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援助職なのにコミュニケーションが不安なら、まず聴く力を高める

対人援助職にとって、援助対象者と良好な関係を作り信頼を得るためのコミュニケーション能力は最も大切なスキルの1つです。しかし、コミュニケーションに苦手意識のある方も多く、どうすればいいのか分からず困っている方もいるのではないでしょうか。

コミュニケーションの悩みを「自分が上手に話せないこと」だと感じ、会話上手になろうとしているのだとしたら、まずはそこから認識を改めたいところ。コミュニケーションが上手な人は自分が話すことよりも、相手の話を傾聴することに重きを置いているのです。

援助職を対象としたさまざまな研修を行なっている大谷佳子さんは、著書『対人援助の現場で使える 傾聴する・受けとめる技術 便利帖』(翔泳社)で、なにより「聴く力を高めること」が大切だと書かれています。

援助職は相手から状況や体調を聴き取り、支援に活かすことが欠かせません。だからこそ、自分がたくさん話すのではなく、相手の話をうまく訊き出すことが重要です。傾聴が大事だなんて分かりきったことかもしれませんが、実際に傾聴ができているかといえばどうでしょうか。

今回は本書から、「傾聴が大事だと分かっているけれど実践できていない」と感じている人のために、現場で傾聴できるようになるテクニックの基本を紹介します(第1章【基本編】聴く力〈傾聴とは〉より一部抜粋)。

また、傾聴が形だけにならないようにするには、相手の存在そのものを受けとめ、その人を理解しようとする「受けとめる力(受容)」も重要です。本書では傾聴と受容について「基本編」と「実践編」で解説していますので、コミュニケーションに不安がある方はぜひ参考にしてみてください。

◆著者について
大谷 佳子(おおや よしこ)

Eastern Illinois University, Honors Program心理学科卒業、Columbia University, Teachers College教育心理学修士課程修了。現在、昭和大学保健医療学部講師。医療、福祉、教育の現場の援助職を対象に、コミュニケーション研修及びコーチング研修、スーパービジョン研修などを担当。
主な著書に、『対人援助の現場で使える 聴く・伝える・共感する技術 便利帖』『対人援助の現場で
使える 質問する技術 便利帖』『対人援助の現場で使える 承認する・勇気づける技術 便利帖』『対人援助の現場で使える 言葉〈以外〉で伝える技術 便利帖』(翔泳社)、『よくある場面から学ぶコミュニケーション技術』『対人援助のスキル図鑑:イラストと図解でよくわかる』(中央法規出版)など。

傾聴は心を支援する

語ることによる心理的な効果

傾聴は、援助の対象者の語りを促進させて、その人の心を支援します。例えば、頭のなかが混乱してモヤモヤした状態のとき、誰かに話をしているうちに考えが整理されて、すっきりした気分になることがあります。これを、心理学ではアウェアネス効果と呼びます。私たちは語ることで、自分の考えや気持ちを整理しているのです。

アウェアネス効果は、オートクラインが起こることによって得られる心理的な効果と考えられています。オートクラインとは、自分で話した言葉が自分自身に作用することを意味する用語です。具体的には、聴き手に話しかけながら、同時に自分自身もその話を聴いている状態を指します。声に出して語ることで、そのときの状況や自分自身の言動を客観的に捉えることが可能になり、頭のなかが整理されたり、新たな気づきが得られたりするのです。

また、語ることによって、心のなかに抱え込んだ感情を言葉にして解放すると、緊張状態がほぐれて気持ちが楽になることもあります。これはカタルシス効果と呼ばれる心の浄化作用によるものです。

聴き手がいなければ語れない

語ることによってアウェアネス効果やカタルシス効果を経験すると、聴き手に対して「話を聴いてもらって、すっきりした」「聴いてくれて、ありがとう」などの言葉が自然に出てきます。その言葉が意味する通り、聴き手がいなければ私たちは語ることはできません。

聴くことは援助の対象者の語りを促進させる行為ですが、援助職の聴き方によって、語りから得られる効果は大きく変わります。援助の現場では、語りの効果を最大限に引き出すことを意識して傾聴することが大切です。

傾聴の“かきくけこ”

傾聴の“かきくけこ”とは、傾聴するときの基本的な5つの要素を示したものです。

  • か:環境を整える…… 話しやすい雰囲気をつくる

  • き:共感的に聴く……聴き手に徹して共感を示す

  • く:繰り返す……繰り返しの技法やリフレクションを活用する

  • け:結論を急がない……話を遮って先に進めようとしない

  • こ:肯定する……肯定的関心を持って聴く

最後の「こ」は、「心を込めて」「心に寄り添う」などと表現されることもあります。あなたなら、「こ」にどのような要素を当てはめますか?

