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【小説】つまらない◯◯◯◯ 42

 もうすっかり硬くなっているのに、聡美は目を伏せたまま、息を潜めているようにしてペニスに口で何かをしようとし続けている。いつまでも大胆になるわけでもないまま、くわえたり舐めたりを繰り返している。
 俺から「入れたい」と言われるのを待っているのかもしれない。それとも、自分のフェラチオで硬くなっていることを喜んでくれているのだろうか。硬くなっているのを口で確かめているだけでもうれしかったりしているのかもしれない。
 俺が「入れたい」ではなく「やめよう」と言ったら、聡美はどう思うのだろう。「やめよう」というのが何をやめることを言っているのか、聡美はすぐにわかるんだろうか。そして、何をやめるのかわかったあと、どうしてやめようと言うのかわかってくれるのだろうか。何が嫌なのか聞かれるのだろう。好きじゃないのかと聞かれるのだろう。俺は好きだと答えて、何が嫌というわけでもないと答えるのだろう。俺はそのうち今の会社を辞めるという話はしていた。それと同じ理由だと言えばわかってくれるだろうか。聡美だって仕事がつまらなくて異動願いを出したのだ。そういう感じはわかってくれるかもしれない。
 俺としては、辞めたい理由はほとんど同じなのだ。仕事するのが嫌なわけじゃないし、今の仕事内容がつまらないわけじゃない。職場としても、賃金なんかの労働条件も悪くないし、理不尽なことがまかり通っている場所ではないし、暴力的な人や他人に対して攻撃的に振る舞う人が多いわけでもない。けれど、仕事をしていて自分が仕事に全力になれていない感じがすると、仕事が物足りないと思う以上に、物足りない時間を過ごしている自分にうんざりした気持ちになってしまうのだ。
 聡美が部署異動したのも、仕事が物足りないからだった。決まったことを決まったようにやることしか求められなくて、もっといろんな仕事をやらせてほしいと何度も上司に頼んだりしていたけれど、いつまでも別の仕事を割り振ってもらえなかった。聡美に問題があって仕事を振ってもらえなかったのではなく、新しい仕事を増やしたくないからと面倒くさがられていたり、自分の仕事を人と分け合って協力しながら仕事を拡大したいというふうに思っている人もいなくて、受け皿が部署内になかったからだった。そんな状況のまま、聡美が転職も考え始めた頃に、隣の部署が社内で異動してきたい人を募集して、聡美は喜んでそれに立候補したのだ。
 一緒に飲んでいたときも、部署の人たちのやる気のなさについて、お互いうんざりしながらあれこれと話していた。やれと言われていることをやればいいという感覚で仕事をしている人が部署内の大半だったし、仕事を他の人と共有せず、適当に役割分担したあとはできるかぎり干渉しないというやり方の人がほとんどだった。やらなくてはいけなくなるまではやらないでおく、できるだけ自分の仕事を増やさないようにあまりいろいろ言わないようにするというスタンスの人が多数派で、俺はそういう人たちに取り囲まれながら、決まったことをこなすことだけが求められていて、何も思わないでいることすら求められているように感じていた。そして、他人の仕事に興味もないし、理解もしていないのだから当たり前だけれど、仕事の要求水準も低かった。俺が先延ばしにしないで何でもさっさと進めているだけで、ああだこうだと褒めようとしてくれていたけれど、ろくに仕事をしていない人から、ろくに仕事をしない人なりの基準で褒められるのはとても気分が悪かった。そんなことを話しながら、そのうち辞めるつもりだとも話していた。
 不愉快なことがあるとか、攻撃してくる人がいるとか、そういうことではなく、ただ物足りなかったのだ。仕事をしていていろいろ思ったとしても、その思ったことで仕事を進められなくて、自分の作業には自分なりに集中しようとはしていたけれど、俺の仕事に興味があったり期待してくれていたりする人がいない中で延々と作業をこなすように仕事していても、いくら実際にはみんなの役に立っていているとわかっていても、バカバカしい気持ちになるだけだった。
