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第2話 博士と呪文。そして……(2)

  *  *

「イントネーションが違う! 手はこう! もっと聖女っぽさをイメージしてみろ!」 

(説明が、絶妙にわかりにくいんです……)

 って言ったら倍になって返ってきそうだし、そもそもそんな度胸はない。
 星影先輩はモニタールームだし、羽岡先輩も出かけちゃったし。二人きりはそろそろ限界だから、次で終わりにしないと……。

「『あまねく星の光よ。聖なる乙女に真の力を与えたまえ。セイレーン・パワー!』」

 超集中して呪文を唱えると、ついに七色の光が腕時計から溢れだした……! 光の波に飲み込まれて、すぐに視界が晴れる。

「成功だ! ほら、見てみろ」

「わ……」

 全身鏡に映った自分を見たら、疲れも吹き飛んだ。
 銀の飾りがついた学ランみたいな白い上下。紺碧こんぺきって表現が似合いそうな青いマントと、薄いゴーグル。どれも羽岡先輩と色違いだ。

(本当にすごい! 髪型まで変わってる!)

 ふわふわで、サイドがきれいに編みこまれてる。そこに宝石みたいにキラキラ光る髪飾りがついてて、すごく……すっごく可愛い……。

「パンツスタイルにして正解だったな。神聖な姫騎士ってかんじで最高だ! さすが俺!」

 コスチュームには、ユメクイの侵入を防ぐバリア機能があるとか、マントは飛べないとか。それっぽい口調で説明してくれてる博士には悪いけど、鏡から目が離せない。
 
 子どものころ、お姫様になりたかった。
 今だって、おとぎ話や可愛い洋服が大好きなままだ。

(こんな髪型ができるなんて……夢みたい)

「ちなみに、ヘアアレンジは天馬が考えた」

「え?」

「やたらこだわってたからな~。あとで見せてやるといい」

(そっか。先輩はヘアメイクアップアーティスト志望だもんね)

 すごく待たされたのか博士は呆れ気味だけど、手を抜けないってかっこいいと思う。アイテムの説明してくれてる博士も、すごく楽しそうだし。

(……いいな。私にも、なにか……)

「そうそう。変身を解くときは、『解除かいじょ』って言えばいいだけだ。ここまでは問題ないな?」

 いけない、ぼんやりしてた。

「はい。わかりました」

「オーケー。それじゃあ、次は戦闘マシンのレクシャーだ。気づいてないみたいだが、ベルトに小型銃が収納されてる。手に取ってみてくれ」

(! かっこいい……)

 銀色の銃だ。つる草の模様が彫りこまれてる。

「ふふん! 気に入ったみたいだな! 今、口元が微妙に動いた!」

(……そんなに分析されるとはずかしいんだけど……)

「舞子さんから射撃やってるって聞いたからな。これだったら、使いやすいだろ?」

 たしかに私は、小学一年生から射撃を習ってる。集中力を高めるのにいいからってお父さんが決めた習い事のひとつで、書道やそろばんよりずっと好きだ。
 だけど……。

「舞子さんって?」

「ああ、学園長のこと。俺、優馬……天馬の兄貴と親友でさ、舞子さんとも仲いいの」

(……なるほど。だから、学園長は博士をスカウトしたんだ。親しくないと、ユメクイなんて信じてもらえないもんね。羽岡先輩に「はじめくん」って呼ばれてるのも納得)

「そうそう。弾丸は全部で七発。超重要なことだから、しっかり覚えておけよ」

「わかりました」

「そんじゃあ、早速トレーニングに移るか」

 博士が壁のスイッチを押すと、ウィーンって音がして天上から射撃用の的が出てきた!

「この建物は防音対策バッチリ。それに、弾丸はユメクイにしか効かないからな。万が一人間や動物に当たっても、吸盤がついてるおもちゃの矢が当たったくらいのダメージしかねえから、思う存分……」

 カチッ

 聞き覚えのある、時計の針が動いたみたいな音が響きわたった。

(! 今のって……)

 勢いよく扉が開かれたかと思うと、星影先輩が顔を出す。

「ユメクイの暴走確認! 泉ちゃん、至急出動しよう!」

(やっぱり!)

「でも、まだ!」
「実践が一番のトレーニングだよ。――『天馬、至急出動をお願い。場所はセゾン・ロマネスク。目標は本館の地下』」

 ついさっき、モニタールームを見学してるときに受け取った耳かけタイプの超小型ワイヤレスイヤホンからも、星影先輩の声が聞こえてくる。

(セゾン・ロマネスクって、たしか学園で一番大きいレストランだ……)

「『了解。近い場所にいるから、先に向かってる』」

 ドクンドクン

 うるさい心臓の音にまじって、羽岡先輩のいつも通りの声が聞こえてきた。

(先輩は一人きりでも緊張しないんだ。私は、出動するって聞いただけでこんなに……)

「懐かしいなー。初出動のとき、天馬もこういう顔してたっけ」

 博士が呑気のんきに笑う。

「先輩も……?」

 詳しく聞きたい気もしたけど、そんな時間はなかった。

「博士、モニターチェックをお願い。他にも暴走があったら、至急連絡を」

「もち! まかせとけ!」

 ぐっと親指を立てた博士に見送られながら、星影先輩のあとについて階段を駆けおりていく。建物の裏にある駐輪場に停めてあったのは、羽岡先輩と色違いの白いオシャレ自転車だ。

「泉ちゃんの分はまだ時間がかかるみたい。今日のところはうしろにのって。すぐに出るよ」

「……っ、はい」

 覚悟を決めて荷台にまたがり、星影先輩の腰に掴まらせてもらった。
 羽岡先輩のスピードほどじゃないけど、景色があっという間に移り変わっていく。星影先輩のウエスト、見た目よりずっと太くてやっぱり男って感じだな……なんて考えて気を紛らわせてみたけど、だめだ。

 ドクン ドクン

(どうしよう。手が震えてる)

「初出動の時ね」

 風に乗って、星影先輩のやわらかい声が耳に届く。

「天馬、全然攻撃を当てられなくて……あの黒いもやのなかに飲みこまれちゃったんだ」

「……え」

「だから、ルールを破ってボクが戦った。なんとか引きずり出せた天馬が目を覚ましたときには、もう全部片づいてて。……ふふ、悔し泣きしてたよ。想像できないでしょ?」

 くつくつ笑うめぐる先輩。親しみがこもってるのがわかった。

(……羽岡先輩は、はじめから強かったわけじゃないんだ)

「『こちら天馬』」

 ワイヤレスイヤホンから、緊張感のある声が聞こえてくる。

「『現場は貯蔵庫だ。内側から鍵がかかってる』」

 スイッチを切り替えたみたいに、星影先輩が仕事モードになった。

「……まずいな。その感じだと、スペアキーはないんだよね?」

「『ああ。いかにも飾りですって感じの小窓しかついてないから、外から入るのも無理っぽい。……何かいい方法がないか探してみる』」

 通信が終わると、「最悪、壁を破壊するしかないか」っていう、とんでもないひとり言が聞こえてきた。

(いくら学園長公認だからって、そんな強盗みたいなまねしていいの……!?)

 青ざめる私なんておかまいなしに、自転車は速度を上げたのだった。


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