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脳神経内科医がヘルステックスタートアップに転職したら

5月1日からAI問診を中心としたヘルステックスタートアップのUbie (https://ubie.life/) に入社しました。医師から民間企業、しかもスタートアップへの転職は比較的珍しいと思うので、自分なりの考えやこれからの可能性について書きたいと思います。

この記事を読むことで、私が得意とする脳神経内科とは何なのか、なぜUbieに入社したのか、Ubieで何をしたいのかがわかると思います。

自己紹介

 私は中学2年生の時から家族の都合でフィンランド、米国に在住していました。そのまま米国シアトルにあるUniversity of Washington (理学部、分子細胞生物学) を2008年に卒業し、帰国。アップルジャパン株式会社での勤務を経て、琉球大学医学部に入学しました。初期研修を沖縄県立中部病院で経験し2018年4月から亀田総合病院脳神経内科に入職しました。同年から亀田総合病院卒後研修センター長補佐も兼任し、臨床だけでなく研修病院における研修医の医学教育にも力を入れました。2021年には国立循環器病研究センター脳血管内科で超急性期脳卒中診療を行っていました。

 総合内科の視野を持ちながら脳神経内科領域、特に脳卒中を専門としていますが、神経免疫疾患、認知症を含む神経変性疾患、頭痛、てんかんなど幅広く診療しています。Ubie入社後も非常勤で亀田総合病院、東日本橋内科クリニック、沖縄県立中部病院で臨床と教育を続けています。

脳神経内科って何をするの?

 脳神経内科、神経内科、精神科、脳神経外科などなど、脳や神経にかかわる科が多すぎて患者さんからしたらどこに相談したら良いか難しいと思います。まず、脳神経内科=(イコール)神経内科と考えて大丈夫です。

脳神経内科は脳、脊髄、末梢神経、筋肉までの一連の通り道で発症した内科的病気を扱います。対して脳神経外科は特に脳で手術が必要な場合に対応します。精神科は脳や脊髄には特に問題はないが、心の病気、例えばうつ病などの気分障害などをカウンセリングやお薬で治療する診療科になります。

 脳神経内科の領域というのは他科の医師からみると難しい・苦手と考えられている科の一つかもしれません。手の痺れ一つとっても、脳、脊髄、末梢神経のどこが障害されても出現しえます。これは、脳神経という組織は全身にはりめぐらされており、どこが病変なのか探すことが難しいからかもしれません。

だからこそ先人たちは、話を聞いて神経診察を詳しくすることで、「この症状はここが原因なんだな」という職人技的な技術を代々伝承してきました。医療業界では、これをアートと言ったりします。つまり数値化できるサイエンスと対極にあるわけですね。

 この「職人技」をすごく大事にしている診療科の一つが脳神経内科で、「医療xIT」から一番かけはなれたアートだからこそ、ITと合わせた時の化学反応がすごいのではないかと勝手に想像しています。また、問診や病歴を重んじる科なので、AI問診と組み合わせることで脳神経内科疾患の診断効率を劇的に上げるポテンシャルを秘めていると思っています。

ニューラルネットワークと生物の神経細胞の関係

 ニューラルネットワーク(NN)は機械学習のモデルとして使われることが多いですが、実は文字通り生物の神経(ニューロン)に由来しています。ニューロンはシナプスを経由してシグナルを受け取り、細胞体で処理して次の複数の神経細胞へ出力します。それをモデル化したのがNNというわけです。NNでは学習を繰り返すことで、出力の重み付けをすることができ、機械学習のモデルとして利用されています。

つまりよく利用される回路はどんどん「太く」なっていき、その回路が使われやすくなるわけですね。人間を含む生物ではどこまでNNの概念と類似しているかは議論が分かれていますが、少なくともある程度のヒトの神経回路は解明されてきています。

