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第2話 博士と呪文。そして……(1)


●登場人物のおさらい

夢咲泉(ゆめさき いずみ):
部活として職業訓練を行っている特殊な高校「はばたき学園」に在籍する一年生。生徒たちを『ユメクイ』から守るヒーロー部の一員とであり、表向きは部員の運営するサロン・エスポワールで働いている。
司法部にも所属しており、夢は父親と同じ弁護士だと周囲には語っているが……。

羽岡天馬(はねおか てんま):
ヘアメイクアップアーティスト志望の二年生。明朗快活な人気者でモテ男。
ヒーロー部の一員で、泉にとっては直属の先輩のような立ち位置。

星影めぐる(ほしかげ めぐる):
ネイリストとアロマテラピスト志望の二年生。可愛すぎる女装男子。
ヒーロー部、そして宇宙警察の一員。

●用語のおさらい

ユメクイ:
人間の体内に住みつき、「夢見る力」を食べて育つ小さなエイリアン。普段は無害だが、寄生主が夢を諦めたときに暴走する性質がある。

マガジン備忘録より


 入学二日目の放課後。
 私は司法部の部室に行って入部届を出すと、そのままヒーロー部の拠点であるサロン・エスポワールに向かうことにした。お手伝いさんたちから入学祝いでプレゼントしてもらった革のスクールバッグには、司法部の年間活動予定表が入ってる。

(一学期の大きなイベントは、来月の模擬もぎ裁判くらい。あとは、講演会が何回かってかんじだった)

 司法部の活動は、基本的に自由参加。学園内のめごとを解決するために警察部から協力を依頼されることもあるみたいだけど、大体は三年生の先輩たちが対応するんだって。

(これじゃあ、がっつりヒーロー部に参加させられそうだな……)

 それほど嫌じゃないのは、さっき部室で感じた気持ちのせいだと思う。
 意見交換会を見学させてもらったんだけど、みんなのキラキラした目を見た瞬間に居心地が悪くなってすぐに出てきてしまった。
 法律家になりたいっていう熱い気持ちが、嫌っていうほど伝わってきた。

(……本当の夢だったら、私もあんなふうに熱中できるのかな)

 大通りを歩きながら、ため息をついたときだった。

 ドンッ!

 曲がり角から出てきた誰かとぶつかった。よろけて倒れかけたところを、ぐいっと腕をつかまれて引き留められる。

「危ないなー。大丈夫?」
「!」 

 羽岡先輩だ。見上げた先にある顔は、やっぱり小さくて綺麗。

(って、なにじっと見てるの)

 私はぱっと目をそむけた。

「すみませんでした」
「すみませんより、ありがとうの方がずっと嬉しい」

 思ってもみない言葉が返ってきたから見上げると、羽岡先輩はきゅっと唇の端を持ちあげて笑ってる。

(……! 私、恋愛経験ゼロの冷めた女子なんだけど……やっぱり、大人っぽい先輩にはドキッとしちゃうもんなんだ……新たな発見)

「はい、やりなおしね」

「……ありがとうございます」

「うーん。六十点。次は笑顔で言うように。ってなわけで、行くぞ~」

 当たり前みたいに、一緒にサロンまで行こうとしてる。

(こんなふうに女子と歩くの、慣れてるんだろうな)

 自分とは遠い世界の人だとあらためて思う。
 だけど、昨日ユメクイと戦う姿や丸山先輩を気遣う姿を見たこともあって、初対面のときよりは苦手意識がやわらいだかもしれない。

 丸山先輩といえば、意識を取り戻したあとは落ち着いた様子だった。
 星影先輩の話によると、ユメクイが暴走してるときの記憶は残ってないのがほとんどらしい。だけど、挫折した経験は消えない。

(夢を見るのって、命がけなんだな)

 ユメクイがいなくたって同じで、辛い思いをしたことで心を閉ざしてしまう人はきっとたくさんいるんだと思う。それを乗り越えて夢を叶えるなんて、本当に大変なことだ。

 夢追い人の逆……ユメナイビトのわたしには、無縁な世界。
 そもそも、何かに熱くなってる自分は想像できない。

『それ、本心?』

 昨日、羽岡先輩から向けられた眼差しが蘇る。
 今鼻歌まじりでを歩いてる人と同じだと思えないような、ピリピリした声と固い表情だった。

(どうして、あんなに怖い顔をしてたんだろう……)

「あ、そうだ。サロンの名前、エスポワールってどういう意味だかわかる? 答えは『希望』。フランス語。めぐるが考えたんだけどさ、かっこいいよな~」

 もやもやしたまま羽岡先輩の軽い声に相づちを打ち、サロンまでの道を歩いていった。

 *  *

「二人ともお疲れ~」

 サロンの店内に入ると、ちょうど星影先輩がこっちに向かって歩いてきてるところだった。私たちを見て、にぱっと笑う。

(可愛い。どう見ても、男には見えない……)

 昨日。美香先輩と丸山先輩が帰ったあとに「どうして女装してるんですか?」って思いきって聞いてみた。

『もちろん、可愛い自分が好きだからだよ。潜入捜査で試してから、ハマっちゃってさ』

 だって。「人生一度しかないんだから、思ったように生きなくちゃ損」っていう考えらしいけど、私には到底とうてい真似できない。

(アロマとネイルの勉強を始めたのは、病気がちなお母さんを癒やしたいと思ったからで……宇宙警察を目指したのは、宇宙警察のお父さんに憧れていたからだって言ってたよね。それはちょっと、羨ましいかも……)

