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母の介護 そして別れ

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#母の介護

あやつり人形

あやつり人形

ある暑い夏の日
親戚の車に
自宅近くで車椅子の母と二人で拾われて
母の父親が眠る田舎の墓地へ
お墓参りに出かけた

家の外は車いすの
親戚の叔父さんと母は
冷房の効いた車の中で
運転手の従兄と
静かにお留守番

車を降りた
叔母達と私は
お墓にお線香とお花を手向け
ご先祖様に心を寄せて手を合わせ
お参りをすませると

車に戻り
全員そろって
田舎の家にお邪魔する

玄関から進んで
和室の居間に入る

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臭う

臭う

母は要介護4くらいの時から
立ち上がるのに介助が必要になり
一人ではトイレに行けず
リハビリパンツに尿取りパッドを
常に使用するようになっていた

しかも認知症のせいで
時々おむつの中の便を手でさわってしまったり
その手を周りにこすりつけたり・・・

もちろんそんな惨事に気づいた時には
母親自身と周りの寝具など
すぐに汚れを落として
清潔な状態にしていたが

いくら清潔に綺麗に整えても
母は常にお

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モヒカン

モヒカン

「○〇(←母の名前)さんの,かっこいい髪形が好きです」

毎年母の誕生日に
グループホームの職員の方々からのメッセージと
母の写真が貼られたカードをいただいていて

冒頭の言葉は
ある年の誕生日カードに
職員の方が書いてくださったメッセージだが
その頃、母の髪の毛は
私がカットするようになっていた

介護初期の頃は
美容院に行く母に私が付き添っていたが
そのうち
車いすでも行けるカットのお店になり

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おねえさん

おねえさん

親が鬱陶しく思えるようになった
思春期の頃からか

母ともちゃんとした大人の会話を
あまりしてこなかったせいか

母の認知症が進んできて
私を呼ぶのに
まるで他人のように
「おねえさん」とか
「すみませんが・・・」とか
私が誰だか分からなくなって
面識のない人に話しかけるようにされても

それまでの私は
家族よりも外に気持ちが向いていたせいか
昔はあんなにしっかりしていた人だったのにとか
親が自分

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