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第6話 パンドラの箱

●登場人物のおさらい

夢咲泉(ゆめさき いずみ):
はばたき学園の一年生。
生徒たちの夢を守るヒーロー部の一員で、表向きは部員たちが経営するサロン・エスポワールのスタッフとして働いている。
特技も趣味もなく自分に自信を持てずにいるが、最近ルームメイトへの誕生日プレゼントとして作ったオルゴールを褒められ、達成感を覚えた。
父親と同じ弁護士になるため、司法部にも所属しているが……。

羽岡天馬(はねおか てんま):
ヘアメイクアップアーティスト志望の二年生。明朗快活な人気者でモテ男。
ヒーロー部の一員で、泉にとっては直属の先輩のような立ち位置。

星影めぐる(ほしかげ めぐる):
ネイリストとアロマテラピスト志望の二年生。可愛すぎる女装男子。
ヒーロー部、そして宇宙警察の一員。

愛来(あいら):
声優志望の一年生。泉のルームメイト。


●用語のおさらい

はばたき学園:
部活動として職業訓練を行っている、特殊な高等学校。
全寮制で、敷地内はひとつの街のようになっている。

泉の手作りオルゴール:
パンチカード式と呼ばれるもので、手作りキットを使って作成した。
五線譜のようなカードに音とリズムを表す穴を開けて手回しオルゴールに通すと、音楽が流れる。

ウイング:
はばたき学園内で使われている通貨。
部活や学業に励むと、給料として口座に入金される仕組みになっている。

 手作りオルゴールを褒めてもらった数日後。
 私はそわそわしながら、サロンで雑用をこなしていた。レジカウンターの一角に、新しく作ったオルゴールが置かれているからだ。

『手作りオルゴール 手回し式。とってもやさしい音色です(350ウイング)』

 手書きの四つ葉のクローバーと丸い文字が可愛いラミネートカードは、めぐる先輩の手作りだ。出勤するなり「これ、使って」って手渡してくれたときはすごく嬉しかった。ちなみに値段は、安すぎない!? って先輩たちから言われつつ、私が書き込んだんだけど……。

(もっと値下げした方がいいかもしれない)

 レジカウンターに置いてあるから、会計のときには目につきやすい。実際眺めてる人は何人かいたけど、手に取ってくれる人はいなかった。
 今日のお客さんは、今羽岡先輩が対応してるあの人で最後……。

「こんな感じでどうかな?」

「うんっ。さっぱりしたしめっちゃいい感じ! ありがとうございます」

 鏡に笑顔で映ってるのは、クラスメイトの深見さんだ。
 来店したときには胸辺りまであった髪がショートボブになってて、かなり印象が変わってる。

(格好いいな……)

 似合ってるからっていうのはもちろんだけど、髪をバッサリ切るってこと自体が、清々すがすがしくて素敵に思える。
 私は、小学生の頃からほとんど髪型が変わってない。 
 似合わなかったらどうしようとか、変に注目されたら恥ずかしいとか、マイナスな気持ちが大きくなって踏み切れないのだ。美容室に行っても、毛先を整えるとか、前髪を少し切るとか、その程度のオーダーしかしたことがない。

(……あ、会計だよね)

 備品チェックしていた手を止めてレジカウンターに立つと、すぐに羽岡先輩に案内されて深見さんがやってきた。目が合うと、おしゃれな黒ぶち眼鏡の奥の瞳を細めて、微笑みかけてくれる。

「夢咲さん。本当にここで働いてたんだね。エプロン似合ってるよ」

「ありがとう」

(みんなの前で大々的にスカウトされたから、知られてるのは当然だけど……。ほぼ話したこともないのに、気さくだな……)

 深見さんは、やっぱりキラキラしていて眩しい人だ。

「カットとトリートメントで……二千五百ウイングです」

「はあい。……あ」

 財布を取り出そうとした深見さんの手が止まる。
 ドキッとした。
 だって、視線がオルゴールに向けられてるから……。

「オルゴール……へえ、可愛い。触ってもいい?」

「! も、もちろん」

「ありがとう」

 深見さんがオルゴールをそっと手に取った。ポロンポロン……ハンドルを回す速度に合わせて、やわらかな旋律が奏でられていく。
 聞きなじみのある賛美歌だ。木箱に彫られた羽根に合わせてこの曲を選んだ。

「……これ、買ってもいいんだよね?」

(!?)

