春は冷たくてしとどに降った雨

2年半ほど付き合っていた女性に別れを告げられた。といっても、こういう場面は今まで何回もあった。
最初は、もういつかは憶えていないが東郷のららぽーとに行く途中、彼女が一言も発さないので僕も何も話さず、到着後店に並んでいる時、業を煮やして「どうしたの?」と問うと「別れたい」と一言。結局その日のうちに仲直りしたのだが、この日以来、僕の脳内にはいつも『また振られるかもしれない』という不安が付き纏うようになった。
2回目は、2021年の11月。旅行から帰って3日後に振られてしまった。この時はもう自分も限界だったのであっさりと別れを承諾した。しかし、次の日に荷物をどうするのかについて電話して、お互いに離れがたくなり、しっかりとダメなところを改善することを約束し、よりを戻すことになった。
3回目は、2022年の3月。これに関しては記憶ははっきりとしているのだが、振られた理由についてはよくわからない。昨年の11月から僕は比べ物にならないほど成長したと自分でも思うし、彼女もそれは認めてくれた。だが、新しい不満が次々に生まれてしまい、もう僕のことを好きでいられる余地がないということだった。この時の僕は、彼女を幸せにできるのは自分しかいないと傲慢な考えを持っており、考え直すことを何度も提案した。次の日に直接会って話し合うことを承諾してくれたのだが、「今日は家に帰るまで、僕は君のことを諦めるつもりはない。迷惑かもしれないけど、僕はまたやり直せると思う」と決意表明し、彼女と対面した。彼女とはラブホテルで話し合った。彼女が泣いてばかりで、店で話すには迷惑をかけると思ったからである。ラブホテルに着き、僕は彼女と横になった。僕の1番好きだった時間は彼女とベッドで横になりお互いに抱きしめ合うことだった。最後に彼女の温もりを噛み締めて、彼女の幸せを願おうと心から思ったのだ。しかし、僕達の関係は歪みに歪んでしまっていた。僕は彼女とそのまま交わってしまった。彼女も僕の劣情に応じた。今までで1番長い間彼女を愛した。涙を目に浮かべながら、彼女に自分を刻み込んだ、マーキングに近い感覚かもしれない。もう手に入らないとはわかっていたから。結局、またその日のうちに仲直りしてまたやり直すことになった。もう僕達は交合うことでしか関係を維持できないほど、終わりの時は近づいていたのだと振り返ってそう思う。その一週間後に、「やっぱり別れよう」と正真正銘のお別れをした。
こうなった理由ははっきりしている。僕の不甲斐なさである。付き合って割とすぐの頃に、僕はベロベロに酔っ払い、ツイキャスという配信アプリを始めた。今はもう自殺してしまってこの世に居ない友達と共に、あろうことか僕は「彼女を殴ってみたい」と口走ったのだ。今考えても何故こんなことを言ったのかわからないのだが、どうも僕は女性に対して言い知れぬ嫌悪感を抱いているようで、女尊男卑的な昨今の風潮に息苦しさを覚えてしまっている。そういうことなんだろう。だからといって僕の罪が免罪されるわけでは決してないのだが。
もう一つ。大学四年の夏、僕はマッチングアプリを入れて少し覗いてしまったのだ。あの当時は彼女に対して恋愛感情がなかった。昔好きだった女性と関わる機会が多くなり、その女性のことがどうしても気になってしまったのだ。倦怠期というやつなのかもしれない。彼女との営みも次第に苦痛になっていった。同時に、僕は就活に奔走しており、なかなか成果を挙げることができなかった。こんな状況の中で、応援こそしてくれるものの会う頻度を減らすことを提案すると不機嫌になる彼女のことが疎ましいものだと感じるようになったのだ。自分がわからなくなった。自分に自信が欲しかった。ただ、自分のことを良いと思ってくれる女性がいればそれで事足りたのだ。あまりにも身勝手だが、そういう経緯で僕はマッチングアプリを始めた。始めたのはいいが自分が醜くて仕方ない。彼女への愛は薄まっていたが大切な存在でずっと一緒にいたいという気持ちに変わりはなかったから。今思えば、愛がなかったのではなく、寧ろ恋から愛に変わったのだと思う。その変化を理解できるほど僕は大人ではなかった。