 比較的シンプルな経路は「錐体路」で、いわゆる運動神経の通り道です。脳の中心前回という場所が出発点で、大脳基底核を通り、延髄で交差して(だから左の脳梗塞で右手足が動かなくなる!)、脊髄前角で別の神経に乗り換えて、末梢神経、筋肉まで続きます。このように1本の道で説明できるものもあれば、Cの図のように複数の神経と神経核が絡み合って制御している「錐体外路」という系もあって、複雑です。他にも記憶や感情をつかさどる回路もあり、どこが壊れるとどういう症状が出るのかある程度はわかってきています。

ニューラルネットワークを用いた多層パーセプトロンの模式図 (Wikipediaより)


ニューロン(神経細胞)の模式図 (wikipediaより)
人間の運動を調整する錐体外路のネットワーク (https://www.brainkart.com/article/Extrapyramidal-Motor-System_14924/)


 じゃあ、「そこが病気になればこういう症状があるはずだよね」って予想できそうですが、人間の体はそんなに単純ではありません。つまり頭のMRIを撮影して、左の前頭葉がの特定部位が障害されたからといって必ず全員に喚語困難(失語の一種で頭に浮かんだ言葉が出なくなる症状)がでるわけではないんです(出やすいですけど)。つまり、問診と診察をして症状・症候を確認することが一番大事で、その次のステップとして画像検査で答え合わせをして確定します。

 何が言いたいかというと、問診、大事です。問診から分かる情報は画像や様々な検査以上に重要な情報を秘めている可能性があり、AI問診により今まで医師が気づかなかったようなお宝が隠れている可能性があります。だから脳神経内科xテックはアツいと感じているのです。

なぜUbieに入社したのか。Ubieでしかできないことは何か?

 Ubieに入社した理由はいくつかありますが、大きく2つあります。

 1つは自分のライフワークとして「医療(脳神経内科)x テック x 教育」があったからです。前職では医療 x 教育を存分に味わうことができましたが、「テック」が抜けていました。もともとアップルでの勤務経験があるだけでなく、テックやガジェットが好きな、いわゆる”Geek”であり医療 x テックの可能性にはずっと興味がありました。

 前職に限らず、多くの病院ではテックとは真逆な事が行われています。電子カルテこそありますが、GUIは酷いものですし(人間が機械に合わせて使っている感覚)、書類はすべて紙ベースです。診断書によっては複写式の紙に手書きをさせられます。病院間のやり取りはFAXを使い、お薬手帳は紙ベースで、手打ちでカルテに入力していきます。時代遅れで非生産的な労働環境に誰一人疑問を持たず、誰も変えようとしていませんでした。

2020年頃、「医療 x テック x 教育」を実現できる環境はないか、と探していた時に偶然facebook経由でUbieの医師に声をかけてもらいUbieの存在を知りました。最初は業務委託という形でUbieでの勤務を開始し、そのうちUbieのビジョンや戦略に共感していきました。

 Ubieはただ単にAI問診エンジンを作っているだけの会社と当初は思っていたのですが、実際はそれを取り巻く患者、医師、医療機関(診療所、病院)、製薬会社等を繋ぐ役割、リエゾンをしているんだなということがわかりました。

 そして、お金はあるところからいただく、つまり患者には金銭的負担を負わせない事にも共感できました。Patient Journeyという患者の受診前から受診後までの一連の流れを考え、患者を適切なタイミングで適切な医療機関へ導くことは予防医療の観点だけでなく、医療経済的な面でも非常に好ましいと思いました。自分のやりたいフレームワーク「医療 x テック x 教育」とUbieのビジョンが自分の頭の中でフィットした瞬間に入社を決めました。

 入社した理由の2つ目は、前職で勤務をしていたときに感じていた、Unmet medical needs(UMN)を解決したい、Ubieでならできそう思ったからです。詳しいUMNの内容については次のセクションで詳しくお話しますが、このまま脳神経内科医として淡々と運ばれ続ける脳梗塞患者の治療を続けることよりも、病院来院前(pre-hospital)の段階でできることがたくさんあることに気付いたからです。

