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さよならロザリオ 4


ナオが居なくなって一週間が過ぎた。

ナオと同じ部屋のミズキは先生に呼ばれ、ナオから何か聞いていないか、行き先に心当たりはないか聞かれた。

ミズキの知っているナオは、いつも冷静だった。不機嫌を顔に出したり、暗い顔をしていたこともなかった。かと言って、楽しそうにしている顔も、笑っている顔もあまり見たことがなかった。

なにかあったのかな。検討もつかず、ナオのことを思い浮かべながらも、ミズキの視線は事務所の机に置かれた薄緑色の封筒で止まった。
ナオを見かけたら直ぐに連絡しなさいと、先生はハルを呼びに出て行った。
すかさずミズキは封筒をポケットに詰め込み、事務所を出た。先生とハルとすれ違った。
ミズキの心臓はドクドクと大きな音を立て、やがてすぐに消えた。

封筒には高校生の定期代4780円が入っていた。
トモちゃんの定期代、、、。
この定期代がなくなったら、学校に行けなくなるのかな。少しだけ胸が痛んで、すぐに忘れた。またお金を盗んでしまった罪悪感とナオの顔と、ハルの顔、先生にバレてしまったのではないか、それを掻き消すように裏庭まで走った。
封筒を破って側溝に捨てた。

なんでこんなことをしてしまったのか。
ナオのことを心配している自分と、違うところでお金を盗んでしまう自分、思っていることとやっていることの違いに吐きそうになった。

6年生のミズキにとって4780円は大金だった。
服を買えばバレるし、漫画本も増えればバレてしまう。結局なんの使い道も思いつかないまま小銭だけ財布にしまい、残りの4000円は見つからない場所に隠した。

◇︎◇︎◇︎◇︎◇︎◇︎◇︎◇︎◇︎◇︎

ミズキの父親は刑務所にいた。
この事を知ったのは、ミズキが5年生の時だった。
6歳から園に入り、夏休みや冬休み、長い休みは父親が迎えにきていた。他の子よりも長い期間、帰省することが多かった。
4年生の冬休みから、父親は来なくなった。変わりに手紙が届くようになった。
手紙には、早く迎えに行くよ、ミズキと早く一緒に暮らしたい、学校の様子を知りたい、ミズキも手紙を書いてくれ、と書かれていた。
ミズキも手紙を書いた。
手紙は切手代がかかるからと、先生が住所を書き綺麗な色の封筒に入れて出してくれた。
毎月届くようになった手紙には、ミズキに会いたい、もっと手紙を書いて欲しい、手紙が短いと書いてあった。
父親からの手紙には、所々黒いペンで線が引かれ、読めなくなっている箇所があった。
その時はなんだろう、と思うくらいで気にならなかった。あとから黒い部分は刑務所でチェックをされ、読めなくなっているんだとわかった。

封筒に書かれた住所が黒いペンで消されていた。光にかざせばうっすら読むことができた。
ミズキは住所を図書館で調べ、そこが刑務所だと知った。
その瞬間、ミズキの胸は鈍器で殴られたように痛み、同時にその痛みを隠すかのように一気に心が冷えていくのを感じた。目眩が頭痛が次々と押し寄せてきた。
もう今までのミズキはそこには居なかった。

嘘つき!お父さんの嘘つき!
信じて待っててって言ったくせに!
迎えにくるって言ったくせに!
好き勝手に生きているくせに
自分が寂しい時だけ
手紙を書け書け言ってくる!

飲み込まれそうな黒い渦が襲ってくる。

帰省した時も、本当はお父さんと二人で過ごしたかった。
だけど家にはいつも違う女がいた。
痩せている女。
太っている女。
声がガラガラの女。
ハヤシライスしか作らない女。
押し入れから出てくるなと、オマルごと押し入れに突っ込んだ女。
お風呂でわざと性器を血が出るまで洗ってくる女。
それを見て、笑っていたお父さん。
見て見ぬフリをしていたお父さん。
媚びたように女に絡まるお父さん。
これまで我慢していたドロドロした物が溢れてくるのを止められなかった。頭が割れそうなくらい痛かった。
わたしの手紙も他人に読まれていたんだ。
お父さん!どんな気持ちだった?
娘からの手紙は涙が出るほどうれしかった?
優しい娘からの手紙は同情を誘った?
寂しくて弱っているお父さんを元気づけるために、手紙を書いていたんじゃない!
わたしは自慢の娘ですか?いつもお父さんを心配しているだけのバカな娘ですか?
黒い渦から白い顔の自分と黒い顔の自分が交互に顔を出し、溺れている。
なのにお父さんに会いたいと思う気持ちも抑えられない。怒りも悲しい気持ちも会いたい気持ちも全てが気持ちが悪かった。消してなくしたかった。煩わしかった。溺れてその顔を潰してしまいたかった。

