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八尺様

2CH恐怖のスレ

親父の実家はクルマで2時間くらいのところにある。
なんの変哲もない昔ながらの日本の田舎だが、その長閑な雰囲気が好きである。
高校生になって免許を取得しバイクに乗るようになると、休みの日によく1人で遊びに行ったものだ。
当然祖父母も…
「よく来てくれた」
と喜んで迎えてくれた。
しかし高校3年になる前の春休みに行ったきり、もう10年以上行っていない。
決して”行かなかった”んではない。
”行けなかった”のである。
その理由を今から説明していこう。

高校2年生の春休みに入ったばかりだった頃のこと。
いつものように祖父母の家にバイクで向かった。
3月下旬の肌寒い時季だったが、到着すると祖父母の古い家は広い縁側があり、そこは太陽の陽が当たってぽかぽかとして気持ちがよかった。
荷物も片づけずにそのまま、その縁側でしばらくくつろいでいた。
そうしたら…
「ぽぽ、ぽぽっぽ、ぽ、ぽっ……」
と妙な音が耳に入ってきた。
電子音でも機械の音でもなく、それは人が言葉で発してるような感じがした。
男の声とも女の声とも、どちらとも取れるような感じだった。
「何だろう…」
と思っていると、庭の生垣の上にひょっこり帽子があるのを見つけた。
でも生垣の上に置いてあったわけじゃない。
帽子はそのまま横に…
すぅ…
と動いて垣根の切れ目までくると、一人の女が現れた。
帽子はその女が被っていたということだ。
また、その女は白っぽいワンピースを着ていた。
「しかし生垣の高さは約2メートルくらいある。その生垣から頭を出せるってどれだけ背の高い女なんだ…」
と驚いていると、女はゆっくりと動いて視界から消え去った。
もちろん帽子も、「ぽぽぽ」という音も無くなっていた。
そのときは…
「背が高い女が流行りの超厚底のブーツを履いていたのか…」
くらいにしか思わなかった。

そのあと薄暗い居間でお茶を飲みながら、祖父母にさっきあった出来事を話した。
「さっき、大きな女を見たよ」
と言っても…
「へぇ~」
くらいしか返事がなかったが、続けて…
「垣根より背が高かったよ。帽子を被っていて『ぽぽぽ』とか変な声出してたな…」
と言ったとたん、二人の動きが止まり、表情が一気に引きつった感じがした。
そしたら突然…
「いつ見た!?」
「どこで見た!?」
「垣根よりどのくらい高かった!?」
と、祖父が怒ったような顔で立て続けに質問を浴びせてきた。
物凄い勢いと気迫に押されながらも、見たままに正直に答えた。
すると祖父は廊下にある黒電話まで飛び出していって、どこかに電話をかけだしたようだ。
引き戸が閉じられていたため、何を話しているのかはよく分からなかったけど、とても深刻そうな話声が聞こえてきた。
祖母は恐ろしそうにぶるぶると震えていた。
祖父は電話を終えて戻ってくると、
「今日は泊まっていけ。
いや、今日は帰すわけには行かなくなった」
と言った。
「何か悪いことをしてしまったんだろうか…」
何も心当たりはない。
あの女だって、こちらから覗きに行ったわけじゃなく、勝手に現れたわけだし。
そして祖父は
「婆さん、あとは頼む。俺はKさんを迎えに行って来る」
と言い残し軽トラックでどこかに出かけて行った。
祖母に理由を恐る恐る尋ねてみると、
「八尺様に魅入られてしまったようだよ。
でもじいちゃんが何とかしてくれるよ。
何にも心配しなくていいからね」
と震えた声で言った。
それから祖母は、祖父が戻って来るまでの間ぽつりぽつりと少しずつ話してくれた。

この辺りには「八尺様」という厄介なモノがいる。
八尺様は大きな女の姿をしているが、名前の通り八尺ほどの背丈があり
「ぼぼぼぼ」と男のような声で変な笑い方をするのだ。
人によって喪服を着た若い女だったり、留袖の老婆だったり、野良着姿の年増だったりと見え方がそれぞれ違う。
しかし女でありつつも異常に背が高いことと、頭に何か載せていること、それに気味の悪い笑い声は、誰からも共通して見て取れる点だ。
昔、旅人に憑いて来たという噂もあるが、それは定かではない。
そして八尺様に魅入られると、数日のうちに取り殺されてしまうのだ。
ここ最近八尺様の被害が出たのは15年ほど前だということだ。
また、八尺様はこの地域に地蔵によって封印されているので、よそへは行くことがないそうだ。
後から聞いた話だけど地蔵によって封印されているのは、八尺様がよそへ移動できる道というのが限られているということである。
その為に、八尺様の移動を防ぐ目的でそれらの道の村境に地蔵を祀ったそうだ。
東西南北の境界に全部で四ヶ所あるらしい。
何でそんなものを留めておくことになったかというと、周辺の村と何らかの協定があったらしい。
例えば稲作に必要な水田の水利権を優先する…とか他にも色々あるのかもしれない。
八尺様の被害は数年から十数年に一度くらいなので、昔の人はそこそこ有利な協定を結べれば良しと打算が働いたのだろうか。
しかしその時はただ驚くだけで、この後本当の恐ろしさに襲われる運命にあることへの実感が全く湧かなかった。