「う、うん。もちろん」

「やった。それじゃあ、一緒にお会計お願いします」

 深見さんからオルゴールを受け取った瞬間、言葉にならない感情がこみ上げてくる。

(……っ、よかったね)

 オルゴールに心なんてないのに、この子が深見さんの元に迎えられることがすごく嬉しい。
 
 よかった。
 作ってよかった。
 喜んでもらえてよかった。

「お待たせしました」

 ラッピング用に準備していた箱にオルゴールを入れて、さらに手提げ紐つきの紙袋に入れて手渡すと、深見さんは「ありがとう」って嬉しそうな顔をしてくれた。 
 それを少し後ろから見ていた羽岡先輩が口を開く。

「そのオルゴール、泉が作ったんだ」

(えっ)

「……え? 泉って、夢咲さん……?」

「そう。夢咲泉の手作りオルゴールです」

 羽岡先輩が得意げに口角を上げて、深見さんが身を乗り出してくる。

「え~! なんで教えてくれないの!? すごいじゃん!」

「そんな……すごくな「こういうの好きなの? また作る? 商品として並べる?」

(深見さんっ、勢いがすごい……)

「う……うん。その予定……「取材させてくれない!?」

 鼻息荒く言われた台詞に、私は固まってしまった。

「……取材……?」

「そう! 『人気サロン・エスポワールの新たな魅力。癒やしのオルゴール』、かなりいい記事になると思うんだよねっ」

(そっか、深見さんってライター志望だったっけ……)

「いいじゃん! 受けてみろよ」

 羽岡先輩もはしゃぎ気味だ。だけど……。

(……制作キットを使ってるだけなのに、自分の作品って言っちゃいけない気がする……)

「夢咲さん?」

「……ごめんなさい。まだ自信が持てないから」

「そっかあ。残念」

 深見さんがしょんぼり眉を下げているのを見て、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

「……ごめんね」 

「そんなに深刻にならなくていいよ。取材受ける気になったら、いつでも声かけて。このオルゴール、大切にするね」

 深見さんはさっぱりした人みたいだった。にこやかに手を振って店から出て行く姿を見送りながらほっとする。
 そして、すぐにもやもやした気持ちが蘇った。

(……私の作品だって言えるようになりたい……)

 そのためには、どうすればいいんだろう。

(……手作り要素を増やしてみようか。……箱を作ってみる? 装飾を彫ってみるとか……。でもそれじゃあ、『手作りオルゴール』じゃなくて『手作りの箱』だよね。……あ)

 ――曲をつくってみるのは?

(……作曲の勉強なら資料はいくらでも見つかりそう。それをカードに起こしてオルゴールの曲として使ったら……)

 目の前がきらきら輝きだした気がした。


「なーんか、いいこと思いついたみたいだな」

「!」

(羽岡先輩がいたこと忘れてた……!)

「俺にも教えてよ」

 先輩が、悪だくみの相談をする子どもみたいにきゅっと口角を上げてる。
 秘密にする必要はないから言葉にしようとしたら、急に無謀なことのように思えてきた。

「……初心者にはかなり難しいと思うんですけど……」

「おー。いーじゃん。難しい方が燃えんだろ」

 当たり前みたいに言われてびっくりする。

「……羽岡先輩ってすごいですね」

「それ、褒めてる?」

「もちろんです」

「んじゃありがと。で? 話の続きは?」

「……作曲……してみようかなって……」

 思いきって言ってみると、羽岡先輩は目をキラキラさせた。

「めちゃくちゃいいな! それ!」

「そう……ですかね?」

「そうだよ! 自分が作った曲オルゴールにしたら、まさに唯一無二だな。かっけー!」

 子どもみたいにテンションが上がってる羽岡先輩を見ているうちに、自然と私の口元も緩んだ。

(不思議。なんだかできそうな気がしてきた)

 私はそわそわした気持ちでサロンの片付けを終えると、急ぎ足で寮に帰った。早く部屋で作曲について調べたい。
 
 こんなふうに前のめりな自分は初めてで落ち着かない。

(……曲ができたら、一番目に羽岡先輩に聞いてもらいたいな)

