#12【愛すべき弟妹】


私は、3人兄弟の長女だ。
 
 
2つ下に妹が、
8つ下に弟がいる。
 
 
私も、妹も、弟も
 
 
同じ親から生まれて
同じ環境で育ったことが
信じられないくらい
性格が違う。
 
 
私は、思ったことがすぐに顔に出て
すぐに言葉にも出るタイプ。
 
 
今でこそ大人になって
言葉に出すのは憚られるタイミングを
覚えたりしたが、
見たらわかる、と言われる。
  
 
感受性が豊かで
表情がコロコロ変わるタイプだ。
 
 
妹も、弟も
全く違う。
 
 
妹はいわゆるミーハータイプで
これ!と思い込んだことに
突っ走る。
 
 
でも他人の意見は聞かないし、
完全に自分のペースだし、
マイペース&ワンマンで
考えてることを言わないから
両親は困ったらしい。
 
 
弟は、とことん考えて
論理的な決断をするのは
私と同じだが、
(というか姉を真似した)
痛い、きつい、しんどい、は
全く表に出さない。
 
 
自分の好きなことに対しては
布教することに命をかけているので
めちゃくちゃ喋るし、アピールするが
基本的にはニコニコしているだけで
本当に話さない、愚痴も言わない、
温厚なのんびり屋さんタイプだ。
 
 
子供の頃はケンカばかりだったが
思春期を過ぎたぐらいから
ケンカはほとんどなくなった
 
 
今は、実家に帰ると
一緒に飲みに行ったり、
朝までお笑い番組を見たり
3時間でも4時間でも
語ったりする仲だ。
 
 
キャラクターは全く別だが
それぞれの良さがあって
ちゃんと仲良いな、と思う。
 
 
祖母の病気がわかった1月は
私が大学2年生、
妹が高校3年生、
弟が小学6年生で
私以外の2人が
進学の節目だった。
 
 
妹は、行きたい短大があって
もうすでに受かっており
免許を取るために学校に通っていた
 
 
その合間を縫って
私が無理な時とかに
祖母の薬の時間の管理や
病気が進行した時の
モルヒネの注射を買って出てくれていた
 
 
本人の生きるペースは
意地でも崩さなかったが
本人なりに真剣に向き合ったのだろう。
 
 
事実、彼女がいたから
私は自分のことができる時間があって
母親も同じことを言っていた。
みんなの息抜きの時に
仕事を買って出てくれた感じだ。
 
 
弟は、サッカーに明け暮れており
6年生とは思えない体格で
ゴリマッチョの、
見た目に可愛くない弟だった。
 
 
ほとんど家にいない弟だったが、
前述したように父親が
うちの家を使え、といったときに
「ほしたら僕の部屋使ったら?」
と、自分の部屋を明け渡したのだ。
 
 
これには私も驚嘆した。
 
 
小学6年生、親が鬱陶しく、
離れたいと思う時期だ。
 
 
弟が部屋を明け渡す、ということは
必然的に部屋の数がないため
両親と同じ部屋で寝ることになる。
 
 
流石に父親も遠慮して
弟にそんな話を打診してなかったのだが
その話を聞いて、すぐに
部屋を明け渡すと言ったのだ。
 
 
うちの男どもの
漢気がすごすぎる。
 
 
「だってさ、おばあちゃんが
お母さんらの部屋で寝ることなったら
部屋が二階やから、
階段登らせるん悪いし
じゃあ1階のリビングで寝てもらうのも
いややん、かわいそうやし。
それやったら僕の部屋1階やし
使ってもらったらええやん。」
 
 
それが、祖母が引っ越した6畳の部屋だ。
 
 
確かに、お手伝いはしてなかったし
サッカーの練習ばかりで
そんな暇はなかった弟だけど
 
 
姉の、家族の想定を大幅に超える
器の広さを見せつけられた。
 
 
大きな決断は、男性陣が。
日常の細々したことは、
女性陣が。
 
 
なんだか不思議と、
しかもその人にぴったりあった
役割分担ができてしまうところも
 
 
家族って感じで
すごく好きだった。

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