香山の4「シロツメクサ」(07)

 メールの受信ボックスに見慣れぬアドレスを見つけて、さらに内容を読むと私はしたり顔をした。メールを読むと、フリック入力に込められた殺意と焦燥が伝わってきた。
『憎たらしい女Kを殺したい。どうすればいい?』
 殺害、傷害の相談をしてくる人間はほとんど痴情や借金を契機としていた。
 石橋を叩いても渡らない私は決して、顧客に対して自分の素性をさらす真似はしなかった。ぎりぎりまでメールで連絡を取り、それがどうしても叶わぬ場合のみ私は顧客の前に姿を現した。そして、それほどまでに一つの可能性に執着する理由などありはしない。私がその男にメールで請負殺人の話を出し、一人であれば一千万円と、別途費用を請求する旨を伝えると、とんとん拍子で契約が成立した。
 夜道を襲い、陰惨な死に目を見せてやりたいと思う経験は、きっと誰でもあるのだろう(他人への期待の裏腹であるが)。その願望を自らの手を直接汚さず、金を支払うだけで完全な形で叶えられるのであれば、どんな時代であっても必ず一定数の人間が変貌を繰る悪魔との契約を選ぶ。私は、代償として鶏の頭やヤギの角を要求するのだ。
 料金を後払いとすれば顧客が料金支払いを逃れる可能性があり、前払いにすれば、詐欺と思った顧客は契約締結を拒む。そのため、私は料金を後払いと提示することにしていた。依頼人が我々から遁走する可能性は、コロンブスの卵の発想で解決できる。それは実に単純で、『支払いを拒むなら、要員を派遣する』と伝えればよいのだ。①顧客が単に支払いを拒んだ場合。私は脅迫通りに派遣し、支払いを了承するまで拷問させる。②顧客が連絡を絶ち、逃走した場合。間柄の深い人間が逃走すれば、警察が怪しんで捜索を始める。②の場合でも完全に達成できるように、私は、間柄の深くない関係の人間を対象とした殺人や傷害の契約をしないことにしている。繰り返しになるが、私は石橋を叩いても渡らないのだ。
 今回の仕事を進めるにあたって、私は自らKの身辺調査をした。もちろん、本人を特定するために写真を撮ることを忘れていない。Kは、仕事の合間を縫ってはクラブに向かい、そのたびに別の男と行為を重ねる日々だった。そこで、その股のゆるさを逆手に取ることにした。何年も前に、実際に新宿のラブホテルで立て続けに三人殺害された事件が起こっており、その事件は未解決で時効を迎えた。この方法に則ろうと考えた。それでもなお対策として防犯カメラの設置を怠ったところを探し、(どうやって条件に合うラブホテルを探したのかは言うまでもない。楽しい調査であった)、そこを選択した。
 明に指示して、殺害を実行に移してもらったならば、顧客からしかるべき料金を徴収するのみである。顧客には料金を持ってくる場所を説明し、のこのこ現れたところで、背後から気絶させて奪い取った。
 人の命の重たい尊さなどを、私は仕事の最中に考えないようにしていた。考えそうになれば、すぐに煙草を吸って中断し、仕事に戻った。appleですら若い命の将来を踏みにじって世界の頂点に躍り出たし、(中国などにおける最低賃金以下の児童労働、子供を含んだコバルト採掘従事者の呼吸器疾患)、プラハできれいな言葉を並べたオバマは核を廃絶しない、言葉を隠れ蓑にした定義から外れぬ偽善者だった。それに比べれば自分が生涯で重ねることができる罪などは、摂るに足らぬ矮小な存在に思えた。
 これだけで一千万。非常にうまい。リスクを考えれば安すぎるくらいだ。徴収を終えた私は完了の旨を男にメールで伝え、返信を待たずにメールアドレスを変更した。仕事終わりにふと、窓の外に夕焼けを見て、煙草を吸った。

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