見出し画像

祖母


 田舎の家にひとりで暮らしている祖母を訪ねた。もう一年半も会っていない。いや、丸三年は会っていないというほうが事実に近い気がする。彼女は九十歳で、もしかしたら九十一歳かもしれないし、百三歳かもしれない。年寄りであることには違いなかったが、ときおり少女のような一面も見せた。というより、祖母は少女だった。つまり歳をとっておらず、ゴムボールのように柔らかく、弾力があり、活動的だった。だから九歳かもしれないし、十五歳かもしれない。少女のような祖母コンテストというものがあれば、きっと優勝するだろう。髪は黒くもなく、白くもなく、長くもなく、短くもなかった。まっすぐ伸びてもおらず、くるっとカールしてもなく、髪らしくもなかった。祖母を訪ねたとき、彼女は目を閉じていた。そして、おまえは誰だと私に訊いた。祖母は笑おうとしなかったし、理解しようとしなかった。何かを理解するということがどんなことなのか、彼女にはわからないみたいだった。私も同じくだ。ときどき笑うことはあるが、理解するということがどんなことなのか、わからなかった。そのわからないという点において、祖母と私は互いを理解しあえるのではないかと思われるかもしれない。しかし祖母には互いというものがなんなのかわからなかった。祖母の家は静かだ。誰もいないみたいに。限りなく無音に近い音量で誰かが喋っているみたいに。机の上に、菓子類の入った籠と、何かのリモコンが置かれていた。湿布のような、新聞紙のような、花のような、錆びたような、火を燃やしているときのような匂いがした。天井は暗く、廊下の一箇所には冷たい日が差していた。祖母の家はとても静かで、柔らかく弾む少女の気配を吸いとっていた。祖母は、おまえは誰だと二度と訊かなかった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?