 今の会社はひどすぎて、そもそも俺にとってよくない職場だから、それを辞めたいというのは、俺が聡美とこの先付き合うのをやめておいたほうがいいと思っているのとは違っているのだろう。聡美からしても、職場が職場自体として悪いだけで、私はそうじゃないと思うのかもしれない。今の部署では、あまり自分と仕事に対しての考え方の合う人もいないし、世間話をしているにも、話が合って楽しいと思える人もいない。そういう話は聡美ともしていたし、聡美も俺が今の職場を嫌だと言っているのはまわりと合わないからだと思っているのかもしれない。聡美からすれば、俺はそれなりにやりがいのある仕事を、それなりに裁量を与えられたうえでやっていて、みんなが俺のことをしっかりやっていると認めていて、やる気のない人が多いのは確かだけれど、そこまで嫌に思うこともないだろうにと思っているのかもしれない。けれど、そういうことではないのだ。そういう周囲の人との相性も含め、自分にとっていい会社だとしても、仕事をしていて物足りなくなってしまえば、ずっとそこにいるのは嫌だなとどうしても思ってしまうのだ。
 何ヶ月か前に、会社の研修として、社外取締役の人が、マネージャー以上とそれ以外の社員を分けて、それぞれに二時間くらいかけて、人はいかにして働くべきなのかという話をしてくれた。その講演のようなものの冒頭はこうだった。
「みなさんには、おめでとうございます、と言いたいです。私もこの会社のマネージャークラスの人たちの顔を見、話もしました。こんなにちょろい人たちの中でなら、今日の話を聞いていただいて、少し頑張ってもらうだけで、ほとんどの人を追い抜いて、すぐに自分が会社の中心を担うようになれるでしょう。あなたたちの前途は洋々です。おめでとうございます」
 俺はあまりにストレートな物言いに驚いた。やる気のないやつらだらけの会社だと、社内のマネージャークラス全体をひとまとめにしてダメな連中扱いしたのだ。俺もそれまでにいた会社と比べて、この会社はみんながみんなやる気という面でひどすぎるなと思っていたから、それをそんなにもストレートに言う取締役を面白い人だなと思った。聡美もその研修を受けていて、あれは面白かったと言っていた。
 その研修の中で、取締役は仕事をやめることについての話もしていた。「仕事の辞めどきというのは、仕事が楽になったときです」と言っていた。仕事を辞めたいという気持ちがあるのなら、自分が今どんなふうに仕事をできているのかを考えるべきで、仕事がうまくいっていなかったり、仕事ができるようになっている実感がないような状態なら、辞めどきとしてはいい状態ではない。自分がやるべきことをできるようになり、周囲にも貢献できるようになり、そして、仕事を一生懸命やっていて、そこまで必死にならなくてもできてしまうようになっているのなら、それは自分にとってその仕事が楽なものになってしまったということになる。もっと仕事というものを通して、いろんなものを学んでいきたいというのなら、楽になったなら、同じ仕事を続けなくてもいい。だから、仕事を辞めたいと思ったときに、今の仕事が自分にとって楽なものになってしまったのかどうかを考えてみるべきで、そして、楽になってしまっているのなら、別の仕事にいけばいい。そんなふうに話していた。
 俺はその話に心底同意できた。俺も前の会社はそんなふうに辞めていた。四年くらい勤めて、社内で特に重要な仕事を任されるようになって、社内でも、協力会社の人たちからも頼ってもらえるようになってきていた。給与その他にしても、何の不満もなかった。ずっと一緒にしていた上司のことが好きだったし、その人ともっと仕事をしたいなとは思っていた。けれど、仕事が楽になってきて、それに物足りなくなってしまったのだ。
 そういう意味だと聡美に言えばわかるだろうか。そこが自分にとっていい場所でも、そこにいる人が好きでも、もっと一緒にいたくても、仕事にそれなりのやりがいがあっても、周囲が認めてくれて、自分が役立てていることを実感できても、それだけでは足りなかったりするのだ。楽になってしまったなら、楽なままではいたくない。また何か頑張らないとやっていけないところに行きたいなと思ってしまう。そういうふうに何かを辞めたいという気持ちになったりもするのだ。そして、俺にとっては、そんなふうに辞めたくなるのは仕事だけではないのだ。
 何であれ、楽になってしまうと、俺はそれをやりながら、自分は何をやっているんだろうと思ってしまう。そして、聡美とは楽になってしまうんだろうなと思っている。聡美が楽になりたい人なのだからどうしようもないのだと思う。聡美が前の部署でやりがいがなかったというのだって、要求水準が低すぎてつまらないというだけで、物足りないということではなかったのだろう。半分眠りながらできるような仕事だったからバカバカしかっただけなのだと思う。聡美はそれなりに頑張って仕事をやって周囲からも認められていればそれで充分で、その仕事に慣れて多少簡単になってしまっても、慣れたぶんだけ疲れずにやれるようになって、むしろ、頑張ってやってきたかいがあったとうれしくなるのだろうと思う。自分が頑張った結果として、ほどほどの力でも周囲から認められて感謝されるようになったのだから、やっといい状態になってこれから楽しく仕事ができると思うのかもしれない。
