コンビニが世界の全ての私が恋に落ちるまで【5分で読める短編小説(ショートショート)】
高校を卒業後、都内のアパレルに勤務した私は、月50時間を超えるサービス残業と上司によるパワハラに耐えられず、わずか半年で退社した。
次の就職先が見つかるまでの「繋ぎ」として、コンビニでアルバイトを始めたけど、何もしないうちにあっという間に一年が経過してしまった。
自宅から徒歩3分の距離にあるコンビニ。出勤時間の30分前に起き、5分前に家を出る。昼の1時間休憩では50分自宅で過ごし、その内30分は昼寝をしている。
自宅とコンビニを往復するだけの生活に化粧もオシャレも必要なく、気が付いたらOL時代より5キロ太ってしまった。
もちろん、彼氏はいないし、1年以上異性と出かけていない。
最後に男の人と二人で食事したのは、OL時代、先輩社員と偶然仕事の帰りが重なり、駅前のファミレスへ行き、お互い愚痴り合って2時間ほどで解散した。ただし、正確にはアレを「男の人との食事」に分類していいのかは分からない。
食事だけでなく、異性との会話はバイト仲間の高木君(大学生)と店長(妻子持ちの50代)、そして業者のドライバーとお客さんくらい。
そんな彼らとの会話の内容は、当然業務的なことであり、それを「異性との会話」に分類していいのかどうかは定かではない。
「レジ袋、有料ですがどうされますか?」
「小さいの1枚もらえますか?」
「1枚5円になります」
「あれ?木下さん?」
まさか!?こんな所でOL時代の常連客に出会うとは・・・しかも、私が密かに憧れていたお客さん。
「野村さんですか?お久しぶりです!どうして?」
「実は最近、この近くに引っ越してきたんですよ」
一年間、堕落した生活を送っていた自分を悔いた。
「突然、辞めちゃって寂しかったんですよ。でもこうして出会えて運命感じちゃうな~」
「すいません、色々とあって・・・」
「なんか、雰囲気変わって最初分からなかったですよ」
一年間、堕落した生活を送っていた自分を呪った。
「じゃ、お仕事頑張ってください。また来ますね」
「はい、ありがとうございました」
まさか、憧れの人に5キロ太った上に化粧もしないでコンビニでバイトをしている姿を見られるなんて。これは神様の悪戯?それともご褒美?
でも、これまで、あのブラック会社に対し、恨んだことしかなかったけど、今はあの会社に入社しなければ今日の再開はなかったと心から感謝している。
それ以来、ダイエットを開始し、バイトの時でもメイクやオシャレをするようになり、世界がキラキラと輝いて見えた。
野村さんはほぼ毎日、会社帰りにビールを買いに来る。
だから私も平日はなるべくシフトに入れてもらうようにしている。毎日の一言二言の会話が楽しくって仕方がない。
仕事をしている時も休みの時も気が付いたら野村さんのことを考えている。
「お疲れ様~。チケットお願いします」
いつものようにビールと柿ピーを手にレジにきた野村さんは、ネットで購入したコンサートのチケット引換券を差し出してきた。
レジの後ろにある機械で発券した瞬間、心臓が止まった気がした。
「12月24日、クリスマスコンサート2021、2枚。こちらでお間違えないでしょうか?」
抑揚のないロボットの様な声で義務的に尋ねた。
「はい、間違えありません」
間違えろよ!心の中でツッコンで私の独りよがりは見事に終了した。
「もし良かったら一枚、貰ってくれませんか?」
「えっ・・・」
この瞬間、憧れが恋に変わった。
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