マッチングアプリはすぐに辞めた。しばらくはどんな女性がいるのか興味本位でチラッと覗く程度だった。まぁ、そのせいで彼女に後にバレてしまう訳なのだが。
僕は彼女を信じることができなかった。彼女は八方美人的な側面があり、異性との距離が極端に近かった。僕は彼女が浮気をしているのではないかといつも疑っていた。僕は今までの経験から信じていた女性に裏切られることが多く、女性不信に陥っていた。いつも彼女の行動に不安になりあたってしまう。そして彼女を傷つけてしまっていたのだ。やめてくれとそれとなく言ったことはある。だが、「私は大丈夫だから」の一点張りで改善することはなかったし、寧ろ酷くなっていったぐらいである。それだけでも僕は苦しいのだが、彼女は僕を束縛するのだ。僕が異性と話すことを彼女は許さない。すぐに不機嫌になり僕が宥めるというのが常であった。僕は対等な関係を望んでいた。これでは全くイーブンではない、僕だけが損をしていると。対等な関係でいることが自分の中で美徳であったから、自分が傷つけられた分、彼女を傷つけないと気が済まないのだ。これは自分の弱さでもあって自分らしさでもある。僕の行動には絶対に理由がある。先述の僕の信じられない行動も、彼女のそういう自分勝手な行動や背徳行為に耐えられなくなって生じた結果なのだ。だからといって免責されることなどないのだが、考えなしに僕がやってしまったと結論づけられたくはないのである。
僕は当初、彼女とまたやり直すことを強く望んでいたし、そうなるために根本的に変わろうと決意したのだ。人と上手く関われない自分、いつもひねくれたことばかり言って素直になれない自分、思いやりのない自分、それら負の自分を変えたくて努力した。結果、「変わったね」と沢山の人に認めてもらえた。だが、その変化は彼女に届くはずもなかったのだ。
彼女は、浮気をしていた。正確には浮気まがいの行為なのだが、僕は面倒くさいのでもう浮気としている。僕とギクシャクしていたころ、ある僕の後輩が言いよってきたそうだ。そもそも、彼女が「もし彼氏がいなかったら○○(その後輩)と付き合いたかった」と漏らしたのが発端だ。その後輩はずっと彼女を狙っていた。ある意味では一途であるが、彼女は僕という恋人が曲がりなりにもいるのである。余りにも不誠実ではないだろうか。しかし、彼女は彼に応じた。何をしたのか真相は闇の中だが、何回か逢瀬を繰り返したらしい。やけに仲が良いと思っていたらそういうことだったのだ。全てを理解した。そのような行為をしながら僕との関係を続けていたのだ。このことは僕の親友が教えてくれたのだが、未練タラタラな僕を見兼ねて目を覚ませと打ち明けたのだ。この話は僕の属するコミュニティの中では黒い噂として出回っており、僕だけが知らなかったし知らされなかった。知らない方がいいこともあると周りは結論づけたのだ。何とも残酷な優しさである。その優しさは僕を今の今まで傷つけているというのに。
僕は自分を見失ってしまった。僕は一体何のために変わろうとしているのか、僕の大切な人はずっと僕を裏切っていたのか、僕だけが好きを押し付けていたのか、あの煌びやかな時間は何だったのか、嘘だと言ってほしくて彼女に問いつめた。彼女は憶えていないと言った。その瞬間僕の中の何かが音を立てて崩れていったのを実感した。そんなことを忘れるわけがないだろう。もし本当に忘れてしまっていたとしたら彼女は本当に最低だ。どちらにせよ僕に救済などなかったのである。僕は自分も、彼女も信じられなくなった。だが、僕は全てを許そうとした。彼女のことが好きだったから、また笑い合いたかったから水に流そうとしたのだ。そして、大学の軽音楽部最後のライブで君のために演奏するから聴いて欲しいと伝えた。
