第1話 漫画みたいな話(3)
「ああそうだ、まずは『セッティング』をすませないと」
めぐる先輩はウエストポーチから銀色のツヤツヤした手袋を取り出して手にはめると、目を疑うような行動に出た。
床に倒れている丸山先輩をひょいと抱き上げて、ソファまで運んだのだ。自分よりずっと大きくて絶対にすごく重い先輩を……!
(……す、すごい怪力……)
めぐる先輩は涼しい顔で、今度は固まったままの美香先輩を同じようにもう一つのソファに横たえた。
二人も運んだっていうのに、驚くことに先輩は息ひとつ切れてない。なんなら、マネキンを運んでるように見えるくらい楽々って感じだった。
それにしても……。
(学園の平和を守るヒーロー部……。本当の話だったんだ)
あの黒い靄がいわゆるワルモノなんだろうけど、一体あれはなんだったんだろう。それに、羽岡先輩の変身とか、時間が止まってるとか……信じられないことが一気に起こりすぎて全然ついていけてない。
めぐる先輩は二人にブランケットをかけ直したあとで倒れていた白い丸テーブルとそろいの椅子を元通りにすると、私に微笑みかけた。
「おまたせ~。さ、こっちにどうぞ」
「……失礼します」
向かい合って座ると、めぐる先輩はすぐに口を開いた。
「自己紹介が遅れたけど、ボクの名前は星影めぐる。宇宙警察の新米刑事なんだ」
……。
「うちゅう、警察……?」
(うちゅうって、あの宇宙?)
「色々な星の住人で構成された、宇宙の平和を守る組織のことだよ。ああ、ちなみにボクは地球人ね。父親が月出身だからハーフだけど」
(お父さんが、月出身……)
「疑ってるな~? だけどこれ、しょーしんしょーめい本当の話だから。命賭けてもいいよ」
またまたご冗談を……って思ったけど、めぐる先輩――あらため、星影先輩の目は本気だ。
「信じてくれたみたいだね。というわけで本題に戻るけど……ボクは今、『ユメクイ』っていうエイリアンの対策本部にいるんだ」
その『ユメクイ』は微生物くらい小さくて、地球人や他の星の人たちの口から侵入して体内に住みつくらしい。 知能はなくて、生存本能のままに動いているんだとか。
(怖すぎるし、気持ち悪すぎる……)
話を聞きながら、ぞわっと体が震えた。
「ヤツらには、各惑星に拠点を作って繁殖していく習性があるんだけど。地球の……日本の拠点になっているのが、このはばたき学園だとわかったんだ」
(!?)
「どうして……」
「ユメクイが『夢見る力』を餌にしているからだよ」
(夢見る力――)
「基本的には、体内にいても害はないんだけどね。夢を諦めかけたときに、反動で暴走するっていうのがやっかいなんだ。……さっきの丸山先輩がまさにそう。あのまま放っておいたら、彼は心を失った無気力な人間になっちゃうところだった」
暴走したユメクイを止める方法は、ただひとつ。夢を追い続ける原動力……お守りみたいになっているもの――『キーアイテム』を浄化することらしい。
「さっきの例でいうと万年筆だね。天馬が穢れを払ったから、『心を支える力』を取り戻したってわけ」
ユメクイはまず、寄生主が心の拠り所を忘れるよう、不安とか焦りとかマイナスな気持ちでキーアイテムを汚して隠す。黒い泥玉みたいなものに包み込まれていたのは、そのためなんだとか。
「体内に入ったユメクイを消滅させるための薬を、今、本部で開発してるところなんだ。それが完成するまでは、さっきみたいに暴走を止めることでみんなの心を守っていくしかない。……ここまではわかってくれた?」
漫画みたいな話だけど、嘘をついているようには見えない。
「……とりあえずは……」
「よかった。あともう少しだけ、難しい話をするね」
星影先輩の話はどんどん進んでいく。
「宇宙警察は『派遣された星の住人たちを、自分たちだけで戦っていけるように育てる』ため、サポートに専念しなくちゃいけないんだ。だから、ボクにできるのは技術の提供とセッティングだけ」
「……セッティング……?」
「この端末で時間管理局に連絡して、時間を止めてもらうんだ。ようするに、スマホだね。宇宙仕様の」
星影先輩は、ウエストポーチから薄いカードのようなものを取り出した。
黒い靄が現れたあと、これを耳に当てて不思議な言葉を唱えていた先輩の姿を思い出す。
「時間が止まったら周りの人を戦いに巻き込まないように移動させて、時間が動きはじめたら、辻褄を合わせに徹する。セッティングっていうのは、そういう地味~な裏方作業のことなんだ」
先輩はさらに、ウエストポーチから銀色の手袋を取り出して見せてくれた。この手袋をはめると、時が止まっている人にかかっている重力を分散して軽々動かせるらしい。
ちなみに、時間管理局に連絡するときには特別な暗号(あの不思議な響きの言葉のことだ)を使わなくちゃいけなくて、手袋も訓練を積んだ人にしか使いこなせないらしい。
「……とまあ、細かい説明はこのくらいにして」
星影先輩はぽんと手を合わせた。
「さっき見たとおり、ボクの代わりにユメクイと戦ってくれてるのが天馬。泉ちゃんには、二人目のヒーローとしてサポートをお願いしたい」
理屈は理解できた。だけど、それとこれとは話が別だ。
(私にヒーローの素質があるなんて嘘。人違いだよ。あんなのと戦うなんて無理だし、それに……ヒーロー活動なんてしても、将来には繋がらない)
ごくり。
「わたし、弁護士になるためにこの学園を受験したんです。……ヒーローの素質なんて絶対にないし、ウソの合格だったとしても、入学できた以上は夢に向かって……」
「――それ、本心?」
聞こえてきたのは、静かなのにピリピリした声だった。
掃除をしていたらしく箒を手にした羽岡先輩が、怖いくらいまっすぐに私を見てる。
(私、なにか気に障ることを言っちゃった……? それとも、入部を断ろうとしてるから怒ってる……?)