そのうち、祖父が一人の老婆を連れて戻ってきた。
「えらいことになったのう。今はこれを持ってなさい」
Kさんという老婆はそう言って、お札をくれたのだ。
それから祖父と一緒に2階へ上がり、何やら準備していたようだ。
祖母はそのまま一緒にいてくれた。
トイレに行くときも付いてきて、トイレのドアを完全に閉めさせてくれなかった。
ここにきてようやく異常事態であるとはじめて思うようになった。
しばらくして2階の一室に入れられた。
そこは窓がすべて新聞紙で目張りされていて、その上にお札が貼られていた。
そして部屋の四隅には盛塩が置かれていた。
木でできた箱みたいなものがあり、その上に小さな仏像が乗せてあった。
「もうすぐ日が暮れる。いいか、明日の朝までここから出てはいかん。
俺もばあさんもお前を呼ぶこともなければお前に話しかけることもない。
そうだな…明日朝の7時になるまでは絶対ここから出るな。
7時になったらお前から自分で出ろ。
家には連絡しておく」
祖父が真顔で言うものだから、黙って頷くしかなかった。
「今言われたことは良く守りなさい。
お札も肌身離さずな。
何かおきたら仏様の前でお願いしなさい」
とKさんにも続けて言われた。
テレビは見てもいいと言われていたが、どうしても気になってしまい、気も紛れない。
祖母がくれたおにぎりやお菓子も全く食べる気がしなかった。
その後は布団に入ってひたすら震えていた。

