第1話 漫画みたいな話(2)
……。……ええと?
「あの。ここ……サロンなんですよね?」
おそるおそる尋ねてみると、めぐる(って呼ばれてた気がする)先輩はにっこり笑った。
「その通りだよ」
(だよね。ヒーローなんて聞き間違いにきまって……)
「だけど、裏では学園の平和を守るための活動をしてるんだ。秘密の組織って思ってもらえればいい」
私は固まった。
たぶん、無表情な顔がさらに無表情になって、能面みたいになってると思う。
(なに言ってるんだろう、この人……。……まさか!)
「あ。立ち話もなんだから、まずは座っ」
「結構です」
椅子を薦められそうになったたけど、私は入り口から動かなかった。
……私今、怪しい宗教団体に勧誘されそうになってるんだ。
うちがお手伝いさんを雇えるほど裕福だっていう情報をどこかから仕入れて、私を組織に入れたら資金源になるって思ってここに連れてきたに違いない。
「疑ってるねえ~。天馬、あれ持ってきて。引き出しに入ってる」
「へいへい」
羽岡先輩はテキトーな返事をしながら、木製のレジカウンターの後ろに回った。
なにやらごそごそしたあとで、私の前までやってくる。
「はいよ」
差し出されたのは白い封筒だ。表に学園のエンブレムが印刷されてる。
「これは……?」
答えてくれたのは、めぐる先輩だ。
「キミに渡してほしいって、ある人から預かったんだ。ボクたちの話を聞くかどうかは、中身を読んでから決めて」
(ある人って?)
とりあえず封筒から手紙を抜き出して開いた私は、言葉を失った。
『 一年C組 夢咲泉さん
入学おめでとう。
あなたには素質があると判断しましたので、ヒーロー部に推薦します。
二年後の春。あなたの胸に希望のともしびが宿っていますように。
はばたき学園 学園長
羽岡舞子 』
「……なんですか、これ……」
ご丁寧に、ヒーロー部って書かれた入部届まで入ってる。
「これで信じてもらえる?」
いやいやいや……!
「が……学園長先生のふりをして書類を作るなんて、バレたら大変なことに……」
「はい、ここで問題です」
羽岡先輩が、急に右手を顔の位置で挙げた。
「俺の名前は?」
「……羽岡天馬先輩、ですよね」
「ピンポーン。じゃあ、学園長の名前は?」
「羽岡……あ」
「そう。学園長は俺の母親」
(誰かに似てると思ったけど、学園長だったんだ! でも、そうしたらこの手紙が本物だってことに……)
ガラッ! カランコロンカランコロン!
けたたましい音がして、勢いよく玄関扉が開いた。
長い髪を巻いたきれいな二年生が、少し太めの男子生徒(ネクタイが緑だから三年生だ)を引っぱって入ってくる。
「めぐる!」
「美香ちゃん? どうし……」
「この人、前に話した彼氏の丸山先輩! 予約なしで申し訳ないんだけど、アロマの処方お願いしたくて!」
まるで早口言葉みたい。美香先輩は丸山先輩を無理やり椅子に座らせた。
(……何があったんだろう)
丸山先輩は肩ががっくり落ちてて、見るからに元気がない。
「わかった。急いで準備するから、ちょっと待ってて」
めぐる先輩の雰囲気が、ピリッとしたものに変わる。
テキパキと棚から瓶をとったり道具箱を開けたりしてる姿を見ながら、私は両手の指を合わせてそわそわ……。
どうしてなのか落ち着かない。これから、なにか起きるような……。
「嫌な感じがする」
私の心を読んだみたいに、隣に立ってる羽岡先輩がボソッと呟いた。
教室で場を盛り上げていたのと別人みたいに、眉毛をぎゅっと寄せて怖い顔をしてる。
「――もういいよ」
丸山先輩が、体中の空気が全部なくなりそうなくらい深いため息をついた。
「俺のことは放ってお」
「私がいつも元気なのはね、めぐるにカウンセリングしてもらって香りを創ってもらってるからなの! ほら、前にドラマのオーディションに落ちたことがあったでしょ? あのときも――」
「いいって言ってるだろッ!」
バンッ!
テーブルを叩いて、丸山先輩が立ち上がった。
異変が起きたのはそのときだ。
(え)
真っ黒い靄みたいなものが、丸山先輩の体を包み込んでいってる……! そこから腕みたいなものがニョキッと生えて――。
「!? 丸……きゃあ!」
まるでムチみたいにしなって、美香先輩に襲いかかった……!
「危ない!」
叫んだのはめぐる先輩だ。飛びつくように美香先輩を胸に抱いて、床に転がった。
そして。
「~~、~~!」
ウエストポーチからカードみたいなものを取り出して耳に当てると、外国語っぽい発音でなにか叫んだ。
プツン――。
(……? 今一瞬、目の前が真っ暗に……美香先輩!?)
先輩は、めぐる先輩に庇われたときの姿勢のまま床に転がってる。腕が伸びたままだし、開いたままの瞳なんてマネキンみたいにきらめきがない。
「天馬!」
いつのまにか別の場所にいるめぐる先輩が叫んだ。
「わかってる! ――変身!」
(変身っ!?)
羽岡先輩が右手を高く突きあげた。
制服の袖口から見えたのは、金の腕時計だ。その文字盤から、噴水みたいに七色の光が放たれた。
(眩しい……っ。本当に、何が起きて……)
目を開けた私は固まった。だって、羽岡先輩が本当に変身してるんだから!
