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白鉛筆
2024年1月28日 13:17
布団から一歩出れば、不本意の連続。そんな毎日だった。親の仕事の都合により幼少期を欧州で過ごした私は、ようやく帰国した九歳の頃には、すっかり母国語を忘れていた。周囲とのコミュニケーションに難儀し、当初単なる没交渉であったそれは、やがて異質なものを排除せんとする力を持ち始めた。陰口、悪口。言葉がわからずとも明確に伝わる悪意を帯びたそれらに加え、陰湿な実力行使に及ぶ例も時折あった。ようやく日本語
2024年1月21日 07:54
雪化粧のごとく降り積もった埃。ショーちゃんが私を伴い、メガネおさげを連れ込んだのは、かつて私たちが一緒にお昼を食べた物置部屋だった。校門から最果てにある校舎の二階。扉の正面には薄汚れた窓ガラスが、裏庭の木とコンクリート塀を半透過している。入って右にある棚には丸めた紙や段ボールなど、雑多なものが雑多なままに。唯一清められているのは中央の大机の一部と傍にある椅子二脚で、そこは私とショーちゃんがラン
2024年1月14日 07:09
本を書く機会など、この先訪れるかわからない。しかし私がそれをするとしたら、間違いなくあの四ヶ月のことを書くだろう。中学二年の冬、私は病気にかかり、死の縁まで追いやられた。原因不明。医者も首を捻る症状に正式な病名診断がなかなか下らず、検査に次ぐ検査を繰り返した。打ち手が見つからぬままに病状は悪化し、やがて回復は絶望的に。水を飲むことすら苦痛となり、点滴でなんとか命を繋ぎながら、病院のベッドで
2024年1月8日 06:31
新しい世界に身を投じるには、往々にしてリスクが伴う。培った価値観の崩壊。愛すべき自己の再構築。昨日の自分と今日の自分の同一性に疑問を抱きながらも、その揺らぎに耐え、親しみの薄い文脈の中「私は私」と名乗れる境地に至るには、存外、多大なエネルギーを要する。より強靭な自己の獲得、そのための洗練と捉えることもできるだろうが、その獲得した自己は果たして従前この手で守り抜いてきたものであろうか。そこ