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イスラム世界探訪記・パキスタン篇⑤

05年9月23日(フンザ行きの車中→フンザ)

 フンザは、国の北西部に位置する標高2500メートルの高地で、周囲を7000メートル級の山に囲まれた険しい山岳地帯にある。荒涼とした景観の中にのどかな田園風景が広がり、春には杏の花が咲き、秋には紅葉が燃える。その光景から、「風の谷のナウシカ」の「風の谷」のモデルになった場所だという話も根強く囁かれており、ついた通り名は「桃源郷」。パキスタンを旅する日本人ツーリストの多くが、フンザを目当てにしていると言っても大げさではないようだ。

 そんな魅惑の地へ向かう大きな車体のバスだが、座席は狭く、窮屈だった。道のりは想像以上のダンシングロードで、耳や頭を何度もぶつけて痛い思いをした。休憩のたびに、知り合ったコックのカーンと同じテーブルで飯を食い、お茶を飲み、会話をする。日本人を面白がって話しかけてくる現地の人には、10円玉をあげると、とても喜ばれた。

 山道に入り、午前6時。バスはカラコルムハイウェイを北上していた。パキスタンと中国を繋ぐ大動脈だ。7000メートル級のカラコルム山脈の山間を行く、絶景ドライブが続く。

 青空の下、切り立った崖がそびえ、岸壁からはひたひたと水が流れ落ちて、眼下の濁った川に飲まれていくのが見えた。険しい山並みが、見たこともない国の城壁のように、どこまでも連なっている。ハイスピードで走るバスの激しい揺れに逆らうことができず、何度も天井や手すりに身体を打ちつけた。速度を落とさないまま、詰めすぎた車間距離で対向車線のバスとすれ違う。土砂崩れも多いと聞く道だ。感じたのは追突の危険性よりも、崖下への転落だった。しかしそんな不安も、世にも稀なる絶景を見ていると吹き飛んだ。

反対側は落ちたら終わりの崖
重なり続ける稜線
雪化粧の山々も見え、表情は多様

 やがて検問に着き、パスポートのチェックが行われた。降りると、バスが六台並んでいる。雄大な景色に見惚れ、できるだけゆっくりとチェックを進めて欲しいと願った。空気の澄み方が地上付近と全く違うのだろう。視力は悪いのに、遠方まではっきり見える。遠くに、巨大な岩山に向かって一列に並んで歩く一団を認めた。小さな背中が、縦一列に伸びていた。

検問に必要なのかバスの上に括った荷物を探る
アッサラーム・アライクム

 走行を再開したバスは、13時50分、カラコルム山脈に囲まれた町、ギルギットに到着した。多くの乗客がここでバスを降り、各々の目的地へ、各々の自動車で散っていった。カーンともここでお別れだ。他のバスから降りて来た人たちの中には、5~6人の日本人もいた。学生風のバックパッカーだ。パキスタンに入ってから日本人を見たのは初めてだった。軽く挨拶をすると、皆フンザへ行くという。

 バスは再度走り始め、17時にアーリアバードという村に到着。ここで、23時間乗り続けたバスを降りることになる。フンザ行きの客を待ち構えていた軽トラにひとり乗せられて、20分ほど走っただろうか。ついにフンザに入った。

 フンザでは、日本人の姿がちょこちょこと目についた。これまで、ほぼ見ることがなかったのに頻繁にすれ違うのは、やはり人気の観光地ゆえだろう。そんな感想を抱きつつも、景色を楽しむ余裕はなく、一刻も早くホテルにチェックインすることを考えていた。実は、腹の調子に違和感を覚えていたのだ。

 当初考えていたのは、フンザにあるアルチットという村で宿を取ることだったが、だいぶ歩く必要がありそうだったため諦め、メインストリートにある中級宿「ワールドルーフ」に決めた。外壁に日本語の案内板を掲げているが、日本人宿というわけではなさそうだった。一泊600Rs(約1200円)。ベッドはふたつ、トイレとホットシャワーがあり、窓からの眺めも良い。安食堂で晩飯を食べコーヒーを飲むと、すぐに日が落ちた。

 早めに眠って、明日は一日、フンザを歩こう。そう考えて眠ろうとしたタイミングで、この旅初めての強烈な下痢になった。トイレ付きの部屋にして良かったとつくづく思いながら、腹痛を抱えて眠った。

日本語で「ホットシャワー完備」とある
ベッドもご立派


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