 そして、それは付き合っていくのも同じなのだと思う。聡美は早く俺に慣れて、早く気楽で簡単に一緒にいられるようになりたいのだろう。簡単になればそのぶん楽しくなると思っているのだと思う。それはたしかにそうなのだ。楽しいことでも何でも、何かを一緒にやるのなら、簡単に一緒にいられる相手のほうがやりやすい。簡単さが喜ばしいものだということは俺だってわかってはいる。
 けれど、俺は恋人とは簡単でなくていいのだ。だんだんと相手に慣れていくのはいいし、だんだんと楽になっていくのもいい。けれど、相手と時間を過ごすことが簡単なものになりすぎると、この人と過ごした時間の中に何があったのだろうかと物足りなくなってしまう。自分はそこで何を新しく感じて、何を新しく思うことができたのだろうかと思ってしまう。聡美の前に付き合った人とも、そうやって別れてしまったのだ。
 会社なら、楽になってから辞めればいいのだろう。聡美との付き合いにしても同じなのだろうか。ずっとやるような仕事じゃないと辞めるように、ずっと付き合っているような人じゃないと別れてもいいのかもしれない。けれど、それはお互いにそういうつもりで付き合っている場合だけだろう。聡美は幸せになりたいのだ。たまたまこの会社に入って、そこで仕事をしてみて、そこでの仕事に満たされないものを感じた。そうしたときに、違う会社に行くか、自分の力でその場を自分にとっていい場所に変えるしかない。それと同じで、たまたま聡美に興味を持って、近付く機会があって近付いてみて、違うんだろうなと思った。そうすると、聡美を変えるか、違う人にいくしかない。そして、聡美に変わってほしいなんて思っていないのだ。俺と一緒にいられるために変わるべきところなんて聡美にはひとつもない。そのままの聡美で素晴らしい人なのだから、そんなこと思うわけがない。
 そういうことを話したとして、どうなるのだろう。どうしたところで、聡美からすれば意味がわからないことなのだろう。俺は聡美のことが好きだと言っているし、聡美だって、とても好きになれたと思っているのに、合わないと言われるのだ。できるかぎりのことをするつもりはあるのに、一緒にいることの意味が違うと言われて、自分にはどうすることもできない俺の感じ方の問題だけで、きっとうまくいかないと言われるのだ。そんな理不尽な話はないのだろう。
 どうしたらいいんだろうなと思う。俺がそんなふうに思ってきたことをわかってほしいけれど、それをわかってもらおうとするための話をすれば相手を傷付けてしまう。自分の外面や行動や発言では好きになってもらえても、自分の感じ方や考え方をわかってもらおうとするほどに、相手を傷付けることになる。俺が自分の気持ちを黙らせていることでしか、一緒にいることができない関係なのだ。それを聡美はわかっていなくて、けれど、それがわかったらこの関係は終わってしまう。俺がやめたいわけじゃなくて、聡美のためにはやめておいたほうがいいというだけなのに、俺がやめようと言って聡美を傷付けないといけないのだろうか。
 くわえている聡美の目が俺を見ていた。刺激がゆるやかだから、大げさなリアクションも取りようがなくて、聡美の口の動きに自分の呼吸を合わせるようにして、されているままをじっと感じていた。聡美もその俺をただじっと見ていた。
 そろそろ「入れたい」と言ってあげたほうがいいのだろうか。放っておくといつまでもこのままなのかもしれない。けれど、入れたいと言いたい気持ちにもなってこないのだ。入れたいというわけではないのだから、「入れたい」という言葉を口にして、まるで俺が入れたいと思っているかのようになるのは何か違う気がしてしまう。
 わざわざ言わなくても、手を伸ばして聡美の頭を離せばいいだけなのだろう。かといって、こんなふうなゆるい気持ちよさに包まれているだけのどこにも追い立てられないくわえられ方では、いつまでものぼせることがないくらいのちょうどよすぎるぬるま湯に浸っているみたいで、いつまでもたってもそろそろという気になってこない。そして、ペニスはまどろんでいくけれど、手が肌に触れたいし、身体がくっつき合いたいという気持ちでじりじりとしてくる。
 面倒くさいなと思う。聡美が入れたがってくれたら、俺だって心底入れたくなれるのだ。早くほしがってくれたらいいのに、聡美は俺のものをくわえながら、何を思っているのだろうと思う。



(続く)


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