身を入れて聴く

積極的に聴くことの本当の意味

傾聴は、すべての意識を相手に集中させて、その人と真摯に向き合う行為です。「全身を耳にして聴くこと」と表現されることもあるように、身を入れて相手の話を聴くことではじめて、その人の言葉だけではなく、非言語に表出されたメッセージも受けとめることが可能になります。

来談者中心療法を提唱したロジャーズ(Rogers, C.)は、受動的に聞き流すのではなく、積極的に聴く行為であることを強調してアクティブ・リスニング(積極的傾聴)という言葉を使っています。積極的に聴くとは、相手に強制的に話をさせたり、聴き手主導で会話を進めたりすることではありません。相手から得た情報を丁寧に整理しながら聴き、そのときどきで必要な応答をすることで、その人が自分自身と向き合ったり、問題を自己解決したりできるように支援することを意味しているのです。

積極的傾聴に求められる2つのこと

アクティブ・リスニングでは、2つのことを同時並行的に行う必要があります。1つは、相手から得た情報を整理することです。そのときどきで必要な応答をするためには、その人が語る言語情報ばかりでなく、観察から得られる視覚情報や、相手の声から得られる聴覚情報にも注意を向けて聴きましょう。

もう1つは、聴こうとする熱意を表現することです。相手が「ちゃんと聴いてくれている」と実感できるように、目に見える形で傾聴していることを表現しましょう。情報を整理することばかりに意識が向いてしまうと、話を聴いているときの自分の表情や姿勢などに配慮が行き届かなくなります。傾聴している表現を怠ると、相手は「ちゃんと聴いているのかな」と不安になり、話す意欲を低下させてしまうので注意が必要です。

フレームワークを活用する

相手から得た情報は、話の内容にあったフレームワークで整理することによって、1 つのまとまりのある情報に統合することができます。フレームワークとは、情報や思考を整理したり、分析したりするための枠組みのことです。

  • 時系列:情報を3 つの要素「これまで(過去)」「今(現在)」「これから(未来)」で整理する。

  • 5W1H:情報を6 つの要素「When(いつ)」「Where(どこで)」「Who(誰が)」「What(何を)」「Why(なぜ)」「How(どのように)」で整理する。

  • 事実・推定・感情:情報を「事実(実際にあった出来事)」「推定(出来事に関する解釈や意見)」「感情(出来事に伴う気持ち)」に区別して整理する。

  • プラス(+)・マイナス(-):メリットとデメリットのように相対する要素がある場合には、プラス(+)とマイナス(-)に分けて整理する。

言葉を遮らずに聴く

話をするときの2つの不安

一般的に、話を聴いてもらいたいと思う人には2つの不安が伴います。1つは、「上手く話せるだろうか」「ちゃんと説明できるだろうか」などの自分の話す力に関する不安です。話したいことがあっても、それを聴き手に理解してもらえるように言葉にすることは、多くの人にとって簡単ではありません。もう1つは、聴き手に対する不安です。「この人は自分の話を受けとめてくれるだろうか」「こんな話をして軽蔑されたらどうしよう」などと不安を感じながら話をすると、緊張してますます上手く話せなくなってしまいます。

この2つの不安に加えて、援助の対象者の場合、抱えている悩みや問題からもたらされる不安もあります。その人の悩みや問題そのものへの不安は、解決に向けて援助を進めていくことでしか解消できないかもしれませんが、話を聴いてもらおうとするときの2つの不安は援助職の真摯な対応によって緩和することが可能です。

