「思考のコンパス」~ジャンルに縛られずに縦横無尽に考えること~

日々の読書に記録を、メモ程度の備忘録として残していきます。

思考のコンパス ノーマルなき世界を生きるヒント / 山口 周(著/文)

最近はあまりビジネス書的な本を手に取る機会が少ない。大体どれも同じようなこと書いてあるなぁと思ってしまうからだ。山口 周が書くものも、分類するのであれば、ビジネス書になるのだろうと思うが、そこでの"ビジネス"は、いわゆるそれをはみ出しているように思える。この本も、普段であれば手に取らないタイプであるが、そこに並ぶ対談相手を見て、興味が湧いた。

【対談相手とテーマ】
■北野唯我──夢中になれる仕事を見つけられない日本の社会システムとは?
■近内悠太──「資本主義はもうダメだ」では社会は変わらない。「すきま」を埋める言葉を
■養老孟司──五感から情報化するために人間は「ノイズ」を求める
■小川さやか──タンザニア商人に学ぶ制度や組織に頼らない生き方
■高橋祥子──生物的な仕組みの理解なしに資本主義は成り立たない
■井上智洋──毎月7万円のベーシックインカムが日本の閉塞感を打ち破る
■広井良典──ゆるやかに今を楽しむライフスタイルが徐々に広がっていく

特に、近内悠太と小川さやかの名前には個人的に驚いた。前者の哲学者について、著書『世界は贈与でできている 資本主義の「すきま」を埋める倫理学』は、ここ数年のうちに読んだ中でもベストの面白さで、かつ自分の考えにも影響を与えているし、後者の文化人類学者は、ポッドキャスト「働くことの人類学」「愛と死の人類学」で知り、興味が湧いて、ちょうど東浩紀とのsirasuでの対談イベントを観たところだったからだ。どちらも、明らかにビジネスにおける主流の考え方に沿った思想ではない。しかし、不確実だとかなんだとか言われる現代において、その重要性が認められつつある、そういった方たちだと思う。この本で名前が挙がっていることがその証左だろう。

上に挙げた2人以外にも、計7人の識者が登場し、ジャンルを縦横無尽に横断しながら、刺激的な議論が展開される。そこで語られるのは、具体的なソリューションでも、統合的な回答でも、決してない。各々が持つ思想と信念であり、まさにコンパス。指針。それらは、一見別々の向き先を示しているように見えるかもしれない。しかし、果たしてそうだろうか。
それを考えつつも、我々がしなければいけないことは、これらの考えをそのままインストールするのではなく、これらを土台にして、自らのコンパス、指針を見つけることなのだろう。

オリジナルがWebメディア「Business Insider Japan」の連載であることもあり、非常に読みやすい文章なので、是非気軽に手に取っていただければと思うが、ここでは、AIの進展を踏まえたベーシックインカムの有用性について、井上智洋と対談している中での一節を紹介しつつ、それをそのまま受け取るのではなく、少し展開させてみたい。


「ヒットチャートを席捲する曲は量産できる」という小見出しでは、AIは新しい音楽を生み出すことは出来ず、音楽の最初のオリジンの部分は依然として人間が作ることになるだろうが、すでにあるヒット曲をパターン化することは得意であり、例えばYOASOBIっぽい曲は量産可能であるため、近いうちにヒットチャートをAIが席巻することもあるかもしれないといったことが語られている。確かに、と思う。しかし同時に引っかかる部分もある。"AIは新しい音楽を生み出すことは出来ない"、”音楽の最初のオリジンとなる部分はAIにはつくれない"というのは本当だろうか?

ちょうど、音楽とAIに関しての現在地がまとめられている記事を最近読んだ。ここでのポイントとなっている「AIが全く何もないところから、ポップスターやグラミー賞受賞者を生み出すことはできるのだろうか」は、上記の問いに通ずると考えてよいだろう。

思うのは、新しい音楽やオリジンといったことに、どれだけこだわる必要があるだろうか?もっと言えば、そもそもそんなものがあるのだろうか?ということである。
人間が音楽を作る場合だって、全くのゼロから作るなんてありえない。その人がそれまでに感じたことや、生きてきた環境があり、その上で生まれるものだろう。そう考えれば、別にやっていることは、人間だろうが、AIだろうが、大して変わらないのではと思う。

自分のスタンスは、上記記事の最後にあった。使えるものは使えばいい。ただ、大事なのは、あくまで"使う"ということ。音楽だって、AIのでたらめな計算量を存分に活用して、そこから人間のインスピレーションを沸かせるという使い方が出来るはずだ。その考え方は、具体的な手段が違うだけで、今も昔も、これからも変わらない。

50年経った今でも、The Beatlesほどの成功を手にしたアーティストはいないが、それでも「ポップスター」という存在は生き残っている。ストリーミング、サンプリング、オートチューンといった新しいテクノロジーの影響を受けて、音楽業界は絶えず進化している。AI音楽も進化するにつれて、音楽制作に途方もなく大きな影響を与えるようになるだろう。その一方で、昔気質のレコーディングスタジオやアーティストは適応を迫られることになる。

 歴史を振り返ると、どの世代も「それは正しい作曲方法ではない」と言われてきた。それは、ベースをギターのように弾いてGet Backを作曲したPaul McCartneyも、次世代のヒットメーカーたちも同じだ。彼らはAIを使って、これまで知られていなかった驚くべき新しいサウンドを切り開くだろう。そして間違いなく、その中からグラミー賞受賞者が生まれるはずだ。

そういえば、愛聴しているポッドキャスト「POP LIFE: The Podcast」で、音楽における外部性の話がされていた。それは、プログラミングや打ち込みで作成する音楽には、全て自分の意図通りに作成できるがゆえに、バンド音楽にあるような有機性がない。つまり外部性を取り込むのが難しく、最近のプロヂューサーは如何にして外部性を取り込むかを意識的に考えている、といった話だった。
AIは、ここでいう外部性をまさしく担えるのではないだろうか。もちろん全てを頼る必要はないし、そうすべきではない。しかし確実にやれることはあるはずだ。

そして、この話はもちろん音楽に限らない。例えば、小説でも似たようなことが起きているようだ。「AIと共同で小説を作っている」という一文からは、もはや、「AIで云々」という枠組みは、ノイズでしかないかもしれないと感じさせる。意識しようがしまいが、我々はテクノロジーを活用して、今後も何かを生み出し続ける。そこでは少なからずAIが関係しているだろう。だからこそ、AIに注目するのではなく、改めてそこと向き合う人に注目すること、それが大事なのだと思う。
正直自分はAIにそこまで期待していない。しかしだからこそ、その活用方法と人との関係性についてはしっかり考えたい。改めてそう思いなおす、良いきっかけとなった一節だった。

参考

コンビニ店員にキレる日本人に絶対足りない感性、「贈与」のススメ | ビジネスを強くする教養 | ダイヤモンド・オンライン

書評:世界は贈与でできている――資本主義の「すきま」を埋める倫理学 | 下関の弁護士 島田法律事務所

【教書活評04】『世界は贈与でできている』(矢萩邦彦) - 個人 - Yahoo!ニュース

「他者と正しくつながる」には「贈与の作法」を理解する必要があると思います – 集英社新書プラス

#007 世界は贈与でできている――資本主義の「すきま」を埋める倫理学 | Book Lounge | この指とーまれ! | 丸井グループ-

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