見出し画像

童心を思い出した僕たちと今の君たちが繋がる日

「4人で新しく出来る小学校のプロデュースをしてください。」
7月、新入社員研修が終わった俺たちが初めて任された仕事は、一年かけて理想の学習環境を作り出すことだった。

プロデュース?学校を?1年で?
学校の形の大枠は決まっているし、プロデュースっていったい何をすればいいんだ?
全く話の全貌が見えてこない。
困惑する僕たちに上司は、構想8ヶ月、試行一年というスケジュールと学校の場所だけ告げた。

「頑張ってこいよ。」

そんなありきたりな言葉で、送り出された僕たちの道のりは決して平坦なものではなかった。

「まず、何からしたらいいんだ?」
当てがわれた小さな会議室でタキは机を細かく叩いた。研修の時から向上心が強かった彼は、この何も分からない状況に憤っているようだった。
「どういうスケジュールで進めていくとか、指標は何も無いですね。」
ついでのように渡された、ぺらっぺらの資料をめくりながらため息をつくナツキ。
この2人とキョウコ、俺で話を進めなくてはならない。
初めて会ってから3ヶ月。新人研修で共に行動することもあったが、ほとんど初めましての状態で始まるこのプロジェクト。
明らかに不服そうな2人やぼーっとしているように見えるキョウコと上手くやっていけるのか不安だ。
結局その日は、軽い自己紹介と今後の大まかなスケジュールを決めるに留まり、先行きが見えないスタートをきった。

「とりあえず方向性はこれでいいか?」
尋ねた僕に3人は一様に頷いた。プロジェクトが始まってから2週間、それぞれが企画案を立ててプレゼンをし、通ったのは僕のものだった。
コンセプトは
「大人になった時に困らない教養を身につける」
自分たちが社会人になって、いきなり学生の枠組みから外れ、大人になったこと。それによって困惑したこと。
後悔したこと。そんな体験を減らせるようにしてあげたい。
6年間という長い期間所属し、受験による負荷が全ての生徒にあるわけではない小学生は、社会体験の機会にぴったりだという意見で、全員が一致した。
年間を通して、様々な体験行事を企画しその中に社会で生かせるスキルも盛り込む、講演会なども盛んに…。
しかし、話を進めていく中で、
誰に?どの企業に?予算は?
という壁に直面した。
結局、詳細が何も決まっていない中で打診することは出来ず、時間だけがずるずると過ぎていった。

なかなか進まない日々が大きく動いたのは、9月。連休を挟んだ後だった。
「最近久しぶりに小学生の甥っ子に会ったんだけどね。」
普段の雑談に混えて、夏休みのおもいでを話し始めたキョウコは、おっとりとしたいつもと変わらぬ雰囲気で僕らに言葉を投げかけた。
「なんかさ、小学生って夢いっぱいでさ楽しそうだった…。私たちは大人になっちゃって、あの時こうしていればって後悔することが増えて…。
それで、今の小学生たちにこうしてあげよう。後悔がない日々を過ごせるようにって、自分たちの過去に縛りつけようとしちゃってたのかもなぁ。
でもね、本当に小学生の子たちは、その日、その日を生きていて…。
大人になって私たちが知ったことを押し付けるよりも、まだ経験が少ないからこそ、全力でぶつかり合って認め合って成長する。
そういうことができる場所を守ることの方がずっといいのかもなぁって。」

次第に声に熱がこもり、キラキラとした瞳で話すその姿は、まるで小学生のキョウコが大人の俺たちに訴えかけているようだった。

思い出した。僕もそうだった。
春になると憂鬱だった自己紹介。
今も昔も全然頭に残っていない校長先生の長い話。
運動ができるやつは人気者。
汗を流して努力しても報われないことがあって。
勉強は退屈で。
給食のメニューがいい日はお昼が待ち遠しくて。
喧嘩もした。涙も流した。
でも、笑った日もあった。
共に作り上げたものがあった。
きっと、僕のあの頃もキラキラしていた。

あぁ、、、

「確かに、僕の企画は大人になった僕たちが今通いたい学校だったのかもな。」

「自由に選択して、楽しめる。そんな機会が必要だったんだろうな。」

「ってことは大枠は普通の学校と同じで、共同制作の機会とか、好きなことに打ち込める環境とか…。あとは、子どもの声に積極的に答える姿勢が大切なのかも。」

「それなら、今まで考えてた案はサマースクールみたいな形で自由参加で残してもいいかもしれませんね。たとえ、大人目線だったとしてもいい経験になる気がします。」

「問題はサマースクール分の予算と人かー。」

「地域と子どもの結びつきを狙ってやればいいんじゃないか?地域産業、伝統芸能、大学生とかにも関わってもらったら、結構よくない?」

「「「いい(ですね)!」」」

「それなら予算もなんとかなりそうだな。」

「後で試算してみますね。」

「なんかちょっと文化祭みたい。」

「わかる!この感覚、めっちゃ懐かしいよな。」

今までが嘘のように会議は進んだ。そして、手始めに互いに小学生の頃の認識の擦り合わせを行った。投げやりだったタキと戸惑いが残っていたナツキも先行きが明るくなってくると、積極的に意見を交わすようになった。

10月、具体的な授業年間を決めた僕らは、実現化に向けた準備に奔走した。
コミュニケーション能力が高いタキは地域へのヒアリングと、サマースクールへの意見収集、教室側の参加受付の案内などを。
子どもの気持ちになって考えることができるキョウコは、赴任する先生達への教育方針の説明。子どもとの接し方についてのレクチャーを。
数字に強く、事務能力が高いナツキは経費の管理、備品の手配、入学予定の子に提出してもらう書類の作成を。
そして僕は、学校の公式ホームページの作成や、地域の大学との交流方法の模索、生徒が安全に学校に通えるように通学路の道順の決定を担当した。
実際に動き始めると不足している部分がどんどん見えてきて、毎日ヘトヘトになって会議室に集まるようになった。欠かさず行うことに決めた夕方の報告会議は、意見の擦り合わせることが限界で、解決案はそれぞれで考える必要があった。
1日が一瞬で過ぎていく。ギリギリの日々は辛い反面どこか高揚している自分もいて、本当に学生時代に戻ったみたいだった。

あっと言う間に3ヶ月が過ぎ、年が明けた。
今度は、入学生徒への対応が主軸となった。新設校のため、新年度の受け入れは一年生から四年生まで。それでも400人近くの生徒が入学する。書類の郵送、入学前検診の準備、校内の安全点検など、しなくてはいけないことは多岐に渡った。しかし、4人が顔を合わせる時間が増えたため、認識のブレが少なくなり、動きやすくなった。
次第に自分たちが一つのチームとして成長出来ていることを感じるようになった。
お互いが大切な仲間だと認め合えるようになった。

そして明日、僕たちは入学式を迎える。
教室の飾り付けを先生達と協力しながら完成させ、最後に4人で校内を回った。
今まで、前線で走り続けていた僕たちは、明日からは学校を見守り、問題が起きた時にはより良い方向へと改善する手助けをする。そんな仕事が主となる。
まだまだ、サマースクールへの対応など残っていることもあるが、明日でひと段落。
少し感傷に浸った。

自由に、好きなことに打ち込み
大切な今を目一杯生きる
子供たちのための学校。

数年前子供だった僕たちが今の子供たちへ作った学校が
もうすぐ始まる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?