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モデルについての考察あるいは名前についての警句 2nd Edition

注:この記事は日々更新をしながら、その都度公開します。
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モデルとは

モデルとはなにか、と問われて真っ先に浮かぶのはなんであろうか。
人によって答えは様々だろうが、ファッションショーでランウェイを華やかに歩くファッションモデルであったり、中学生の時に理科の授業で習った分子モデルであったり、意識の高い系ビジネスマンがよく口にする、ビジネスの仕組みを表したビジネスモデルであったり、美大生がよくお世話になる、絵画の対象となるモデルさんであったりするだろう。
なかには、アカデミックな論文などでよく登場するような、仮説の関係性を図示した理論モデルを連想する人もいるだろう。
他にはそのままズバリ、プラモデルのことを思い出す人もいるだろうし、車の設計段階で作成されるクレイモデルの滑らかな曲線が脳裏に浮かぶ人もいるだろう。
これら多種のモデルを概観すると、大きく二つのグループに分けれらることに気づく。
実態のあるものと、ないものの2種類である。
上で例示したものをグループ分けすると、実態のあるものが、ファッションモデル、分子モデル、絵画のモデル、プラモデル、クレイモデルとなる。
一方、実体のないものは、ビジネスモデル、理論モデル、ということになる。
上記の分類は単純にモデル自体が手で触れるものかどうかで分けたものだが、果たしてこれを適切な分類と呼んで差し支えないだろうか。
というのも、手で触れるモデルに分類したものは、あくまでモデルを手で触ることが出来るだけであり、その元となるオリジナルに触れられるかどうかは全く考慮されていないという問題を含んでいるからである。

上記のファッションモデルを例にとって検討してみよう。
ファッションモデルは実体のある人間であり、それに触れることができるというのは上述のとおりだ。
では、彼/彼女らはなにを模した型なのか。
ファッションモデルの本来の目的は、デザイナーが造った服を美しく見せることだろう。
それを観た観客たちはその服の美しさやデザイナーの感性の素晴らしさに感嘆するというわけである。
つまりファッションモデルは、服を最も美しく見せることができる架空の人物を模した存在であると同時にその人物本人であるということだ。
(本人ではあるが、役者のように自らの肉体そのものを用いてその架空の人物をランウェイで演じていると考えるのが妥当であろう)
このことから考えると、ファッションモデルのオリジナルは架空の人物であり、触れることができないものであるということができる。


…つづく


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