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イスラム世界探訪記・パキスタン篇⑨

27日(ピンディ行きの車中→ラワールピンディー→ペシャワール)

 訪れたパキスタンの街で、どこが一番良かったかと聞かれれば、ペシャワールと答える。感動や達成感ではモヘンジョダロに一歩譲るが、街で感じた楽しさ、充実度では、モヘンジョダロよりも、パキスタン観光の代名詞フンザよりも、ペシャワールだ。

 ペシャワールはパキスタン西部の都市で、アフガニスタンにほど近い。ペシャワールから西へ50kmも行くと、アフガニスタンと国境を接するカイバル峠だ。カイバル峠を含む、パキスタン領とアフガニスタン領の間の地域は「トライバルエリア」と呼ばれ、特定の部族の自治地域(2018年に廃止)になっていた。

   このエリアでは、両国の法律が適用されない。パキスタン旅行の第一の目的がモヘンジョダロなら、2番目はこのトライバルエリアを旅することだった。最大の目当ては、トライバルエリアにあるらしい街「ダラ」。手作業で銃火器を生産して収入を得ている“銃の街”で、パキスタン最大の、銃のブラックマーケットがあるとも聞いていた。好奇心から、どうしても行ってみたかった。

●喧噪の街

 フンザを出発したバスは朝6時過ぎ、ラワールピンディーのバスターミナル「ピールワダイ」に着いた。フンザ行きのバスに乗った場所だ。戻ってきたなあという感慨を覚えつつ、ここで小さなバスに乗り換えた。

   このバスには、ドライバーと集金係を合わせて計3人のスタッフが乗車していたが、何が何でも満席にしたいのか、「ほとんど拉致なんじゃないの?」というくらいの勢いで、むりくり客を乗せていった。車内がすし詰めになったのを確認してから、ようやく本格的に出発する。ドライバーは、狂ったようにクラクションを鳴らして走った。頭が割れそうだったが、心頭を滅却する気持ちでなんとか耐え、午前11時半にペシャワールに到着。3時間の予定が5時間かかったが、運賃は70Rs(約140円)と格安である。

 ペシャワールは、喧騒の街だった。自動車が激しくクラクションを鳴らしながら行き交い、その間を縫うようにリキシャや歩行者が行く。排気ガスと砂埃、威勢のいい呼び込みの声に、響く怒声。活気あるバザール。パキスタンと聞いて一般的にイメージする土地柄に、最も近い街かもしれない。

街は喧噪に満ちている
交通ルールは当てにできない

 トゥクトゥクのような車に乗って「park inn」という名のホテルにチェックインした。一泊700Rs(約1400円)と、なかなかお高い。万全な体調を取り戻していた私は、さっそく街歩きへ繰り出した。

 向かった先は「ハイザルバザール(オールドバザール)」だ。「何でも売ってます」を絵に描いたような雑多なマーケットで、食物、衣類、文具、電化製品、玩具、謎の証明書の数々を作って売り捌く店など、歩いても歩いても飽きない。派手な看板を掲げる映画館(多分)もあった。

スイカには縞がない
映画、観てみれば良かった

 砂埃や排気ガスが酷いからか、マスクを売っている店も多い。香辛料を扱う店ばかり、貴金属を扱う店ばかりが集まった一画もあった。ここで購入した物で嬉しかったのは、リップクリーム(15Rs)だ。乾燥でボロボロになった唇に、塗りつけて歩いた。通りすがった扉のない床屋では、子どもが大人の髭をあたっていて、観光客が珍しいのか、私に気づいて手を止め、好奇心剥き出しの視線を向けて来る(手が滑りませんように)。この子に限らず、数メートル歩くたびに声をかけられ、握手を求められた。 

 バザールの屋台で食べた昼飯は、羊肉の串焼きだ。これがまあ、豪快で感動的に美味かった。45cmほどの長さの鉄の串に、ぶつ切りにした羊肉とトマトを刺し、塩胡椒で味つけして焼いただけの料理だが、パキスタンの旅で最も美味かった。我ながら食うわ食うわ。7本食べて60Rsの安さである。日本なら缶コーヒー1缶分の値段だ。なんたる満足感。この食事のおかげで、ペシャワールの印象は今もって「飯の美味い街」である。

こんな店がたくさん

 その後は「ペシャワール博物館」へ行き、ガンダーラの遺物や民族衣装を見た。外国人の入場料は100Rsだが、この日はツーリストデイとやらで無料のサービスを受けた。

 散歩を再開すると、すぐに暇そうな警察官に誘われ、アフガニスタンの「カワ茶」をご馳走になった。甘い緑茶のようなものだ。元々の味に、おそらく砂糖で甘みをつけていたと思う。飲んでいるうちに、わらわらと人が集まり、私を取り囲んだ。繰り返される挨拶、握手、ハグ。他の持ち場にいるはずの警察官も寄ってきた。警察官はあちらこちらにいるが、皆にこやかでフレンドリーだ。

ここのポリスは友好的な人ばかり

 だらだらしていると、夕方6時ごろ、どこからともなくアザーン(イスラムの礼拝の呼びかけ)が鳴り響く。私はアザーンが大好きだ。何を語りかけているのかさっぱりわからないが、その声が、音が、じんわりと体に染み込み、落ち着く。イスラム圏の旅が好きになった理由の一つが、アザーンの響きだった。そこに夕焼けが重なったこの日などは、シンプルに感動する。

 夜は「SALATEEN」という名のレストランで、チキンジンジャーとナンを食べた。一緒に出てくるコップの水も平然と飲んでいる自分に気づき、ペシャワールの素晴らしさに浸った。明日はお楽しみのトライバルエリアである。

線路沿いを行く


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