私が考える脳神経内科領域でのUnmet Medical Needs とそれを解決するためにどうUbieがかかわるのか

 臨床医として働いているときに一番感じたUnmet Medical Needs (UMN)は脳卒中、特に脳梗塞の領域です。脳梗塞は脳に流れている血管が詰まってしまい、脳細胞が死んでしまう病気です。結果として手足が動かない、言葉が出ない等の後遺症が生じます。リハビリで少しは改善はしますが基本的には治らないのが脳梗塞の難しいところです。

実際、日本における死因の第4位要介護の原因第1位が脳梗塞を含む脳血管障害です。つまり、命に関わる病気であると同時に、仮に命は助かっても寝たきりになりやすいという怖い病気なんですね。

 そんな脳梗塞もここ10年の劇的な医療の進歩で少しずつ治りうる病気に変わりつつあります。「治りうる」と表現しているのは、発症してから超急性期治療ができるまでにタイムリミットがあるからです。血栓溶解療法(rt-PA静注療法)は発症から4.5時間以内、血栓回収療法は発症から8時間(条件によっては最大24時間まで)であれば治療可能です(実際は検査の時間が1時間程度必要なので、もっと早く来院してほしいですが・・・)。

このように早く来れば治療できるとを知らず、ゆっくり病院に来て本来受けれる治療を受けれない患者さんが多いという現実があります。発症(Onset)から来院(Door)の時間をOnset to Door (O2D)と表現するのですが、このO2Dをいかに短くするかが私の感じる1つめのUMNです。

 亀田総合病院は南房総(千葉県南部)のほぼ唯一の一次脳卒中センターです。亀田総合病院がカバーする地域は半径10-15km圏内で山道が多く高速道路ががなく搬送時間は最大1時間かかります。この地域で発症した脳卒中はほぼ全て亀田に運ばれるわけで、発症場所の距離とO2Dが相関していると当然予想されますが、実際は違います。

 2019年度に脳梗塞で来院した患者をO2Dと移動距離でプロットしたグラフを示します。時間と距離の相関はなく、距離に関わらず早期に来院する人はしますが、来ない人は来ない事がわかります。

2019年度に脳梗塞で来院した患者をO2Dと移動距離でプロットしたグラフ
(亀田総合病院、原瀬ら)


患者様にヒアリングをすると「様子を見ていた」「勝手に良くなると思っていた」「そんな治療法知らなかった」等、脳卒中に対する知識不足が主体で患者様と医療従事者の知識の不均衡を体感しました。

 では、UbieがこのUMNにどう介入できるのか、どうやってこのUMNを解決するのか、です。先程も書きましたが、UbieはただのAI問診エンジンを作っている会社ではありません。Ubieのミッションの一つに「テクノロジーで適切な医療へ案内する」があります。「適切」というところがミソでこれは患者様を適切なタイミングで適切な医療機関へ案内します。

 今回の例でいうと、患者様が症状検索をすると「すぐに」「一次脳卒中センター」へ案内されるというわけです。こうすることで、様子を見て待っていたり、どこに行ったら良いかわからず脳卒中が対応できない病院を受診してしまう等のO2Dが伸びてしまう行動が抑制されます。

 さらに言えば、患者様の既往歴や薬剤歴等が共有されていたり、救急車内で救急隊が同じアプリでバイタルなどの情報を共有したりと色々な未来が見えてきます。もちろん高齢者はスマホ持っていない等解決すべき課題はたくさんありますが、まずやってみる、やりながら考える、というのがスタートアップの良いところだと思っています。

もちろん自分自身が感じているUMNだけでなく、Ubie全体としてチャレンジしているUMNについても一緒に解決していきたいと考えています。

最後にUbieのプロダクトを紹介させてください。
ユビーAI問診
紙の問診票のかわりにタブレットやスマートフォンを活用した、医療機関の業務効率化を支える問診サービスです。
症状検索エンジン「ユビー」
生活者の適切な医療へのかかり方をサポートする受診支援サービスです。こちらはUS版も提供しています。
2022年にはUS版もローンチしました(2023年3月追記)


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