聖なる夜の特別編:虐殺サンタ。
奴が来るぞ 奴が来る
聖なる夜に 奴が来る
真っ赤な帽子と鬼のお面
奴が来るぞ 奴が来る
聖なる夜に 奴が来る
大きな袋と錆びた鋸
奴が来るぞ 奴が来る
人肉求めて 奴が来る
「虐殺サンタ」。
雪の降らないこの街で、彼はそう呼ばれている。
*
聖夜。
12月24日の日没から12月25日直前。
この美しくも儚い数時間、冬でも湿度の高い街に彼は現れる。
赤い帽子と白い鬼のお面を被り、真っ赤な服を着て、大きな真っ白の袋と錆びた鋸を持ち、クリスマスパーティーの夕食に使う人間を狩りにやって来るのだ。
彼の名は、虐殺サンタ。
そんな都市伝説が「湿気の街」にはある。
こういうオカルト系の噂話にしては、かなり当たっていると思う。
間違っているのは、たった2つ。
1つ目、彼がするのは狩りではない。
2つ目、彼の名前は虐殺サンタではない。
*
湿気と闇夜が纏わり付く。
ずずずっ。
男が大きな袋を引き摺りながら、人通りの少ないラブホ区域を歩く。
この街には、クリスマスも何もあったものじゃない。
いつだって、何にもなり切れず、ぐちゅぐちゅとした粘着質な現実に押し潰されそうな住人が俯き歩いている。
前を歩く彼が振り向いた。
白色の鬼のお面がネオンの光に照らされて、不気味に浮かび上がる。
男は、右手に持った鋸をある方向にまっすぐ向けた。
薄汚れたラブホとラブホの間。現実世界にぽっかりと開いた異空間。正気と狂気の狭間に影が1つ。地から足を離し、少し高い位置から私達を見下ろしている。
鬼のお面を被った男は、曲がった腰でゆっくりとそちらへ向かう。私もその後に続く。
上下スウェット姿の男が、配管にぶら下げた縄で首を吊って死んでいた。眼球が飛び出し、首が異様に長くなっていて、腐敗臭が辺りに充満している。紫色の蝿が、ぶんぶんと煌びやかな灰色の夜に胸を躍らせている。
鬼のお面の男は器用に配管を登り、鋸で縄の中間辺りを切った。
どちゃっ、と男の縊死体が泥濘んだ地面に落ちる。
彼が見てきた光景も、経験した不幸も幸福も、全てが消えてなくなって、今じゃただの異臭を放つ醜い肉片と化していた。
鬼のお面の男は配管から降りると、手際よく鋸で死後硬直した男の冷たい首と四肢をぎこぎこと切断した。
錆びた鋸なんて、硬い肉を切るのに向いてないと思われるかもしれないけれど、彼はいとも簡単にやってのける。
鬼のお面の男が死体を切断して勃つのは、もう見慣れた。いつまでも元気で素晴らしいことだと思う。
首、両腕、両脚、胴体。
鬼のお面の男は、切断された6つの肉の塊を大きな白い袋に放り込む。
聖なる夜は、私達が唯一人肉を食べることが許される夜。その夕食時だけ、薄暗い孤児院がオレンジ色に染まる。
「奴が来るぞ 奴が来る
聖なる夜に 奴が来る
真っ赤な帽子と鬼のお面
奴が来るぞ 奴が来る
聖なる夜に 奴が来る
大きな袋と錆びた鋸
奴が来るぞ 奴が来る
人肉求めて 奴が来る」
誰かの歌声が聞こえた。
か弱くて、今にも消え入りそうな。
湿気の街の美しいクリスマスソング。
*
鬼のお面の男は、赤黒く染まった袋を担いだ。
これで分かってもらえたと思う。
彼は生きた人間を狩って、人肉を手に入れているのではない。
命の消えたただの容器を、孤児院で俯きながら過ごす子供達の為に袋に詰めているのだ。
「行きますよ、馴鹿」
鬼のお面の男に言われ、私は頷く。
やっぱり、この馴鹿のマスク、私にはちょっと重たいみたい。
「来年からはお前がやるのだから、次の死体でぎこぎこやってみなさい」
彼の名は、虐殺サンタではない。
死肉を孤児院にプレゼントする、私達の聖職者。
「はい、『死肉サンタ』様」
ぐぅ、と私のお腹が鳴った。
【登場した湿気の街の住人】
・馴鹿のマスクの少女
・死肉サンタ