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ネコたん、たん。

ショートショート
『ネコたん、たん。』

***

ここは、ほっとする匂い。

分厚いコートをかけると、
キィ と、ドアを開けて我が家の匂いを嗅ぐ。

ただいま、くーちゃん。
ソファーに乗せられた大きなクマのぬいぐるみに話しかけるOL32歳独身。

さて、晩ご飯は何を食べよう。
疲れちゃったから、カンタンなやつ…。

体育座りでパスタをすすりながら、気だるい体と心にため息をつく。そして、言い訳のようにつぶやいた。「ネコたんがいればなあ」と。「ネコたん、たん♪」シラフである。

食べ終えるとすぐに、強い睡魔に襲われる。最近いつもこうだ。先日久しぶりに会った弟から炭水化物ばかり食べ過ぎだからだよ、血糖値の上昇が…などと専門的な小言を言われた。でもこっちは疲れきっていてるんだよ、学生くん。

眠い…。目を開けるのはもう、無理かも…。うとうとしながらも、心のダメージも大きい私の無意識は幻想を見せる。私のひざでネコたんが寝ているのだ。

あたたかい。
やわらかい。
しあわせ。

天国のような光に包まれて、螺旋を描きながら、私とネコたんは、空へ昇ってゆく…そして…

ハッと気がつくと、AM4:00。
リビングで寝落ちしてしまった体は冷えきっている。

新聞配達のバイクの音と、我が家のポストへ投函される音がした。

あともう2時間で起きないといけないなんて信じられない…。

今からベッドにもぐりこんだら、私は目覚めないだろうなあ。 貯金少ないし、終わっちゃうなぁ。

ぼーっとしたまま、よいしょっと立ち上がる。

外の空気を吸って、新聞をとって、シャワーだけでも済まそうと思った。
ひどいコンディションだけど、とりあえず今日という日を始めましょう。笑顔でお仕事。行けば一日が終わる!

ドアを開けた瞬間、びくっとした。
ヌルリと何かが入り込んできたのだ。暗くてよく見えない。目も疲労でシバシバしているし。

気味の悪い妖怪のような生き物が見えて、静かにパニックになる。けど、こんな時間だと妖怪も出るのかも…。眠たい目を擦りながら明かりをつけると、そこにいたのは、なんとネコたんだった。

「君…ちょっと」

ネコたんは、たたきに置いた靴棚の二段目へ入りこんだ。くるりとこちらへ向きを変えると、まっすぐに前を見据えて、腰を下ろしてしまった。香箱まで作っている。

私はまだ寝てるのだろうか?と思いつつ「君は…野良ネコたんかな?」と話しかける。

ちらり。と、こちらを見ただけで、悠然と前を見据えている。どちらのお殿さまですか?とぽつりと呟いた私の声は、薄暗い空気につまらなそうに消えていった。

夜明け前のひんやりとした玄関。
ひざをかかえたまま、何もできずに私はネコたんを見つめている。

ああ、ネコたんだ。ネコたんがここにいる。私のうちに、ネコたんがいる…!

「ひとまずその靴棚で、がまんしてておくれ」

居間へのドアを開けるには、おそらく色々と準備が必要だ。ガラス製品を片付けたり、観葉植物をどうにかしたり。ひとまず立ち上がって、香箱座りのお殿さまをそのままに、シャワーを浴びに行った。

髪の毛をタオルで乾かしながら、玄関にいくと、依然として優雅にそこにいらっしゃった。少しも取り乱したりしていない。変わったネコたんだ。ネコたんは変わっているというけれど、それでもだいぶ変わっているネコたんだと思った。

とりあえず、写真を撮らせてもらった。迷いネコたんだった時のためのポスター用の画像だ。

分厚いコートを着て24時間営業のディスカウントストアへ向かう。とてもとても、とてーも眠い。そして寒い。シャワーなんかじゃ芯まで冷えた体は回復しないようだ。

「ネコたん用の砂とトイレとキャットフードと…」ぼうっとした頭でぶつぶつとつぶやきながらも、足取りは面白いくらい軽い。夜明け前の白んだ空を見上げた。とてもいい気分だった。

不思議な事があるもんだなぁ。

同僚には悪いけど、体調不良という仮病で、午前休する私を許しておくれ。午後、二倍働くから…。

私はこのあと数年、しあわせに過ごした。

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