「あ、泉ちゃん。表の看板、クローズにしてきてもらえる?」

「? 火曜日は定休日……なんですか?」

「ううん。今日は特別。博士からのレクチャーを受けてもらおうと思ってね」

「博士?」

「ヒーロー部の開発担当だよ。工学系の専門学校に通ってるんだけど、腕を買われて学園長からスカウトされたんだ。ボクが教えた技術をもとに、コスチュームとか武器とか、そういうのを作ってくれてる」

(へえ……すごい人)

「だけど、ちょっと変わってるから気をつけて」

「? わかりました」

 ちょっと変わってるくらいだったら、今さら驚かないと思う。 
 言われるまま外に出て、玄関扉にぶらさがってる看板をひっくり返したときだ。

「おー。新入生発見」

 金髪の男の人が、ずかずか歩いてきてる。
 高校生よりもちょっと年上って感じ。トゲトゲした飾りがたくさんついた黒い革ジャンに、ひざ小僧が丸見えなダメージジーンズを合わせてて……正直に言うと不良っぽくて怖い。

(もしかして、あの人が……)

 やっぱり間違いない。その人は、私の目の前までやってきて止まった。

「俺はヒーロー部の技術担当、虎丸とらまるはじめだ。よろしくな、ブルー!」
 
 笑った顔は、少年って感じでなんだか無邪気だ。
 意外と気さくな人っぽくて、少しだけ安心する。

「夢咲泉です。よろしくお願いします。……だけど……あの……ブルーって?」
「ふふん。『はばたき学園ドリームセイバーズ』セイバーブルーの略だ」

(ドリームセイバーズぅ?)

 虎丸さんはなぜか得意げに笑ってる。

「超イケてるだろ? ちなみに、俺は博士。めぐるはナビゲーター。天馬がセイバーレッドな」
「……はあ」
「おおークールな反応! さすがブルー! ってなわけで」

 カランコロン

「よっす! 聞いておどろけ! 新メンバー加入にあわせて、チーム名を考えてきた! その名も……」

 バタン!

 虎丸さんは、私を残してさっさと店内に入っていった。

(怖いどころか、底抜けに明るい人だった……。テンションについていけなそう……)

「はあ」

(最近のわたし、ため息製造マシーンみたい)

 なんて思いながら店内に戻ると、羽岡先輩と星影先輩、そして虎丸さんが楽しそうに話していた。みんないわゆる陽キャに分類される人たちなわけで、友達と呼べる人すらいない私には眩しすぎる。

 玄関先で立ちつくしていると、会話が終わったらしく星影先輩がこっちを向いた。

「泉ちゃ~ん。二階に行くよ。ついてきて」


 そうして向かった建物の二階には、一階のサロンとは全然違う空間が広がっていた。
 まず、壁に取りつけられた大きなスクリーンと、コードがいくつも伸びた黒い大きな箱(たぶん、難しい機械だと思う)が並んでるモニタールーム。ここはユメクイが暴走していないかどうかチェックするための部屋らしい。
 そして奥にある扉を開けると、冷蔵庫と小型キッチン、ラグマットの上にテーブルとクッションが置かれた休憩室が広がってる。

 そして、今いるのは、屋根裏部屋に位置するトレーニングルームだった。
 シンプルなのにおしゃれな黒いジャージに着替えた羽岡先輩がマシーンを使って走り込みをしてる横で、私は博士(そう呼べって命令された……)と向かい合っている。

「まずはこれをつけてくれ」

 渡されたのは、銀色の腕時計だった。デジタル式で、今の時刻が表示されてる。

「今はいたってフツーの腕時計だが、ヒーロー活動中は時間が動き出すまでタイムリミットが表示される仕組みになってる。そして! これにはヒーローには欠かせない変身機能がついているのだ!」

(まさか、私も変身するの!?)

 考えればわかることだったかもしれないけど、頭の片隅かたすみにもなかった。

「使い方は超簡単。祈るように手を組んで、『あまねく星の光よ。聖なる乙女に真の力を与えたまえ。セイレーン・パワー!』って唱えるだけだ。ブルー、早速やってみろ」

(……!? 思ってたよりもずっと長い!)

「は? ちょっと待てって。はじめくん」

 天馬先輩がトレーニングマシンを止めて、不満そうな声を出した。

(もしかして、もっと短くした方がいいって言ってくれたり……)

「俺のクソダセえモーションと大違いじゃん!」

 ガクッ。

(そういえば先輩、変身ッ! って叫んで拳突き上げてたっけ。言われてみれば、たしかにダサいかも……)

 だけど、博士はきょとんとしてる。

「どこがダサいんだ? 王道だろうが。お前、好きだろ?」

「創くんほど派手好きじゃないだけだから。ねえ、俺ももっとかっこいいやつに変えてよ。セイレーン・パワーとか、めっちゃうらやましい!」

 なんだか、羽岡先輩が子どもっぽく見える。

「わがまま言うんじゃねえ! 天馬お前、ブーブー文句たれて、先輩としてはずかしくねえのか!」

「あの変身モーションの方がずっとはずかしいよ!」

「かあ~っ! もう構ってらんねえ! よしブルー、やってみろ」

(えっ?)

「……すみません、呪文、もう一度お願いできますか?」

(メモしておかないと)

 制服のポケットからメモ帳を出すと……。

「まじめか!」

 博士がお笑い芸人みたいに突っこんできた。
 どうしよう。本当にノリについていけない……。

「……ニコリともしないとは。さすがブルー、ぶれないな」

「創くーん。気づいて、たぶんひかれてるよ」

「まあいい。特別にゆっくり言ってやるから、しっかり覚えるように!」

 こうして、博士によるスパルタレッスンがはじまったのだった。


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