  

*  *

 曲作りをしようと決めた数日後。ついに愛来ちゃんの誕生日がやってきた。

 夕方。放課後のサロン勤務を終えた私は、寮の廊下を歩きながら、愛来ちゃんにプレゼントを渡す瞬間のイメージトレーニングをしている。
 愛来ちゃんが部活から帰ってきたら、タイミングを見計らって渡すつもりなのだ。

(今日も帰りが遅いだろうから、もたもたしないでサクッと渡そう。……きっと喜んでくれるよね? 楽しみだな……)

 だけど、そんな浮き足だった気分は自室に入ってすぐに消えていった。

 ビリッ! ビリッ!

 真っ暗な部屋に、紙を破いてるみたいな音だけが響いてる。

(……え……何?)

 物音を立てるのが怖い。私は鍵も閉められないまま、ドアの近くで立ちすくんだ。 

(……愛来ちゃん……だよね……? )

 前にサロンで聞いた会話が、自然と蘇る。
 愛来ちゃんがめぐる先輩に言ってたことだ。

『もうすぐ誕生日なんです。オーディションの合格を自分へのプレゼントにしたいなって思ってて……』

(もしかしたら)

 すすり泣きが聞こえてきて、予感が確信に変わった。

(愛来ちゃん、オーディションに落ちたんだ。どうしよう……気づかないふりした方がいいのかな? それとも……)

 ドクン ドクン

 自分の心臓の音がやけに大きく聞こえてくる。
 電気もつけられないまま、必死に考えて、考えて……。だけどやっぱりわからなくて、ぎゅっと目をつぶる。
 すると、羽岡先輩の顔が浮かんだ。

(先輩だったら、きっと……)

 震える手でそっと窓のカーテンを少しだけ開ける。
 月明かりが部屋の中に差し込んできた。

 ゴクン……。

 唾を飲んで、深く息を吐き出す。

(まずは誕生日をお祝いして、オルゴールを渡して……)

 生活空間を仕切る、閉めきられたままのカーテンをしっかり見つめた。

「――あの。愛来ちゃん、ちょっといい?」

 じっと返事を待っていると、しばらくしてかすれた声が返ってきた。

「……なに?」
 
「今日、誕生日だよね? もしよかったら、お祝い――」
「やめてよっ!」

 ジャッ!

 カーテンが乱暴に開かれた。
 愛来ちゃんは、薄暗くてもわかるくらい真っ赤な目で私を睨みつけてる。

「誕生日なんてどうだっていい! わかるでしょ? わたし、ダメだったの!」

「……っ」

 部屋中に散らばるビリビリに破かれたプリントが、月明かりに照らされて寂しく光っている。 

 何も言えない。言えるわけない。

「……いつも無口なくせに、どうして黙っていられないわけ? それに、泉ちゃんになぐさめられたって全然嬉しくない」

「!」

「サロンの雑用なんてしてる暇があったら、法律の勉強したらどうなの? 最近は帰りも遅いし……図書館に行ってるのかなって思ってたけど、深見さんからオルゴール作ってるって聞いてゲンメツした。……本気で努力してない人に、わたしの気持ちなんてわかりっこない!」

 喉が熱くなって、目の前の景色がにじんでいく。

(泣いちゃだめ……。愛来ちゃんは、なにも間違ったことは言ってない)

 ヒーロー部の活動とオルゴール作りに夢中になって、本当にしなくちゃいけないことを忘れてた。基本は自習っていう言葉に甘えて、司法部にはずっと顔も出してない。

「……ごめんね」

「謝らなくていいよ。だから、もう話しかけてこないで」

 愛来ちゃんが、冷めた目でカーテンを閉めた。
 ちょうど、準備しておいたプレゼントが目に入る。赤いリボンのラッピングが、ひどく浮いて見えた。

(……こんなもの……!)

 ゴミ箱に捨てようとした手が止まった。

(渡してあげられなくて、ごめんね)

 愛来ちゃんに喜んでもらいたくて作ったオルゴールが、過去の自分が、可哀想で仕方なくて。ぽろぽろ涙があふれて止まらなかった。


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