マガジンのカバー画像

父の介護と永別まで

13
運営しているクリエイター

#介護日記

うしろからこっそり

うしろからこっそり

いつもと少しちがう道を通って
近くの商店街まで行く途中
ある細道のところに差し掛かった時に

よろよろと歩くようになった
今は亡き父が、転んだりしないか心配で
見つからないように、こっそりと
後ろから父を見守りながら
歩いた道だったことを思い出した

父の足腰が段々と衰えてきて
歩くスピードもゆっくりになり
はたから見てもハラハラするくらい
よろよろしながら歩いたり
自転車にも乗っていた時期で

もっとみる
温度差

温度差

「あ、お蕎麦屋さんが来た」
どこかの病室のドアがバタンと開く音が聞こえると
入院中でベッドに寝ている父が言った

父の病室にお蕎麦屋さんが来るわけがないが
父はお腹が空いてたのかなと思いながら
認知症の思考回路には逆らわず
私は、「あ、そう」と相槌をうった

誤嚥性肺炎で入院したこの病院では
ナースステーションで職員の方が
父と一緒に食事をしてくれたり
温かく接してくれたおかげで
父はとても穏やか

もっとみる
横紋筋融解症

横紋筋融解症

父が布団から起きられず
立てなくなってしまったのは
横紋筋融解症(おうもんきんゆうかいしょう)という
聞きなれない名前の病気のせいだった

生まれて初めて聞いた
この珍しい病名を
私は忘れないように
繰り返し唱えて
記憶にしっかり留めた

父が立ち上がれなくなり
救急車で救急病院に運ばれ
当番の先生はこの病気について
色々説明をしてくれた

そして入院が必要との事だったので
先生に父の認知症状につ

もっとみる
別世界

別世界

朝、自室で目を覚ますと
部屋中が煙だらけで
真っ白になっていた!

火事だろうか!?
何が起こったかわからないが
とにかく
ただ事ではない!

慌てて飛び起きて
1階まで階段を降りていくと

自分の部屋よりも
さらに真っ白の密度が濃い煙と
焦げた臭いのキッチンの中
父が「火事だ、火事だ」と呟きながら
箒で床を掃いていた

キッチンのシンクには
焦げた炊飯器が放り込まれている

どうやら炊飯器を

もっとみる
こぼれたミルク

こぼれたミルク

温めたミルクをマグカップに注ぎ
椅子に座っている父が差し出した
両手の上に置いて
私が手を離すと
ちゃんと支えることができずに
ミルクがこぼれてしまった

父は眠たかったのか
それとも
もうマグカップを受けとる力さえ
残っていなかったのか

お腹の調子を気にしてか
父は自分でミルクをあたためて
よく飲んでいたので

その日の父は
寒かったのか
たくさん上着を着込んで
ぼんやりと椅子に座っていたので

もっとみる
選手交代(その2)

選手交代(その2)

父が往診で処方された自分と母の薬を
決められた量よりも
多く服用しようとしていたので

私が
そんなにたくさん飲んだら駄目だよ
と言うと

たくさん残ってるし
たまには沢山のんだ方が体にもいいんだ
と父が答えて

割と従順に
父に従うことの多かった母も
それに続いて
そうそう
たまには沢山のんだ方がいい
と同調する

父が
自分と母の食後に飲む薬を
一人分ずつ
小皿に全部出して置いておく
いつもの

もっとみる
選手交代

選手交代

2週間に一度の診察で
処方してもらう父と母の薬

母は介護中のため
父が薬局に寄って
薬をもらってきたはずなのに

薬の入った袋が
どこにも見当たらない

もらってきて
ここに置いておいたのに
ない、ない、と
父が不機嫌に
騒ぎ立てるので

私も一緒になって探すが
どこにも見あたらず

挙句の果てには
私がなくしたと
言い始めたので

もしかして
もらい忘れかと
薬局に問い合わせても
出したと言わ

もっとみる
よちよち君

よちよち君

足腰が弱って
歩幅が狭くなり
床からあまり足をあげず
すり足のように
よちよちと歩くようになった父を

私は心の中で
「よちよち君」と呼んでいた。

歩幅の目安は「身長×0.45」らしいが

身長の180センチほどの父の
その頃の一歩は
5センチもなかったようにも感じた

しかしトイレに行く時だけは
ギリギリな状態の時が多く
必死な顔をして
いつもより力強く
速めに足を運んでいたが

間に合わない

もっとみる