気付いたらいつの間にか眠っていたようだった。
目が覚めたときには、知らない深夜番組がテレビに映っていた。
時計を見たら、午前1時を少し過ぎてた。
「嫌な時間に起きちゃったな…」
なんて思っていると、窓ガラスをコツコツと叩く音が聞こえた。
手で軽く窓ガラスを叩くような音だったと思う。
風のせいなのか、誰かが本当に手で叩いているのかは判断できなかった。
でも必死に風のせいだと思い込もうと努力した。
でもやっぱり怖くて、テレビの音を大きくして無理やりテレビを見ていた。
そんなときである。
祖父の声がドアの向こうから聞こえた。
「おーい、大丈夫か。怖けりゃ無理せんでいいぞ」
思わずドアに近づいたが、咄嗟に祖父の言葉を思い出した。
また声がする。
「どうした、こっちに来てもええぞ」
祖父の声に似ているけど、あれは祖父の声ではない。
何故か分からないけど、直観的にそんな気がした。
そう思ったと同時に全身にものすいごい鳥肌が立った。
ふと隅の盛り塩を見ると、上のほうからジリジリと焦げるように黒く変色していた。
怖くなり一目散に仏像の前に座ると、お札を握り締め
「助けてください」
と必死にお祈りをはじめた。
そのとき、
「ぽぽっぽ、ぽ、ぽぽ……」
あの不気味な声が聞こえ、窓ガラスがトントン、トントンと鳴り出した。
背の高いアレが下から手を伸ばして、2階の窓ガラスを叩いている光景が目に浮かんで恐ろしく仕方がなかった。
もうできることは、仏像に祈ることだけだった。
とてつもなく長い一夜に感じた。
それでも朝は必ず来るもので、つけっぱなしのテレビがいつの間にか朝のニュースをやっていた。
テレビ画面に表示される時刻は7時13分となっていた。
ガラスを叩く音も、あの不気味な声もいつのまにか止んでいた。
どうやら知らぬ間に眠ってしまったのか、それとも気を失ってしまったのか…
盛り塩は完全に黒く変色して崩れていた。
念のため自分の時計を確認するとテレビの時間と同じ時刻だった。
恐る恐るドアを開けると、そこには心配そうな顔をした祖母とKさんがいた。
祖母が、
「よかった、よかった」
と涙を流してくれた。
下に降りると、父も来ていた。
普段は見たこともない深刻な表情だった。
そして外から祖父が顔を出して
「早く車に乗れ」
と促した。
庭に出てみると、どこから借りてきたのだろうか、見たことのないワンボックスのバンが一台停まっていた。
そして庭には何人かの男たちが待機していた。
ワンボックスは9人乗りである。
中列の真ん中に座らされ、助手席にKさんが座り、庭にいた男たちもすべて乗り込んだ。
9人全員が乗り込んで、八方位すべてを囲まれる形になった。
「大変なことになったな。
気になるかもしれないが、これからは目を閉じて下を向いていろ。
俺たちには何も見えんが、お前には見えてしまうだろうからな。
いいと言うまで我慢して目を開けるなよ」
右隣に座った50歳くらいのオジさんがそう言った。
そして、祖父の運転する軽トラが先頭に、次が俺が乗っているバン、最後に親父が運転する乗用車という車列で走り出した。
車列は凄くゆっくりとしたスピードで進んだ。
おそらく時速20キロも出ていなかったんじゃないだろうか。
間もなくKさんが
「ここがふんばりどころだ」
と呟くと、何やら念仏のようなものを唱え始めた。
「ぽっぽぽ、ぽ、ぽっ、ぽぽぽ……」
またあの不気味な声が聞こえてきた。
Kさんからもらったお札を握り締め、言われたとおりに目を閉じ下を向いていた。
しかしどうしても気になってしまい、薄目をあけて車窓の外を少しだけ見てしまった。
目に入ったのは白っぽいワンピース。
それが大股で車にぴったりとついてきている。
頭はウインドウの外にあって見えないが、車内を覗き込もうとするように上半身が傾き始めた。
無意識に「ヒッ」と声を出してしまった。
「見るな!」
と隣に座る男が声を荒げる。
慌てて目をぎゅっとつぶり、さらに強くお札を握り締めた。
コツ、コツ、コツ
ガラスを叩く音が始まった。
周りに乗っている大人たちも…
「え??」
とか
「ん?」
とか声を出す。
アレ自体は見えなくても声も聞こえなくても音だけは聞こえてしまうようだ。
Kさんの念仏にさらに力が入る。
気が遠くなるような長い時間が過ぎていった。
やがて声と音が途切れたと思ったときKさんが…
「うまく抜けた」
と声をあげた。
それまで黙っていた周りを囲む男たちも
「よかったなあ」
と安堵の声を出した。
やがて車は道の広い場所で停まり、親父の車に乗り換えた。
親父と祖父が他の男たちに頭を下げているとき、Kさんが「お札を見せてみろ」と近寄ってきた。
無意識にまだ握り締めていたお札を見ると真っ黒になっていた。
Kさんは
「もう大丈夫だと思うがな、念のためしばらくの間はこれを持っていなさい」
と新しいお札をくれた。
その後は親父と2人で自宅へ帰った。
バイクは後日祖父と近所の人が届けてくれた。
親父も八尺様のことは知っていたようで、子供の頃友達のひとりが魅入られて命を落としたということを話してくれた。
魅入られたため、他の土地に移った人もいるという。
バンに乗った男たちは、すべて祖父の一族に関係がある人だったようだ。
つまり自分との血縁関係にある人たちだ。
前を走った祖父、後ろを走った親父も当然血のつながりはあるわけで、少しでも八尺様の目をごまかそうとしたらしい。
親父の兄弟は一晩ではこちらに来られなかったため、血縁は薄くてもすぐに集まる人に来てもらったようである。
それでも流石に7人もの男が”今すぐに集合”というわけにはいかなく、また夜中の移動より昼の移動の方が安全と思われたため、一晩部屋に俺を閉じ込めらたのだそうである。
万一の場合、祖父か親父が身代わりになる覚悟だったとか。
そして、もうあそこには絶対に行かないようにと念を押された。
家に帰って祖父と電話で話したとき、あの日の夜に声をかけたかと聞いたが、そんなことはしていないと断言された。
改めて背筋が寒くなった。
八尺様の被害は成人前の若者が遭うことが多いということだ。
それから十年以上が経った。
あの出来事の記憶も薄らいでいたころ…
「八尺様を封じている地蔵様が誰かに壊されてしまった。それもお前の家に通じる道のものがな」
と、祖母から電話があった。
この頃は既に祖父は亡くなっていた。
当然ながら葬式にも行かせてもらえなかった。
今となっては迷信だろうと自分に言い聞かせつつも不安な毎日をおくる。「ぽぽぽ……」という、あの声が聞こえてきたらと思うと……。

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