そのライブで僕は今までにないほど感情的にベースを弾くことができた。自分のありのままを伝えることができた気がした。またほんのちょっとでも好きになってもらえたと勝手に鼻が高くなった。そして、彼女にライブ終わりに話そうと声をかけた。「もう好きじゃない」と彼女はあっさりと言った。「まだ好きだけど今は離れるべき」とついこの間まで言っていた彼女は、もう僕のことは過去のものになっていたのだ。いや、それどころか全く眼中に無い様子だった。僕は、彼女と離れてからはじめて涙を流した。もう再生できないと理解してしまったのである。演奏後に「かっこよかった」と言ってくれる彼女のためにいつも気乗りしない部活に顔を出した。いつも僕と話すために待っていてくれた彼女が本当に好きだったし大切だった。でも、もうその彼女はいない。足早に闇に消えていった彼女は、僕の好きだった人ではなかった。もう変わってしまったのだ。僕は逃げるように帰路についた。
彼女の疑惑はかなり自分の中で尾をひいた。それは今も変わらず僕のトラウマとなって毎日僕を苦しめる。全てを知りたくてしたくもないLINEを送った。傷つくとわかっているのに、冷徹な彼女と関わろうとしたのだ。「前よりもLINEのやりとりをしているし、また2人で遊びに行く予定だ」と彼女は言った。心の中で「さようなら」と呟いて、僕は彼女のことを嫌いになった。好きな人から嫌いな人になった瞬間だ。最後に呪詛の言葉を吐いて、僕は彼女をブロックした。読まれたのかどうかは知らないし、もう既に相手もブロックしていたのかもしれない。だが、もう今となってはどうでもいいことだ。もう僕と彼女を繋ぐものはとっくの昔になくなっていたのだから。彼女に思いやっても最悪の形でお返しがくるのは目に見えているので、僕は彼女を罵倒したのだが、これが良いことか悪いことか他人に評価されたくはない。僕が決めた道だ。自分に嘘をつけるのが大人なのなら、僕は一生ガキのままくたばったっていい。彼女がこれから幸せに暮らすことを僕は望まない。可能なら僕のことを一生後悔しながら不幸になって欲しいし、罪の意識を持ちながら他の誰かとまた同じことを繰り返して欲しい。何ならこの世からいなくなって欲しいぐらいだ。僕は器が小さいし性格も悪いが、僕のことを傷つけた人の幸せを願ってやる筋合いはないとは思う。僕はこういう自分が嫌でもあり好きでもあるのだ。
彼女のために曲を書いた。彼女には勿体ないぐらいの歌詞を書くことができた。自分に都合のいいことだけ信じていたいので、僕は昔の彼女に対してこの曲を贈りたい。いつまでも後悔しながら生きていく覚悟ならできている。

『 Her night and morning』

光を遮った雨は冷めた君をあからさまにして
霧に溶けていく思いに執着したんだ
南の方に向かうのに躊躇ってしまう揺れた環状線
ゴミだらけでもあの海は青いままだった

夜はすぐに過ぎるはず
呼吸をしないと
朝はすぐに孤独を与える
同じ星を見ても
煙にまかれた

夜にはきっと思い出してしまう
眠っていたいな
朝にはきっと変われるはずなのに
2人で過ぎた夜
夢は君を閉じ込めたままだから

どこかですれ違っても気づかないだろう
でも君の香りを探し続ける
春は冷たくてしとどに降った雨
もう曖昧なんだ


さようなら、僕の好きだった人。
でもまだ僕は彼女のことが好きだ。それは今の彼女ではなく、2人が出会った頃の彼女だ。僕はいつまでもいつまでもあの頃の彼女にまた会えることを祈りながら、彼女の香りを探しながら、前を向いて生き続ける。
僕は薄情なので、また恋をしたら彼女のことなんて綺麗さっぱり忘れてしまえるのだ。
何年かかっても、また大切にしたいと思える人と恋をしたい。
そして、今度は幸せな2人についての曲を作りたい。今はそう思っているだけだ。

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