丁寧な傾聴で気持ちを受けとめる

目の前にいる援助の対象者は、ちゃんと話すことができるか不安を抱いているかもしれません。あるいは、自分の話に援助職がどのように反応するのかが心配で緊張しているのかもしれません。それでも勇気を出して伝えようとする相手の気持ちを受けとめて、その人の話にまずはしっかりと耳を傾けて、言葉を遮らずに聴きましょう。

話を聴いているときに、言いたいことや尋ねたいことがあっても、口を挟まずに最後まで話を聴くことが大切です。聴いている間も、相手が安心して話し続けられるように、表情やうなずきなどで「あなたの話を聴いています」というサインを送って励ましましょう。援助の対象者は、そのような聴き方をする援助職を「私の話を受けとめてくれる人」あるいは「受けとめようと努力してくれる人」と判断するのです。

インテークでの傾聴

インテークとは、相談援助において、援助の対象者と援助職が初めて出会う初回面接のことです。「受理面接」「相談受付」などとも訳されています。インテークでは援助の対象者の話を丁寧に聴き、相談内容(主訴)とその背景にある問題を明らかにします。その後の支援に必要な情報を得ることがインテークの目的ですが、同時に、援助の対象者と援助職の関係づくりもインテークから始まります。

そのため、インテークでは、援助の対象者の抱える3つの不安(初対面の援助職に対する不安、伝わるように説明することへの不安、抱えている悩みや問題そのものへの不安)を受けとめることが大切です。「この人になら安心して話ができる」と思えなければ、相手は援助を求めることを諦めてしまうかもしれません。また、インテークでは本人の主訴が本当のニーズと異なる場合も多いことに留意しながら、相手の話は最後まで聴いて全体を把握することも必要です。

相手本位で聴く

主役は自分ではなく、相手

援助の現場では、会話の主体は援助職ではなく、援助の対象者であることが重要です。傾聴するときは、「主役は援助の対象者」であることを意識しましょう。主役が十分に語ることができるように、援助職がサポートする役に徹すると、自然と相手本位の聴き方になります。相手本位とは、相手を基準にすることを意味します。

それとは反対に、相手の話に耳を傾けているつもりでも、急いで情報を収集しようとしたり、効率よく会話を進めようとしたりしているときは自分本位の聴き方になりがちです。援助職のペースで、援助職が知りたいことのみに関心を向けて聴こうとすると、その会話の主役は話し手である相手ではなく、聴き手である援助職になってしまいます。援助職が自分のペースで話を聴くと、相手が考えたり、言葉を選んだりするための時間がもどかしくなって、「それで?」「だから?」「結局、どうなったのですか?」などと相手の言葉を催促してしまうのです。これでは、援助の対象者に心地よく話をしてもらうことはできません。

聴き方を意識して使い分ける

傾聴するときは、相手本位の聴き方を心がけましょう。できるだけ相手のペースで話をしてもらい、聴き手はそのペースに合わせて聴くことが基本です。ただし、聴き手主導で聴くこと自体が望ましくない、というわけではありません。援助の現場では、聴き手主導の聴き方が求められる場面もあるからです。例えば、限られた時間のなかで必要な情報を収集しようとするとき、特に緊急を要する場面では端的に情報を得るための聴き方も必要になるでしょう。大切なことは、場面に応じた聴き方を適切に選択すること、そして選択した聴き方が実践できることです。聴き手主導で聴くことが癖になってしまうと、知らず知らずのうちに自分本位の聴き方になりがちなので注意しましょう。

傾聴ロボット

会話において何を話すかは、相手によって変わります。初対面の人と話すときと、気心の知れた友人と話すときでは、話し方だけでなく話す内容も異なります。では、話をする相手がロボットだったら、どうなるのでしょうか。

高齢者のライフレビュー(聴き手との会話のなかで、自らの人生を回想して意味づけする方法)において、聴き手が人間だった場合と、ロボットだった場合との違いを検証した心理学的研究があります。その人が人生のなかで大切にしてきた価値観について、より語ることができた聴き手は人間ではなく、ロボットでした。高齢者が人間の聴き手に対して、気負いや引け目を感じてしまい、それらの感情が語りに影響を与えたことが理由として考察されています。

傾聴ロボットだからこそ、素直に語ることができる可能性が示唆される一方で、私たちが傾聴するときに大切なことを、あらためて考えさせられる結果とも言えるでしょう。


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