放置から虐待へ…【毒親・第5話】
父のクルマから降りたのを、母がベランダから観ていた事に気付かなかった。
鍵を開けてアパートに入ると、母が包丁を持って立っていた。
「裏切者… 誰の為にこんな辛い思いして働いてると思ってるんや!」
「とにかく中へ入れ!」
母はかすれた声で言った。
殺されると思った。
でも逃げようとしても足がすくんで動かない。
へなへなとその場で腰を抜かしてしまった。
包丁をもった母に部屋の中まで引きずられる。
「今度アイツの所へ行ったら、アンタ殺して一緒に死ぬからな!」
僕は恐怖でガタガタ震えて、ただただ
「ごめんなさい…」
「もう行きません…」
命乞いをするように何度も何度も、繰り返した。
そのまま気を失うように眠っていたようで、明け方に涙でびしょびしょになった廊下の上で目を覚ました。
母は隣の部屋で布団を敷いて眠っていた。
泣きつかれて喉がカラカラで、台所で水をガブガブと飲んだ。
包丁は元の場所に置かれていて、ひとまず安心した。
とにかく一旦外に出たかったが、学校が冬休みで出るための口実がなかった。
母が布団から起き上がってきた。
一瞬、昨晩の恐怖が頭をよぎった。
でも、母から昨晩の殺気は消えていた。
母は出前を取るのに電話をした。
母が起きてきてから、一言も会話はない。
重苦しい空気の中、出前が来た。
物凄い量だった。
朝、昼、晩の分の出前だった。
母が今日はじめてしゃべりだした。
「お母さん、今日しごとやけど帰ってくるから御飯少し残しといて。」
「明日からスーパー行くときにカップラーメンとか日持ちする食べ物たくさん買っといて。」
「あと、弁当も多めに買っといて。残ったらほかしたらいいから。」
「あと…」
しばらく沈黙が続いた。
「もう、お父さんのところ行ったらアカンで…」
僕の脳裏に、昨晩の恐怖がドッと浮かんできた。
冬なのに、じとーっと何とも気持ち悪い汗が体中から流れた。
この後数日して、家に独りで放置されていたほうが良かった、
父親のところに行くんじゃなかったと後悔する日々が続くことになる…
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