森の浮舟
地球建築家11-1 吉村順三
私は、私大文系学部を卒業し、全くはたけ違いの建築設計の道へと進んだ。
建築の世界に飛び込んで間もない頃は、いわゆる「スター建築家」が大好きだった。雑誌を彩るかっこいいプレゼンテーションを眺めては「自分もこんな風になるんだ!」と息巻いていた。
しかし、1年ほど経ったある日、突然魔法が溶けたかのように、スター達に興味がなくなってしまった。
その理由は二つある。
一つ目は「スター建築家」は雑誌を始めとしたメディアが儲けるために作り出されるということに気づいたことだ。それで一気に熱が冷めた。もちろん、本物のスターもいるが、偽物の方が多かった。
二つ目の理由は、スター建築家は巨大な建築ばかり設計していて「人間が置き去りにされている」と感じたからだ。
スターはでっかいものを派手につくらないと雑誌映えしないからしょうがないといえばしょうがない。
しかし、巨大な建築は胸に詰まるし、人間のスケールからかけ離れている。
日本には「向こう三軒両隣」という言葉があるように、建築をつくるときにもそれくらい周りとの調和を意識していた。
そんな周りとの調和など意識にすらなく、敷地の中で自己主張ばかりする建築を見れば見るほど虚しくなってきたのだ。
そんな時に知ったのが、日本を代表する住宅作家の吉村順三だった。
吉村順三は「教育者」としても有名で、吉村順三事務所からは数多くの日本を代表する住宅作家達が巣立っていた。
「気持ちのいい建築がいい」という吉村の名言がある。これ以上ないシンプルな言葉だ。
代表作である「軽井沢の山荘」を見れば、吉村が考える「気持ちがいい建築」をすぐに理解できる。
この建物は、リビングが2階の高さにあって、コンクリートの壁で持ち上げられている。
これだけ綺麗な場所である。普通だったら「平家を立てていい感じに窓を取ればいいでしょう」となってしまいがちである。
しかし、さすが吉村先生。あえてリビングをこの高さに持ち上げた。
あたかも森の中にいるような感覚で、美しい森を楽しむことができる高さに2階の床レベルが設定されている。
ああ、あのソファに座りたい。
こんな風に「木の上の家って気持ちいいだろうな」という感覚は万人に共通している。
その「気持ちいい」をとことん追求した上で生み出されたのが、この森に浮かぶリビングである。
人間の第一義的な欲求はいつの時代も変わらない。
これからの時代は空間の「気持ちのよさ」が再び求められる時代になるのではないかと感じている。
吉村の建築が見直されることを心から期待している。
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