【短編小説】正月の福引きで、デスゲームのゲームマスターに当選してしまった

 正月の商店街の福引きで、デスゲームのゲームマスターに当選してしまった。
 俺はどこからか現れた謎のリムジンに乗せられ、目隠しをされて連れ去られた。そして気がつくと、壁一面に無数のスクリーンが設置された広い部屋に閉じ込められていた。
 
「お待ちしておりました、鷹富士たかふじ様」
 無数のスクリーンを前にして俺がぽかんとしていると……パンツスーツ姿の真面目そうな女性が声をかけてきた。この謎の部屋には俺と彼女、2人しかいない。
「私は助手の茄子原なすはらです。よろしくお願いします」
「あ……ああ。よろしく……」
「すでに説明があったかと思いますが、鷹富士様にはここでデスゲームを取り仕切っていただきます。参加者はすでに集まっています」
「参加者って、あの人たちか?」
 俺はスクリーンの方を見た。壁一面に並んだそれらのうち、一つだけはオンになっており、どこか別の部屋の様子を映し出していた。
家具が何もないその明るい部屋には、若い男女が集められている。
 
「はい。あの8人が1人になるまで、ゲームを続けていただきます」
「8人……」
 茄子原の言う通り、スクリーンに映っている男女は合計8人。おそらく部屋の天井に監視カメラが設置されているのだろう。彼らは不安そうな顔で、時々こちらにチラリと視線を向けた。
 8人。
 なんかデスゲームものでありそうな人数だ。
 
 遊びでも冗談でもドッキリでもなく、俺は本当にデスゲームのゲームマスターになってしまった。最悪だ。こたつでお雑煮でも食べてのんびり駅伝を見たかったのに。
「勘弁してくれ。俺は正月から殺人なんてしたくない。家に帰してくれないか」
「そういうわけにはいきません。ゲームマスターに選ばれたからには、ゲームを進めていただかなければ。ゲーム開始前にまず、最初の犠牲者を選んでいただきます」
「最初の犠牲者!? そういうのって、ゲームで決まるんじゃないのか!?」
「これが遊びではないと示すために、ゲームの前に1人殺します」
「なんたる理不尽……」
 目の前が真っ暗になっていくような感覚。これでは「全員がゲームをクリアすること」を祈ることもできないではないか。確実に1人は死んでしまう。
 
 なんとかしなければ。こういうときはどうすればいいか。時間を……そう、とりあえず時間を稼ぐべきだ。その間に警察が気づいてくれるかもしれない。
(大丈夫だ、時間稼ぎなら古典的手法がいくつもある)
 俺は素早く脳を回転させ、記憶の箱をひっくり返して知恵を絞った。死を先延ばしにする物語は、古今東西にたくさん存在する。たとえば……そうだ、『アラビアンナイト』を思い出せ。物語を話し、時を稼ぐのだ。
 
「む……むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました」
「え」
「おじいさんは山に柴刈りに、おばあさんは川に洗濯に……」
「なぜ急に日本昔話を……?」
 俺が語りはじめると、茄子原は困惑した。よく分からないが、効いている気がする。このまま畳みかけるべく、俺はお話会を続けようとした。
「おばあさんが川で洗濯をしていると、なんと川上から……」
「お、大きな桃が流れてきたのでしょう? その物語は知っているので話していただかなくても大丈夫です」
「え」
「さあ、早く最初の犠牲者を選んでください」
 茄子原は冷静な口調であっさりと言った。
 いかん。
 たしかに『アラビアンナイト』をなぞるのであれば、物語が夢中になるくらい面白いことが大前提だ。残念ながら、それほどのトーク力は俺にはない。俺がシェエラザードだったら一夜目に殺されて終わりである。
 
 では、別の手を考えろ。
 死を先延ばしにする古典……そう、『ヘンゼルとグレーテル』を思い出せ。
 俺は素早く、室内に視線を走らせた。すると、モニターを操作するための制御卓の上に、ボールペンが転がっていることに気がついた。俺はさっそくそれをつかんで、茄子原に差し出した。
 
「……? このペンがどうしたのですか?」
「あそこに映っている人たちの指の太さが、これくらいだとしよう」
 自分でも自分が何を言っているのかよく分からなかったが、とにかく俺はしゃべった。時間を稼がねばならない。少しでも殺人を遅らせるのだ。
「それが、2倍くらいの太さになるまでごちそうを食べさせる」
「ごちそうを? なぜですか?」
「いや、太らせてから食べようかと……」
「ええ……殺したあと食べるつもりなのですか……?」
 茄子原は露骨な嫌悪感をあらわにして俺を見た。デスゲームのスタッフにドン引きされている。稀有な体験だった。
 
