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もしものせかい ヨシタケシンスケ

 僕の記憶にはあまりないのだけれど、母方の祖父母の家でしばらく育てられていたことがある。

 小さな頃の自分は、柱時計が鳴るたびに、時計のところにかけていって、時計を指差し、
「けけい!けけい!」
と、繰り返していたそうだ。

 祖父母の家で、何度となく繰り返し作っては壊した一休さんのジグソーパズル。

 黒電話のある部屋の書棚に並ぶ文庫本や古い書籍の中から、選び出した世界の怪獣が書かれた本。

 夏、土間から上がり込んで、年の近いおじさんの部屋となっている一角に寝る前に上がり込んだときの、寝床に吊り下げられた蚊帳と、蚊取り線香の匂い。

 おじさんの部屋の奥にある秘密の階段を登ったところにある、母屋の屋根裏の軒下に吊り下げられた、裏庭の柿の木から取れた渋柿を一つ一つ縛った干し柿。

 二層式の洗濯機と同じ場所にあって、冬の寒さが身に染みるから、お湯に浸かった時の至福といったらない、タイル張りの風呂。

 農具が直してある離れで、一番日当たりの良いガラス窓に囲まれた部屋の、土の匂いと暖かい陽だまり。

 冬の大好物だった、外にある自販機に売っていたミルクセーキを、祖父が毎朝、毎晩読経していた部屋の縁側で、ぽかぽかな陽気の下一人占めする美味しさ。

 祖父母の家は僕の世界だったから、これまでに住んできたどの家よりも鮮明に思い出すことができる。

 今はもしものせかいに行っている祖父母に、そんな思い出話をする時が、いつか来るのだろう。

 僕の、いつものせかいと、もしものせかい。

 どちらも大きく育てたことも、一緒に話すことにしよう。




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