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「ギフテッド」対応の学校が民業圧迫で誰も得しない未来を生む

特別な才能を持つ子供、「ギフテッド」に対して公教育がどう対応するか、ということが話題になっています。

文科省は何らかの対応を表面上は行うようです。

こうした特別な生徒に対しての対応に関しては、これまで前向きな施策はほとんどなかったと思います。

そういった意味では今回の取り組みを行おうとする姿勢は評価できます。

「ギフテッド」へのこれまでの対応

これまで「ギフテッド」に関して無策を貫いていた公教育に対し、日本においては「お受験」というシステムがその代わりを果たしてきました。

「ギフテッド」の定義にもよりますが、知能検査で言えば2%の上位層を指すようです。

こうした層の多くは親がある程度教育に知識があったり、経済的に余裕がある場合には小学校から私立や国立に進学するケースが多いようです。

もちろん、そこから外れるような家庭環境の子供もある一定数は存在します。

そうした子供が地域の公立学校に進学して、周囲との軋轢を生み、場合によっては不登校などの原因ともなっていたようです。

もちろん、私立や国立の小中学校においても「ギフテッド」対応がノウハウとして確立されていたり、学問的に裏付けされた技術が存在するばかりではないようです。

しかし、「特別」な生徒を受け入れる土壌が生徒の中に存在しやすいという点においては、ある程度は「ギフテッド」受け入れ機関としての機能をはたしていたのではないでしょうか。

あるいは子供向けの学習塾や公文などの習い事がそうした受け皿になっていたようです。

日本の教育業界と民間企業の参入

日本の教育業界において最も優れている、欧米諸国と最も異なる点は民間企業がさまざまな分野で参入をしているというところです。

公立学校が広く教育を広げる一方で、その隙間を埋める形で私立学校と民間教育産業がしっかりとその穴を埋めています。

教育産業というと受験産業を考えがちですが、それだけではなく、英会話やそろばん、体操教室など幅広く民間企業や個人事業主が参入しています。

そこに通信教育関連やサポート校などを含めるとかなりの数が全国に存在します。

さらに、通信制学校なども数えれば支援体制が決して不足しているとは言えない状況です。

地域格差をICTが埋める

かつてはそうしたサポートを受けられるのは大都市周辺に住む人が中心であり、地方や山村部では利用することが時間的にも距離的にも難しい状況でした。

しかし、ICTの普及により遠隔での受講やサポート制度が充実しましたし、そうしたサービスを求める層の掘り起こしに伴い、ある程度の地方都市ではサービスを受けられる体制が整いつつあります。

こうした日本での現状を考えたときに、浮きこぼれのサポートを得意としていない学校が手を出す必要はあるのでしょうか。

ただでさえ、通常業務でいっぱいいっぱいの教員の状態を考えれば十分な効果が得られないことは目に見えています。

民間サービス利用への補助とつなげるサポート体制の充実

今、行政がすべきことは不慣れな学校に「ギフテッド」教育を無理強いすることではなく、そうした民間サービス利用に対する補助を設けることではないでしょうか。

そして、それと同時にサービスへのアクセスを誘導するサポート体制の仕組みを作ることです。

教育、福祉など行政サービスを受ける場合最も問題になるのは、費用負担ではなくサービスの存在自体を知らない層へいかに接続するかです。

また、費用負担が問題ない世帯ほど調査能力が高く、そうしたサービスにたどり着きやすいのに対し、費用負担が重い世帯ほどサービスの存在自体を認知していないということが社会問題となっています。

そのためには、学校内での対応しかできない教員ではなく、SSW(スクールソーシャルワーカー)の育成と配置の充実が必要となるのではないでしょうか。

学校の無料対応という「悪貨」が民間教育産業という「良貨」を駆逐する

ただでさえ人員不足の学校にさらなる業務を追加することは決して良質なサービスを提供することはできないでしょう。

その上に、そうしたサービスが「無料」であるということで、もともと存在した民間教育産業に対して割高感を与え、業界全体が値下げ合戦となって疲弊する可能性もあります。

特に「ギフテッド」などの対応は個別柔軟な対応が求められるため、公的な機関よりも民間産業との相性が良いのは間違いありません。

こうした民業圧迫をする前提で施策ではなく、民間を生かす形での制度設計こそが日本の教育業界の世界に類を見ない強みではないでしょうか。

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