なにも答えられずにいると、羽岡先輩は軽く目を閉じて息を吐き出した。
そして、もう一度私の目をじっと見た。
「弁護士は偽物の夢だって聞いてる。……だから母さんに選ばれたんだよ。夢がなければ、ユメクイが育つことはないだろ」
「……!」
(そうか。ユメクイからみんなを守るためには、夢のない私がぴったりだったんだ。だから、私は合格した。つまり……)
――ヒーロー部に入らないと、学園にいる資格がない。
(だったら……)
「……入部、するしかないですよね」
「ありがとう。天馬から聞いたかもだけど、掛け持ちはオーケーだから。自由にしてね」
私の暗い気持ちなんておかまいなしに、星影先輩がにっこり笑う。
「これからよろしくね。泉ちゃん」
差し出された手を、そっと握り返して……。
「ん?」
つい声が出た。
「どうかした?」
「あ……いえ、なんでもありません」
手を離すと、星影先輩は「そう?」って軽く首をかしげた。
(なんか、みょうに固くてゴツゴツしてなかった?)
「早速出勤表作るね。司法部に入部届を出しに行ったら、予定も確認してきてもらえる?」
(出勤表……)
「あの。私、ユメクイが暴走したときだけ参加するイメージで……」
「あ! ジャスト一時間。時間が動きはじめるよ」
カチッ
「ん……。……え、うそ、私寝てた!?」
美香先輩がガバッと起き上がった。
「疲れてたんだね。ボクが丸山先輩のカウンセリングをしてる間に眠っちゃったんだよ」
めぐる先輩がくすくす笑う。
「その丸山先輩もご覧のとおり。ちょうど来店予定もないし、ゆっくりしていけば?」
さっきまで怖い顔をしてたはずの羽岡先輩まで、にっこり笑ってる。
(二人そろって、すごい演技力……)
「はずかしい……。だけどありがとう。なんだか怖い夢見た気がするし、私もアロマ処方してもらっていい?」
「もちろん。それじゃあ、いつも通りカウンセリングからしていこうか」
(たぶん、ここの席を使うんだよね)
椅子から立ってそそくさと玄関の方に向かうと、眠ったままの丸山先輩が目に入った。すーすー寝息が聞こえてきてほっとしたけど、すぐに心配な気持ちになる。
(美香先輩は怖い夢って言ってたけど、丸山先輩はどうなんだろう……)
「ねえ、あの子もしかして新入部員?」
視線をぱっと上げると、美香先輩がこっちを見ていた。
「うん、アシスタントの夢咲泉ちゃん」
「泉ちゃん、か。わたしは二年の浜田美香。よろしくね」
美香先輩はすごく綺麗なのに気さくな人みたいで、にっこり微笑みかけてくれた。私はぺこりと頭を下げる。
「よろしくお願いします」
って挨拶してみたけど、私の声は小さいから。聞こえたかどうか……。
「で、泉ちゃんの夢は? 美容系? アシスタントって何するの?」
(う……)
怒濤の質問ラッシュに目が回りかけたけど、星影先輩がさらっと答えてくれた。
「泉ちゃんは法律に興味があるんだ。だから、顧問弁護士としてスカウトしたの」
(!?)
「ふうん……。って、なにそれ」
顧問弁護士っていうのは、会社やお店の困ったことを解決する弁護士のことだけど……。
「ほら。バレンタインのとき、二年のアヤちゃんと三年のマユ先輩がバトったでしょ?」
「あー、あの報道部まで来る大騒ぎになったやつね」
「そうそう。ああいうとき、難し~い法律の話を持ち出して、ちゃちゃっと解決してもらえたらうれしいなーって。ようするに、そういうこと」
(……)
「なるほど。それは名案かも。天馬くんが身を固めないかぎり、またいつトラブルが起きるかわかんないもんね。早く彼女作りなよ」
(恋愛がらみのトラブル解決!? 頭に血がのぼってる女子の相手なんて無理! 法律うんぬんの前に、私の話なんて聞いてくれるわけない!)
「いやー。今はいいかな。俺、まだまだ半人前だし」
あっけらかんと答えた羽岡先輩。罪な男がここに……。
「うわ、なにその余裕。さすが、モテる男は違うね」
美香先輩は羽岡先輩に白い目を向けると、私を見た。
「めぐるのファンも多いし、紅一点なんて大変だと思う。頑張ってね」
(?)
「……紅一点?」
「あれ? もしかしてまだ言ってないの?」
「ああ~」
星影先輩は顎に人差し指を当てて女子っぽいポーズをとったあとで、にぱっと笑った。
「すっかり忘れてた。ボクこう見えても男だから。よろしくね」
(……)
「ええっ!?」
「やった! 泉ちゃんの表情、ついにくずれたり!」
星影先輩が、憎たらしいくらい可愛い顔で呑気に笑う。
(この美少女が男……? ユメクイ……ヒーロー……恋愛トラブルの対応……)
入学初日にして、不安が多すぎる。
(ちゃんとやっていけるかな……)
私は大きなため息をつくと、がっくりうなだれたのだった。
◍┈⿻*.·◍┈⿻*.·◍┈⿻*.·◍┈⿻*.·
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