだ」「こういうところが足らないんだ」と強く思ってしまう囚われに落ちていくことがあって、その時には回復するという関わりとは真逆の方にグシャグシャとなってしまいます。

ここ2年ほどで、回復が起こる関係性は身の周りで増えました。特に人生の過渡期とも言える時、そのような関係性は自らを助け、大いに力になってくれるものだと思います。

互いに回復する関係性を増やしていく

この関係性は自分自身で意識的に増やしていくことができます。

学校教育のというシステムに乗っておけば、他の人と自動的に関係性が生まれます。しかし、社会流動性が高い世の中を生き残っていくには、やっぱり自分から意識的に関係を作っていく視点が大事だと思っています。

回復する関係が欲しかったら、まず苦しんでいる人がいた時に、その人の力になり、その人の苦しみを手放すお手伝いをしていくこと。それが欠かせません。

今回は相手に助けてもらったけれど、基本はそのような関係を、自らが他の人にとって良き縁になることによって体現していく。そう言いつつも関係作りでしょっちゅう失敗するし、距離感の取り方が調整できなくて苦しくなったりもするし、試行錯誤を続けていきたいと思います。

このような回復の視点を見い出すようになったのは、圧倒的に回復能力が高い人と接した際に、その可能性について感じざるを得ませんでした。いやー敵わない。人生死ぬまで試行錯誤は続きそうです。

コロナと共に生きていくための緩やかな連帯

連帯と書くと、ちょっと堅いかもしれませんが、コロナの時代は人の他者との関わりを大きく変えていくポテンシャルがある出来事だと思います。

個人主義。自己責任。

個にフォーカスされる世界観が優勢な方々が、東京には割と多いのかもしれないけれど、もう少し他の人たちとともに分かち合って生きていくにはどうしたらいいんだろう?と考え直すタイミングをコロナが作ってくれたのではないかと思っています。

自分自身も周りの人も、ともに回復していくことができる関係性を作ることは、流れの早い世界を生きるための生存戦略の一つであり、もしかしたら資本主義社会の中で削られてしまいがちな、もともと私たちが持っていた感覚なのかもしれません。

自分ができそうなことがあればお気軽にご連絡くださいね。世の中の流れの中で翻弄されてしまいそうな時に、力になれたらと思います。

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