金の飾りがついた、学ランみたいな黒い上下。背中には真っ赤なマントを羽織っていて、よく見ると目元は薄くて透明なゴーグルに覆われている。
キーン!
羽岡先輩は、ベルトについた鞘から剣を抜くのと同時に駆け出した。
向かう先には黒い靄。最初よりも色が濃くなっていて、包まれてるはずの丸山先輩が見えなくなってる。
ボコボコッ……!
マグマみたいに靄が破裂したかと思うと、人間そっくりな腕が何本も飛び出した……! そのうちのひとつが、こっちに向かってくる!
「ひっ!」
私はいつのまにか後ずさっていた。背中が壁に当たる。
(――もうだめ……っ)
ぎゅっと目をつぶると、全身に力強い風を感じた。
ザンッ!
何かを切り裂くような音が耳に届く。
おそるおそる目を開けると……黒い靄が雪みたいに舞い散っていた。目の前で、赤いマントが風に翻る。
羽岡先輩が庇ってくれたんだ。
「あ、りがとうござ……」
《俺には才能がないんだ。脚本家になんて、なれっこない》
私の声を遮って、暗い声が部屋中に響きわたった。頭がガンガン痛みはじめる。
(今の、丸山先輩……?)
「目を閉じて深呼吸しろ。自分は『夢咲泉』だと、強く意識し続けるんだ」
羽岡先輩は振り返らずにそう言った――かと思うと、まっすぐ駆け出した。靄の腕がいっせいに襲いかかる。
だけど先輩は怯まない。剣をふりかざして、次々靄を切り払っていく。
ガシャーン!
家具が倒れて、飾り棚から小瓶が落ちる。
パリン!
小瓶が割れた音に、また声が重なった。
《憧れだったのに。全否定された》
頭の中に、勝手に映像が流れ込んでくる。
ひげを生やした男の人が、手にした紙から視線を上げて肩をすくめた。
『丸山君、だっけ? 全然ダメだね。ありきたり。致命的におもしろくない』
『まだ高校生ではあるけど……進路を変えたほうがいいんじゃないかな? まあ、個人的な意見だから、無視してもいいけど』
はい、と資料が雑に返された。
(これ……もしかして、丸山先輩の記憶なの……?)
《美香が、女優デビューする作品は俺の脚本がいいって言ってくれた》
《だけど、あの人に認められなかった俺は……プロになんてなれない。致命的に……致命的に、致命的に! 叶いっこない夢なんだッ!》
弱々しかった声が大きくなって、現実の景色が戻ってきた。
ゴォオオオオオ!
全部の腕を切り落とされた靄が、羽岡先輩を飲みこもうと迫ってきてる。
「――ッ、先輩! 危ない!」
私は必死で叫んでいた。
だけど……嘘でしょ!? 先輩は、逃げるどころかマントでもやから身を守りながら、突進していく。
(無謀すぎる! 自殺行為だよ!)
「大丈夫。よく見てて」
青ざめた私の肩に、めぐる先輩がそっと手を置いた。
羽岡先輩をまっすぐに見つめる横顔は綺麗で、不安なんて一ミリも浮かんでない。
「見つけた!」
先輩が声を上げて、力いっぱい剣を振るった。風圧で靄が大きく揺れて、中から黒くて小さな球体がポーンと飛び出す。
先輩は力強く床を蹴ると、ちょうど頭上に浮かんだそれに剣を突き刺した。
ぎやああああああ!
耳を塞ぎたくなるような絶叫が上がる。
泥玉みたいな球体は眩しいくらいに輝いたかと思うと、光る蝶になって霧散していった。
(……綺麗……。……あ)
ふわりふわりと何かが降りてきている。目をこらしてみると、深緑色の万年筆だとわかった。
それを羽岡先輩が手のひらで受け止めると、ドサッと音を立てて、丸山先輩が仰向けに倒れた。身体を包み込んでいた靄は消えてる。
(……き、斬られたわけじゃないよね……? 血、出てないし……顔色もさっきよりいいような……)
「『解除』」
光に包まれたかと思うと、先輩は次の瞬間には制服姿に戻っていた。しゃがみこんで、万年筆を丸山先輩の胸ポケットにそっと入れてあげてる。
「これでもう大丈夫」
(すごく優しい顔……)
つい見入っていると、目が合った。先輩は立ち上がり、こっちに向かってまっすぐ歩いてくる。
「ほら」
そっと手を差し伸べられて、いつのまにか座り込んでたことに気づいた。
「……ありがとうございます。だけど、一人で立てますので」
「そう? ガラス片散らばってるから、足下には気をつけろよ」
羽岡先輩はなんてことない調子でそう言うと、お客さん用に準備されていたブランケットを手に丸山先輩のところへと戻っていった。
(……気遣いが細やか……。さすがサービス業志望の人は違うな)
そんなことを考えながら立ち上がると、めぐる先輩がやってきた。
「初日からびっくりしたでしょ?」
「……はい。とても……」
「びっくりついでに言うと、今、ボクら三人を除いた学園みんなの時間が止まってる状態なんだ。リミットは一時間。あと……二十分はあるね」
というわけで、と先輩はにっこり笑った。
「時間が動き出す前に、色々と説明しちゃおうと思います。しっかりついてきてね」
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