その日の図書館の帰り道、ハルとユウトに会った。
ふたりの親はどんな親なんだろう。
そんな話しをしたことがなかった。
みんなの親のことを知らなかった。
お互い聞かないし、なんとなく察するだけで
親が迎えにきて出ていく子もいれば、養子にいく子もいる。それだけだった。

ミズキ見て!!
ユウトがふざけて両目のまぶたをひっくり返した変顔を見せ笑っていた。
このふたりには感謝している。
いつも変わらないで、そばにいてくれる。
坂の途中で、園に戻るこの坂道が嫌いだとミズキが言った。
道路から見られ、養護施設の子だってバレるのが嫌だった。みじめな気持ちになるのが嫌だった。
そんなの!誰も見てないよ!!
とお尻を出す真似をするユウト。
わかる〜!と肩を組んでくるハル。
そんな他愛もない話しをしながらも、ミズキの心は何かを失ったような、気持ちが悪い何かが這い上がってくるような、その何かを掻き消すことに精一杯だった。


その日からミズキの物を盗る行為がはじまった。
はじめはベッドの中で震えるほど後悔をしていたのに、繰り返していくうちに罪悪感の感覚が麻痺していくのがわかった。
これじゃお父さんと一緒じゃないか。
嫌なのに、気がつくと盗んでいる。
ハルに相談してみようか。バカだと頭を叩いてくれるだろうか。なんとかしてくれるだろうか。でもユウトには知られたくない。どこかおかしいのだろうか。このままバレてもっと悪い子供の施設に移されるのだろうか。考えるのに疲れてミズキは眠りについた。


◇︎◇︎◇︎◇︎◇︎◇︎◇︎◇︎◇︎◇︎


食堂が騒がしかった。

裏庭から戻ったミズキは、園長の怒鳴り声を聞き、血の気が引くのがわかった。
事務所からお金がなくなったと怒鳴り、園長がハルの髪の毛を引っ張り頬を叩いた。
「違います、わたしは盗っていません!」
ハルの悲痛な叫び声と園長の椅子を蹴る音
頬を叩く音がミズキの心臓を早くさせた。
「証拠はあるんですか!」
食ってかかるハルに園長が
「お前の父親を見ればわかる!どんな親かも知らないくせに!教えてやろうか!?お前の父親は刑務所にいるんだ!」
泥棒、嘘つき、犯罪者、と罵りハルの顔と頭を何度も叩いた。
ハルの顔が青褪めていく。威勢がよかった目は生気を失い、崩れるように座りこんだ。

「わたしのお父さんは刑務所にいるんですか」

ハルのはじめて聞く絞り出すような声だった。

園長のついた嘘だ!
頭の中が熱くなった。

ハルの父親は再婚している。
ハルには言えなかった。
ハルの里子申請の書類を持ってきた児童相談所の人と先生が話しているのをミズキは聞いてしまったのだ。ハルには内緒にするようにと先生にキツく言われていた。

違う!

父親が刑務所にいる!
犯罪者はミズキの父親のことだ。
泥棒、嘘つき、犯罪者、
全部、ミズキが受けなくてはいけない罰だ。
ハルじゃない!

早くハルを助けなきゃ!
心臓がうるさくなるだけで、動けない。
ハルじゃない!わたしです!
その一言が言えない!出てこない!
またこうして苦しい気持ちが消えてなくなるのを待てばいいのか!
なにしてる!お前が盗ったんだろ!
早く言え!ハルを助けろ!
頭が割れるように痛い。


その時、来客玄関の前の柱時計が大きな音を立てて鳴り響き、ガラスの割れる音がした。

慌てて食堂から園長が飛び出した。

柱時計の前には震える手でスカートの裾をつかみ立ちすくむマキが居た。
マキの前には割れた扉のガラス片と石が落ちている。

何してるの!!
園長が叫ぶと、マキは石を拾い園長に向かって投げつけた。
石は園長に届く前に落ちた。

「ハ、ハルちゃんをたたかないでください!」

涙を堪えるマキに、園長が手を上げた瞬間
ハルがマキの前に飛び出した。
マキを庇うように覆い被さると
園長は手を抜かずハルの背中を蹴りはじめた。

マキが泣いている。
ハルが泣いている。

わたしは、、、なんで
なんで泣いている


(お前は父親と同じ犯罪者だ!)
どす黒い声がミズキの頭の中で鳴り響く。
違う!
やめて!
(犯罪者!卑怯者!)
違う!
消えて!
やめて!
うるさい!
うるさい!


(全部お前のせいだ)

鳴り止まない鐘の音が
元に戻ろうとするミズキの心の邪魔をした。







先日、さよならロザリオのマガジンを
つくりました。
たくさんの方にマガジンをフォローして頂きました。
ありがとうございます。
びっくりしてとてもうれしかったです。

ありがとうございました。
これからも、よろしくお願いします。


                shizugon


追記
今回、ちょっと長くなりました。
最後まで読んで下さり、ありがとうございました。






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