「そう、だから犠牲者を選ぶのは少し待ってくれ。太らせてから食べた方がおいしいに決まっているだろう?」
「ダメです」
 茄子原はばっさりと却下した。息が苦しくなってくる。人食い魔女作戦もダメとなると、もはや打つ手はないのではないだろうか。
 
(落ち着け……デスゲームものでは、何かルールに穴があったりして、とっさの機転で危機を脱することもあるじゃないか。何か……まだ何かあるはずだ……)
「そ、そうだ……! 犠牲者は名指ししないといけないのか? たとえば、俺が直接選ぶわけじゃなくて、選び方を決めるとかは?」
「選び方、ですか」
 茄子原は、手に持っていた冊子をぱらぱらとめくった。おそらくデスゲームのマニュアルだろう。彼女はそれをしばし眺め……やがてうなずいた。
「ええ、かまいません。最初の犠牲者1名が決まる方法であれば、あみだくじでもルーレットでも、ご自由に。ただし、あの部屋にいる8人が参加するやり方はNGです。あくまでもゲームの前の見せしめとしての犠牲者ですので」
 
(そうか、これだ……!)
 説明を聞きながら、俺は頭の中で情報を整理し、作戦を立てた。
 やはり、ゲームの開始前であるというのがポイントだ。この選択を先延ばしにすればゲームは始まらない。
「ではこうしよう。来年の商店街の福引きで、俺ではなく新しいゲームマスターを選ぶ」
 俺は人差し指を立て、自信を持って提案する。デスゲームの開始を――参加者たちの死を後回しにする方法を。
「最初の犠牲者は、その新しいゲームマスターに決めてもらうことにしよう」
「1年後まで待つのですか?」
「そういうことだ。ゲーム開始前の犠牲者が確実に選ばれればいいんだろう? ルール的には問題ないはずだ」
 
 とりあえず1年延びた。その間にここから逃げ出し、警察に通報する。もし逃げることができなかった場合、1年後にやってくる新しいゲームマスターにも同じ作戦をとるように頼めばいい。デスゲームはまた1年延期。これを繰り返せば、とりあえずデスゲームは永遠に開催されない。純粋に、ここから逃げ出す方法を探すだけでよくなるのだ。
 
 我ながら完璧な作戦だと思った。
 こんな最悪な景品をもたらしたのが誰なのか――黒幕がどこのどいつなのかは分からないが、とにかくなんとか脱出し、警察に突き出してやろうと思った。
 
 しかしながら。
 
「そうですか。あなたもまた、そのやり方を選ぶのですね」
 茄子原はため息を吐いてそう言った。心の底から残念そうに、首を横に振る。
「え? 俺もまた? いったい何のこと……?」
「あいにく、説明の時間はありません。いえ、必要もないかもしれません」
 彼女は悲しそうな表情で、ポケットからリモコンを取り出し……ボタンを押した。
 
 ガコンッ
 
 そのとたん、俺の足元の床に穴があく。一瞬のことで、どうすることもできない。俺はなすすべもなく穴に落下した。
 
「おわあああああああああああ!?!?!?!?!?!?」
 穴は垂直に続いているわけではなく、滑り台のように曲がっていた。高速で滑り落ちていくため尻が焼けそうに熱くなる。俺は真っ黒い穴を、泣きそうになりながら猛スピードで突き進み……。
 
 ドサッ
 
「ぐえ……!?」
 いきなり、明るい場所に投げ出された。冷たい床の上を転がってから、俺はなんとか体を起こす。
 がらんとした明るい部屋だった。家具はなく、ドアが1つと、天井付近にある監視カメラがあるだけだ。体育館を小さくしたような印象の空っぽの部屋には、俺の他に8人の男女がいた。
 
 そう、8人である。
 みな、あのスクリーンに映っていた者たちだった。
 
「え……これはどういう……?」
「はぁ。今年もまた1人増えたわけか」
「これで1年間は命が保証されたわけですね」
「安心して。ここは出口がないけど、あのドアの向こうに生活スペースはあるから。ご飯とかも食べられる」
「できれば先延ばしじゃなくて、ここを出る方法を考えてほしかったぜ」
「そんなこと言わないの。……ありがとね、最初の犠牲者を選ばないでくれて」
「え……え……?」
「最初は5人でしたが、けっこう増えましたな」
「これからは9人か。また掃除当番を決めないとな」
「あんた、名前は? 食事のアレルギーはあるか?」
 
 8人の参加者たちが好き勝手にそんなことを言う。少しずつ、俺にも自分の置かれた状況が分かってきた。
 俺は8人に囲まれたまま、茫然として監視カメラを見上げた。その向こうにいるであろう茄子原の姿は、当然、俺の目には映らない。
 
 デスゲーム開始の日を待ち震える1年間が、こうして始まったのだ。